第31話 信じるということ
騙されたのか。一瞬、浮かんだ心に大きく首を振るう。もう誰かを疑うことなんてしたくない。さぎりを信じようと思う。
「ふぇー。さぎりさんって誰ですか」
「ああ、お前を助ける為に力を貸してくれた座敷童だよ」
「あ、わかりました。
うれしそうに告げる結愛に、洋は口元に苦笑を浮かべた。
洋は別に味方につけようとか、わかりあおうだとかは思いはしなかった。ただ結愛を探し出す為に出来る事をしたい。そう願っただけだから。
「とにかくさぎりの助けはもうない。何かいい方法を知っているか」
洋にはこの
しかしそんな洋の思いをよそに、結愛はすぐに口を開いていた。
「方法はあります。
結愛は真剣な眼差しで、はっきりと告げていた。
しかしそれなら何故、結愛は自力で抜けださなかったのだろうとも思う。
「でも精神世界に近い世界だから、
結愛は自身の髪飾りに触れて、すぐに離す。
結愛は術を使う時に、この紐を使っていた。恐らく名前からして、導火線のような術が使いやすくなるための道具なのだろう。
そして以前に結愛はこの
道具を使わずに、苦手な術を成功させる。かなりの難度の技だと言えた。だからこそ結愛はここから脱出する事が出来なかったのだろう。
「なら、難しいのか」
「はい。でも、いまは一人じゃなくて、洋さんがいます。洋さんは私の
それは力が平均化して苦手な部分を補えるからという理由もあります。でも、それ以上の理由があるんです」
結愛は握られたままだった手を、もういちど強く掴む。結愛のぬくもりがじわと伝わってくる。
「洋さん。私は今から八卦を使います。私がうまくやれることを信じていてください」
結愛は手を離して、そして目の前の空間に向けて意識を集中させる。
どこかぎこちなく、しかしそれでもしっかりと指先で印を結んでいた。
「けんだり、しんそん、かんごんこん。八卦より選ばれしもの。我は汝を使役せさす」
結愛の呪が一気に解き放たれた。風がわずかに舞い上がっていた。
だがそれ以上には何も起きようとはしない。それでも結愛は苦しげな顔でただ力を使い続けていた。
「結愛、無理する……」
「洋さんっ、だめですっ。だめですっ」
声をかけようとした洋を結愛は強い口調で止める。変わらず顔には苦悶の色が浮かんではいたが、それでもどこか微笑んでいるようにも見えた。
「信じてください。私が出来ること、信じてください。私は落ちこぼれだけど、何も出来ないけど。それでも洋さんが信じていてくれれば」
結愛の言葉は次第に強く高く変わっていく。
風がさらに吹き荒れ始める。だが、それと共に結愛の手がぶぅんっと音を立てて揺れた。まるでこの狭間の中に飲み込まれていくかのように。
結愛の事が心配じゃないと言えば嘘になる。この世界は精神的な世界だといっていた。なら精神的なものである術を失敗したとしたら、強い衝撃を受けたりするのではないだろうか。あるいは転移の術だ。失敗すれば、どこかに消えてしまうのではないかと。
それでも洋は結愛の事を信じようと思う。もう疑う事なんてしたくもない。今なら結愛の事をはっきりと信じられた。まっすぐに想いをぶつけてきてくれた結愛なら。
結愛は洋の内心を感じ取ったのか、にこと微笑みを洋へと向ける。
「洋さん。天守と智添は互いの事を心から信じられた時、初めて心を繋ぐ事が出来るんです。そのとき二人はお互いの想いが通じ合ってわかりあえます。そして」
結愛は手を、一気に前へと突き出す。
「本来の力に、相手の力を載せて放つ事が出来るんです。お願い、届いて!
結愛の風の術が解き放たれていた。
ぼぅわっと空気が、いや世界が揺れる。
その瞬間。風が二人を包んでいた。世界から音が消える。
ふっと目の前が真っ暗に変わった。どこかに飲み込まれていく。深く揺れるような感覚。
それでも洋は信じていた。結愛の力が、ここにある事を――
結愛。俺は、お前を。
心の中で願う想い。それは確かにどこかに届いて。
そして次の瞬間。
「え?」
小さな声が聞こえてきていた。それがさぎりの声だと理解するまでは、ほんの一瞬の事だっただろう。狭間に送られる前に聞こえたものと同じ。あれから時間は殆ど経過していない。
それでも、時はすでに遅かった。
カッと強く光が放たれる。雷がさぎりを捉えていた。
「ああああああっ」
さぎりの震える声が響く。自分の力を振り絞って、なんとか対抗しようとしているものの、力が足りないのか、ついには守りを打ち破られてしまう。
「あぁぁーーーーっ」
絶叫が伝わる。
目に入ったのは、苦しげな顔。それが、最後に目に残った映像。
さぎりの悲しい顔。それを残したまま、さぎりは消えた。
「さぎりっ」
洋が強く叫ぶ。だがもうその声を投げかける相手はいない。
もうどこにもいなかった。
「なん、で……だよ」
洋は声を肩を振るわせて、さぎりがいた場所をじっと見つめ続けていた。戻ってきたかと思った瞬間に、この現実。
洋には目の前で起こっている事が、現実なのか幻なのか。それすらもはっきりと分からなかった。
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