第32話 わかり合えない理由
「
そこには、いつかみた二人組。
「なぜだ。なんであいつを殺した」
洋は今にも飛びかかりそうな勢いで、二人に向けて食ってかかる。
「なぜとは妙な事を聞きますね。あれは妖怪、
冴人はよくわからない事を言う、と冷たい声で言い捨てていた。
これが
「ひどい。洋さんがせっかく友達になったのに。どうしてそんなこというの」
結愛は冴人を睨みつけて、それから洋の前に立った。洋を冴人から隠すようにして。
「結愛さん。私達は天守です。一時の感情にとらわれて大局を見失ってはいけません。私達の目的は天送珠を封印し天と地を分かつこと。世界に平穏をもたらすその為には、それを覆そうとするものは排除しなければならない。違いますか」
冴人の言葉は凛としてよどみがない。ただ彼のこの台詞にはいつもの嫌味はなかった。ただ己の信念からまっすぐに告げただけ。
それだけに。
洋とは相容れそうにもなかった。
洋は天守じゃない。世界がどうとかいう話は大仰すぎて実感もない。
ただここにいたはずの少女の寂しい瞳しか見えてはいなかった。
「そんなこと知るか。俺はお前らを許さない。絶対に、許さない」
洋はぎゅっと拳を握りしめる。
「なら、戦いますか。どちらにしても天守になれるのは綾音さんか、結愛さんのどちらか一人だけ。それで方をつけるのもいいでしょう。もっとも落ちこぼれと
冴人は冷たい声で言い放つと、その手を軽く振るう。
ビィッと空気を切るような音が響き、雷撃が洋の足下を打ち付けていた。
「戯れ言は後で聞きますよ。どちらにしても貴方達には天送珠を封印する力もないでしょう。門が完全に開く前にここを閉じます」
冴人は言いながら手で辺りを指し示す。いつのまにか浮かんでいた映像――
これは門が開きかけている証拠だった。このままだと狭間は
どうやら冴人は純粋にそれを恐れているようだった。洋にも何となくではあるが、冴人の表情から恐怖を焦りを感じられなくもない。
しかし一瞬の迷いを感じた洋に変わるように、結愛が前へと一歩だけ歩み寄っていた。
「冴人くん。どんな事だって、やってみなきゃわからないよ。私、確かに落ちこぼれだけど、昔と違って力もつかえなくなっちゃったけど。それでも私だって天送珠を封印出来るかもしれない。私だって綾ちんに勝てるかもしれない。妖怪とだって友達になれるかもしれない。諦めたら、それで終わりだよ。私は最後まで諦めないから」
ゆっくりとした声で告げて、そして洋へと向き直る。
そこには確かに優しい微笑みがあった。
「洋さん。聞いてください。さっき感じたんですが、あの子はまだ死んでないです。あの子はああ見えても妖怪、
結愛の言葉に、洋は思わず身を乗り出しそうになる。死んだとばかり思っていた彼女が、まだ生きている。それだけでも、何か救われたような気がする。
洋の安堵の顔に、結愛はこくんとうなづいてそれからもういちど冴人へと視線を戻す。
「冴人くん。私達は最後まで諦めないよ。がんばるから、がんばれば叶うから。想いを叶える為なら、私は冴人くんとだって綾ちんとだって戦うよ」
強い意志を込めた声。結愛はしっかりとその足を踏みしめて、まっすぐに心を送る。
「小さな動物だって、身を守るために戦うよ。例えばハリネズミが……」
「そうだな。戦おう」
あえて言わせなかった訳ではないのだが、ちょうど結愛の台詞を遮るようになって、洋は言い放つ。
「ああっ。またっ。皆まで言わせてください。ひどいですひどいです」
結愛が不満げに叫んでいたが、とりあえず気にしない事にする。
「そうね。なら、戦いましょうか」
不意にそれまでずっと黙っていた綾音が口を開くと、自らの長い波打つ髪に触れて後ろへと流す。
「負けた方は勝った方の言う事を無条件で聞く。それでいいわね」
綾音は淡々と言い放つと、それから手の中に一つの光を作り出していた。
「この光をいまから放り投げるわ。光が落ちて地面についた瞬間から始めましょう。どちらが勝っても文句はなしよ。ただ。私は手加減は苦手だから、もしも死んでも恨まないでね」
くすっと笑みをこぼして、綾音は光を放り投げる。
それはゆっくりと地面へと向かい、そして地に触れた瞬間。かっと光を炸裂させる。
同時に綾音は結愛達から後ろへと距離をとった。何をする気かはわからなかったが、洋も拳に力を込める。力が光となって漏れだしていく。
「
綾音の呪が解き放たれていた。結愛の苦手とする風の術だ。風はそのまま真空の刃と化して、結愛へと襲いかかる。
「結愛っ、避けろ」
洋は思わず叫ぶが、結愛はその場から一歩も動かない。
いや懐から、さっと何かを取り出してそれを振るう。
しゃらん、と鈴の音がなった。
結愛はしゃららららと音を立てながら、天珠鈴を振るう。
その瞬間、さぁっと風の流れが変わっていた。結愛の後へと流されて、後ろの土壁がバシュと音を立てて切り刻まれる。
「なるほどね。天珠鈴は音が力を跳ね返す事で天送珠を見つけるけど、その力を高めて防御に使ったのね」
綾音は結愛の使った道具の特性を一目で見破っていた。
もちろん同じ天守の一族だけに、ある程度は道具についての知識もあるのだろうが、自分の術を防がれた事に動揺一つしない。それは以前にも感じた事だが、綾音がいかに戦い慣れているかという証拠だった。
「なら、ちょっとの力じゃ防がれてしまうだろうけど。でも逆に言えば少しくらいの力じゃ死なないってことよね。冴人、あれいくわよ」
綾音の声に、冴人の目が大きく開く。
だがそれもわずかな時間、次の瞬間には冴人はすでに呪を唱える準備に入っていた。
「させるかっ」
何をやろうとしているのかはわからなかったが、とにかく結愛の負担を減らす必要がある。ぼぅっと見ている訳にもいかない。
右手に力を込める。ぼぅっと光が放たれていた。
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