4-3

「あ、よろしくお願いします……」

 初めての対局。それだけでも緊張するのだが、刺すような視線がさらに状況を特別なものにする。

 記録係が、中五条さんだった。

 背筋がピンと伸びていて、すごくりりしい。彼女がいるだけで、部屋の空気が引き締まっているように感じる。

 どういう経緯で中五条さんが担当になったのかはわからないが、偶然とは思えない。負けたらすぐ福田さんに報告するつもりだろうか。

 デビュー戦の相手は、同じ四段。僕より二年早くプロになっており、年齢は五歳上だ。目立った活躍はないものの、毎年勝率は良い。フリークラス脱出にはどうしても勝ちたい相手だし、向こうも新四段には何としても勝ちたいと思っているだろう。

 対局が始まる。予想とは違う戦型になった。そして、つい最近経験のある形になった。研究会で、升坂先生と指したものだった。

 動揺が隠せなかった。これは、こちらが良くなる。できるだけ、しっかりと時間を使った。検討した通りに進んでいく。そして、終盤も落ち着いて指すことができた。詰将棋の成果が表れているのかもしれない。

 勝った。すんなりと勝ってしまった。

 感想戦が終わると、中五条さんがこちらを向いて、軽く会釈をした。僕も頭を下げた。

 険しい表情に見えたけれど、気のせいだっただろうか。



<15手詰とか何考えてるんだ! あたまが痛い。>

<どうしても解きたい。どうしたらいいんだ。>

<甥が解けたと言ってる。負けたくないチクショウ。>



 帰宅してTLを見ると、怒涛のリプライが届いていた。一気に現実に引き戻される。



<詰みあがりの形を想像すると解けることがアルパカ>

<それができたら苦労しないけど考えてみるわ!>



 すぐにリプライがあった。元横綱とこういうやり取りをするのは不思議な感じである。

 そして一時間後。



<解けた、解けたぞ! 寄り切りだコノヤロウ>

<よかったでアルパカ>



 このやり取りが発端となって、元横綱が将棋をするイラストが描かれたり、「#ネタ将龍の決まり手」タグが再発掘され始めた。そしてついに、実は相撲も好きな将棋ファンに対する「好角将」という呼称まで誕生したのである。

 いやあ、何が起こるかわからないものである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る