第20話 横取り
「どうだっ、俺の魔法は」
もちろん必然的に接近戦を挑むことになり、危険も大きい。敵の術を防御する事も難しいが、しかし避ける事しか出来なかった今までと比べれば大きな進歩だ。
だがさすがに大鬼もそれだけでやられはしない。一瞬、苦悶の声を上げたものの、大したダメージを受けたようにも感じられない。
大鬼が再度、すぅっと息を吸い込む。あの液体を吐き出すつもりだ。
「させるかっ」
洋はそのまま右手へと飛ぶ。鬼の側面に回り込むと、鬼の膝の裏に向けて蹴りを放つ。
がくん、と鬼の膝が沈み込む。同時に鬼の口から黒い液体が吐き出されるが、狙っていた向きには飛ばない。土壁を焦がしただけだ。
「洋さん。離れてくださいっ。いっちゃえ、
結愛は赤い紐をいくつか取り出して、それを空中に投げる。
その瞬間、その全てが炎と化して雨のように大鬼へと降り注いでいく。
大鬼も洞窟の中ではこれは避けきれない。炎が大鬼を包み込んでいた。
「グゥオオオン」
大鬼は断末魔の絶叫を上げ、そのまま完全に塵と化して消えていく。
「やりましたっ。倒しましたよ。洋さんっ。でかおに退治で十点げっとですっ」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、結愛はえへへーと嬉しそうな声で呟く。
確かに巨大な体躯を誇るあの鬼は、一人では倒す事も困難な事に違いない。もしも洋がいなければ、結愛は最初の一撃で倒されてしまっていたかもしれない。
しかし今は結愛は一人ではない。様々な術を使いこなす事も、多彩な知恵と知識でサポートする事もできなかったが、それでも洋は結愛の為に手を貸す事が出来た。
確かに今それを実感し、洋は思わず胸の前で拳を握りしめる。
「でも、なんででかおにがここに。
結愛はむぅぅと唸りながら、先程まで大鬼が立っていた場所をじっと見つめる。
確かにこの鬼は今回はうまく倒したものの、本来はかなり危険な相手である事は間違いない。見習いが試練として受けるにしては、少々きつい仕事のような気もする。
「やっぱり通常の
結愛は眉を寄せて、洞窟の奥へと視線を送る。歩いた距離から考えれば、そろそろ終わりであってもいい。
恐らく結愛はそこにあるはずの天送珠を思い描いているのだろう。彼女にとってはうまく試練を完遂できるかどうかの瀬戸際だ。やはり気になるに違いない。
「とにかくいこう」
洋の言葉に「はいっ」と結愛は大きくうなづく。それから再び奥へと向けて歩き出していた。
洋も同時に歩き出そうとして、ふと歩みを止める。
「ん。」
「ふぇ? 洋さん、どうかしましたか」
「いや、いまなんか後ろに見えたような気がして」
つぶやいて後ろへと振り返る。その瞬間。いきなり何かが洋の顔面目指して飛び込んでいた。
「みゅうっ」
「うわっ、ってお前か」
張り付いたみゅうを顔からはがして、肩へと乗せる。どうやら戦いの間、離れていたみゅうが視界に入ったようだ。
「わりぃ。お前の事忘れていくところだったよ」
「みゅっー」
洋の声に、みゅうが怒ったかのように声を荒げる。案外、本当に言葉がわかるのかなもなと思えるような答えようだ。もっとも単純に情が移ってそう感じるだけかもしれないが。
「改めて、じゃあいくか」
洋は結愛へと顔を向けて、それからゆっくりと歩き出した。
しばらく歩く。洞穴はくねくねと曲線を描いていたが、しかし基本的に一本道だった。
途中、小さな小道はあったが、それはすぐに行き止まりである事が見て取れる程度のものだ。
その為に迷う事もなく、一時間くらいが経過した頃だろうか。不意に洞穴の向こうから、ジジジっと何か切れかけた電灯のような音が響いてくるのに気づく。
「この音。間違いないです。この先に天送珠がありますっ。洋さんっ、急ぐですよっ。いくですよっ」
結愛は大きく叫ぶと、次の瞬間にはもう駆け出していた。
「まて、結愛、一人で先にいくな」
慌てて洋もその後ろを追いかける。だが結愛はその歩みを緩めようとはしない。
そしてすぐにぽっかりと大きく開いた空洞へと出ていた。どこやらここで行き止まりらしく、これ以上の先はない。
そしてこの空洞の奥に、ぼんやりと鈍い光を放つ金色の
「あったっ。みつけたですよ、洋さんっ。天送珠です」
結愛は洋へと振り返り、そして満面の笑みを浮かべていた。
「
結愛はえへん、と大きく胸をはってみせる。
「後はこれを封印するだけです。でも私一人の力では残念ですが足りません。だから洋さん、お願いがあります。えっと私に力を貸してくれませんか」
結愛は真剣な眼差しで洋を見つめていた。
洋はこくりとうなづく。ここまできて力を貸さない理由なんて無かった。自分に何が出来るかはわからないが、結愛が必要だと言うのなら貸してやろう。その思っていた。
「ああ。任せろ」
「はいっ。じゃあ、手を貸してください」
結愛はすっと洋へと手を差し出していた。そして洋もその手を取ろうとした刹那。
「やめた方がいいわよ」
その声ははっきりと響いていた。
「
結愛は空洞の入り口に立っている二人へと向かい目を大きく見開く。
「失礼ですが、つけさせていただきました。僕達には貴女のような便利な道具はありませんから、探すのも力が必要ですし」
冴人は眼鏡の位置を指先で直して、目の先にある天送珠へと目を向ける。珠は変わらずぼんやりとした金色の光を放ち続ける。
「……賢いんだな」
洋はぼそりといらだちを隠さずに言い放つと、冴人と綾音の二人を睨み付けていた。
「そうね。力も使わずに済むし、逆に貴方達は力を失うし、一石二鳥よね。でも貴方には感謝してもらいたいくらいだわ」
綾音はくすっと笑みを浮かべて、両手を肩の隣で広げる。
「感謝だと。何を感謝しろっていうんだよ。人の手柄を横取りするような真似をしておいてふざけんな」
洋は切り裂くような声で叫びを上げると、二人へと一歩近づく。
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