2-7

「え」

 最後に部屋を訪れた人を見て、私の動きは停止した。

「遅れてすみませんね」

「いえいえ、全然間に合ってますよ」

「甘いものを買ってきたんでね、後で食べよう」

「わあ、ありがとうござぁいます!」

 加島君と刃菜子ちゃんは普通に対応しているけど、ちょっとおかしい。なぜならそこにいるのは、升坂九段なのである。

 長い白髪が印象的なベテラン棋士、というだけではない。かつては三冠にもなったことのあるレジェンドである。めったにイベントに出ることもなく、教室で指導などもしていない。実は、生で見るのは初めてだった。

「ま、升坂先生が来てくださるなんて」

「中五条さん、初めまして、かな。加島君が是非にと誘ってくれてね」

「ダメもとでお願いしてみたら快諾してもらって」

 怖いもの知らずというかなんというか。でも考えてみると、奨励会員の時から加島君はいろいろな場所に出て経験を積んでいる。度胸は育まれたものかもしれない。

「僕も若い人から習うつもりで来たので。よろしくね」

 レジェンドが深々と頭を下げたので、若手三人もより深々と頭を下げた。



「……」

 魂が抜けるとは、こういう状態だろうか。

 研究会は、対戦相手を変えながら総当たりで対局する。つまり、一人3局指すことになる。そして私は、3連敗した。

 実力的には、予想されたことだった。休学中とはいえ、高校生でプロになった加島君。タイトルに挑戦中の刃菜子ちゃん。そして、元三冠のレジェンド。私だけ、格が違う。それでもいざ勝負となれば、何が起きても不思議じゃない、なんて思い聞かせていたけれど。

 対局中の三人は、怖いほどに真剣だった。ネタ将のノリになるかもしれないなんて思ったのが恥ずかしくなる。

「関奈、相当疲れとるな」

 三人はすでに帰った。おじい様は、安楽椅子に腰かけている。

「本当に疲れました」

「いやあ、それにしても升坂さんに会えるとは。若い頃は将棋は指さなかったが、それでもよく知ってるぞ」

「やはり、有名だったんですか」

「強いし、かっこよかったからの。テレビにも出とった」

「そうなんですね」

「刃菜子ちゃんもいい子だったの」

「はい。そういえば、ネタ将の話はしませんでしたね」

「そういう空気だった」

 対局が終わって、おじい様も含めて五人で食卓を囲んだ。食卓が丸く使われたのは、葬式の日以来だ。

 おじい様はおとなしかった。それは私があまり見たことのない、中五条家の当主としての姿なのかも知りない。

 ネタ将はみな、世間での表の顔を持っているのだろうか。結局私は、何もかもが中途半端な気がしてきた。

「関奈、17歳は、まだ入り口でもない」

「えっ」

「女流棋士になるのが早かったからのう。普通はまだまだ将来の進路に悩む時期。悩むこと自体を受け入れてみたら楽になると思うぞ」

「……そうですね」

 おじい様の言葉を受けて、悩みを受け入れてみた。

 髪飾りを、着けてくるべきだっただろうか。

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