第21話 隠された狙い
「いいじゃない。どうせ私達はほっておいても見つけだした。実際に封印するまでには、もう少し時間が必要だもの。まだこの
「なら。どちらにしても戦って、どちらが封印に手をつけられるか競うしかないから、手間が省けるじゃない。どちらにしても今のあの子じゃ私達には敵わないから」
綾音は静かな声で告げてにっこりと微笑む。彼女の優しい眼差しの中には嫌味な色は全く無い。彼女は事実を述べているに過ぎず、それ以上もそれ以下も意図は感じられない。
それだけに
だが目の前の二人は、明らかに戦い慣れしている雰囲気がある。洋は空手をやっていた為か、相手の足取りや身構え方である程度は察する事が出来た。
「それに貴方にとっては、この方がいいのよ。ね、結愛。そうよね」
綾音が結愛へと微笑みかけると、結愛が微かに顔を伏せた。
「何が言いたいんだよ。はっきり言え」
洋は綾音の視界から遮るようにして結愛の前へと立つ。いつ戦いを挑まれても平気なようにその手に軽く力を込める。
同時に無意識のうちに僅かだが霊力が洋の手から漏れだしていた。
「思った通り
綾音は再び笑顔で答えると、ちらと
冴人は軽く手を広げて、それから眼鏡の位置を合わせながらつぶやくように告げていた。
「やれやれ、仕方ないですね。僕が説明しましょう。結愛さんは
そこまで冴人は告げると、ちらと結愛の顔色を伺う。だが結愛は顔を伏せていてはっきりとした表情を掴ませなかった。
何が言いたいんだ。洋は心の中で呟くと冴人と綾音、そして結愛を交互に見やる。だがその誰もが洋とは違う世界の住人に見えて、一人蚊帳の外に置かれたような感覚にとらわれる。
「そこで結愛さんは代わりの霊力を持つ人間を求めた。自分の代わりに力を補ってくれる人をね。それが貴方という訳です」
冴人はどこか憐れみすら抱く瞳を洋へと投げつけていた。その視線を感じていると、胸の中にむかとした感情が生まれてくるのを感じていた。
「それがどうした。結愛は力が不足していて俺は持っている。それなら俺が補ってやるくらいの事、当たり前だろ」
洋は強い口調で答えると、その手を胸の前で握りしめる。現の術、唯一覚えた魔法。初歩の初歩だと言うこの術では戦いになれば、何も役立たないかもしれない。
それでも洋は言われるだけでいる事なんて出来なかった。少しでも勝機があるなら戦ってやる。そう思っていたから。
今、この瞬間までは。
「わかっちゃいませんね。それならわかりやすく言い換えましょうか。貴方はその力を利用されているんですよ。知っていますか、天送珠を封印するのにどれだけの力が必要かを。術式の未熟な結愛さんが行う為には多大な力を必要とします。その力を貴方から無理矢理奪えば」
冴人はそばにあった岩をじっと見つめ、そしてその手に強く力を込める。
「貴方は壊れます」
告げた言葉と共に、その岩が大きく弾けていた。洋には何が起こったのか全くわからなかった。
「何をでたらめを」
「嘘だと思うなら、他ならぬ結愛さんご本人にきいてみてはどうですか」
冴人は結愛へと冷たい視線を投げかけていた。洋は結愛へ振り返る。
「結愛、あいつがふざけた事を言っている。でたらめだってはっきりいってやれ」
洋は結愛をその黒い瞳で訊ねかけていた。その色は結愛の事を欠片も疑っていない。
だけど結愛は何も答えなかった。顔をうつむけて、洋の目を見ようとはしない。
「結愛。なんだよ、どうして返事しないんだよ。なんとか言えよ、結愛」
「答えられないわよね。だって結愛は賭に出たんだもの。能力の劣る自分が私達を出し抜ける可能性。自身の作った術具をやまほど使って私達より先に見つけて隠すこと。その為には大量の力を持っている人が必要だった。だから彼を求めたんだものね。その為に彼が壊れる事になるって知っていても、何も言わずに利用するしかなかった」
「綾ちんっ」
結愛が顔を上げて叫んでいた。だけど、それから先の言葉を告げられなくて、そのまま口を閉ざす。
「結愛が術具を使った瞬間、貴方は痛みを感じなかった?」
綾音の言葉に思い当たる節目はある。軽くではあるが確かに脱力感を感じてはいた。結愛の台詞や態度に疲れを感じていたとばかり思っていたが、それは違ったのだろうか。微かに疑いの心が芽生え出してはいたが、それでもこの結愛がそんな事をするとは信じられなくて、じっと結愛の目を見返していた。
「結愛。そうなのか、お前は俺が死ぬ事になったとしても、天送珠とやらを封印しようとしていたのか。こいつらに勝つことの方が大切だったのか」
違う、という言葉だけを期待して結愛の返答を待つ。まだこの瞬間は信じていた。これらの言葉は冴人や綾音の妨害工作に過ぎないのだと。だけど。
「ごめん……なさい」
結愛の口からこぼれたのは、ただそれだけの言葉だった。
聞きたくなかった。みゅうを助けてみせたのも、暖かい手料理を食べさせてくれたのも、全て自分を利用する為の手段だったのか。一生懸命だったあの瞳は、自分の事しか考えていなかったのか。
洋の心の中に、ぐらぐらと揺れるものがある。それでもまだどこかで信じ切れなくて、もういちど彼女の名前を呟いていた。
「ゆあ」
響いた名前に、ぴくんと結愛の身体が震える。そしてゆっくりと結愛は洋へと顔を向けて、もういちど微かに顔を沈めて、それでも見上げるようにして、洋へと目線を合わせた。
「私……わたしは」
「納得したかしら。じゃあ天送珠は私達が封印させてもらうわね」
しかし何かを告げかけた結愛を綾音の声が遮る。
洋は何も言えなかった。それを止める事は出来なかった。一生懸命な結愛に力を貸してやろう、確かにそう決めた。だけどそもそもそれは根底から誤っていたのだろうか。洋の頭の中に、ぐるぐると回り続ける問い。
「綾ちん、ひどい」
「ひどい? それは貴女の方でしょ。貴女は落ちこぼれだとは思っていたけど、こういう真似はしないと思っていたのに。いくら私達には敵わないとは言え、がっかりよね」
囁くように呟いた結愛へと、綾音は切って捨てるように言い放つ。
「違うっ。違うよ」
「何が違うのよ。じゃあ、彼を選んだ理由は何? たまたま大量の霊力を持っているに過ぎない彼を選んだ理由は。彼の霊力はかなり高いけど私達、
まぁ、一度選ばれた
でも彼らじゃ貴女の狙い通りには力を貸してくれないから。それじゃ目的は果たせない」
綾音は一気に言い放つと、冷たい目で結愛を見つめる。
結愛はびくっと身体を振るわせて、一歩後ろへと下がる。綾音の凍り付くような声が思わずそうさせていた。
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