第17話 危険な術
いつからそこにいたのか、振り返るとあのこたつにいた二人組が不敵な笑みを浮かべている。
「
「おひさしぶり。ここにいるということは、あなた達も
ウェーブ髪の少女がくすっと口元に笑みを浮かべる。確か
「え。えーとっ、うん。私、がんばったから」
どこか慌てて答えながら結愛はぱたぱたと手を振る。誉められる事に慣れていない、そんな風に洋には思える。
思い出せば冴人はいつも結愛にきつめの言葉を贈っていた。恐らく結愛はいつもそんな風に蔑まれて育ってきたのだろう。この性格だからこそ、今でも笑っていられるのかもしれない。
「がんばったって、えらく簡単そうだったけどな。あのコンパスみたいな道具を使っただけだろ。二度目は失敗してたし」
「わ。わー。いっちゃだめですよ、洋さんっ」
結愛は大声で叫ぶ。もしかするとこの二人には内緒の秘密兵器だったのだろうか。
「
綾音はちらと洋を横目でみると、くすっと口元に笑みを浮かべていた。何か含むような笑顔に、なんだか洋は居心地の悪さを感じていた。
「まぁ、この取り合わせでは仕方ないという事でしょう。道具にでも頼らなければ、天送珠の位置を探る事もできないんでしょうから。落ちこぼれと
冴人が後を引き継ぐようにして告げる。洋へと顔を向けると、ふっと軽く嘲けりの息を吐く。
「悪かったな。でも道具を使おうが、何しようが最終的に目的を果たせればいいんだよ。この試練はあんた達よりも強い力を見せる事でなくて、天送珠とかを何とかする事が目的なんだろ。だったら俺達にだってやりようはあるさ」
洋は冴人を睨むようにして言い放つ。だが冴人はつまらなそうに両手を肩の横で開いて不意に笑う。
「やりよう、ね。知らないって事はある意味、幸せかもしれませんが」
冴人はふふん、と鼻で笑い飛ばすと、すぐに結愛へと視線を移した。それからまるで氷のように冷たい声で、ゆっくりと告げる。
「結愛さん、そんなやり方で本当に私達を出し抜けますかね。位置もはっきりわからない天送珠をみつけるだけでも精一杯でしょう。私達より先に見つけ、その上で封印する事が出来ますか。封印は八卦とは比べ物にならないほどの霊力が必要ですよ」
冴人はすぐに綾音へと振り返る。綾音は頷いて、その手を空高くあげた。
「それじゃあ、私達はこれでね。結果を楽しみにしているわ」
綾音はちらと洋を横目でみると、くすっと軽い笑みを浮かべる。
そして大きく声を上げると、その瞬間には二人の体は風に包まれて、もう洋達の目の前からは消えていた。
結愛は二人が去っていく姿を、じっと見つめていた。普段がうるさいほどに明るいだけに、どこか物憂げな顔が、洋の中に染み込んでくる。
きつく嫌味を言われて、さすがの結愛もへこんでいるのかもしれないな。洋は声には出さずに呟くと、ぽんと結愛の頭に手を乗せる。
「あいつらはあいつら。俺達は俺達だ。とにかくいくぞ、結愛。はやくそのなんとかいう珠を探そう」
「……はいっ」
結愛は洋へと見上げて、ささやかな笑みを浮かべる。でもどこか微笑みきれていない瞳が、どうしても洋は気になっていた。
「なぁ、結愛。さっきの天針盤だっけか。あれはもう使えないのか。もう近くに来てるんだろ。もう少しはっきりした場所がわからないか」
洋は結愛に勝たせてやりたい。今まではどこか巻き込まれて仕方なくという気持ちも残っていた。でも今は本気でそう思う。
あれだけ言われて黙っている事なんて出来やしない。洋は空手をやっていた事もあって勝ち負けには敏感なところがある。どんなに良い勝負をしても、負けたら何も残らない事も知っている。ましてや結愛は大事な試練の最中だ。自分に出来る事なら、何とかしてあげたかった。
「えっと、使えない事はないですけども、でもまた失敗するかもです。けっこう力を消費するですし、もう少し地道に探すですよ」
「そうか」
肩を落として洋は呟く。
なら何が出来るかと言われれば、洋には何も出来る事がない。結愛の言う魔法も使えないし、知識もない。あるのは人よりちょっとばかり体力があって反射神経に優れている。それだけだ。先ほどの鬼ともなんとか渡り合っていられたが、それも結愛の術があってこそのもの。鬼は叩こうが蹴ろうがまるでこたえはしない。むしろ洋の体の方が衝撃で傷ついていくばかりだ。
役立たずだな。口の中でだけつぶやくと、ぎっと歯を噛みしめる。
洋は今ほど自分が役に立たない事を実感した事はない。空手の大会でも高い成績を納め、学校の勉強だってそこそこにはこなす事が出来る。しかしずば抜けてすごい才能がある訳でなく、それがあったとしても結愛の力にはなれない。
なぜ結愛は自分を選んだのか。全くわからない。結愛に選ぶ権利があるのだとすれば、もっと例えば冴人のような優秀な力を持つ術師を選べばいいのにだ。
「なぁ、結愛。お前はどうして俺を選んだんだ。俺は魔法も使えないし、戦いだって出来ない。何も知らないし、何の役にもたたないだろ」
自嘲の笑みを微かに浮かべながら、それでも結愛へとまっすぐに目を向けて語りかける。もしもそこに理由があるのだとすれば、何だってしてみせる。そう強く思う。
その問いに結愛はきょとんとした顔を向けて、それからにっこりと笑顔で微笑んでいた。
「えっと、それは洋さんだからです」
結愛は全く答えになっていない言葉を返す。しかし洋はそれも予想の
「なぁ、結愛、俺は本当に術を使う事は出来ないのか。何か一つだけでも覚えられないのか。どんな術でもいい。俺に何か出来るなら言ってくれ」
まっすぐな眼差しに結愛は一瞬、戸惑いを隠せなかった。顔色がわずかに変わる。
「あるんだな?」
「な、ないですっ。ないですってば。ないですよ、ないです。ないです」
あからさまに動揺を隠せない。ぶんぶんと首を振るって必死で否定している。あまりにもわかりやすい態度に洋は微かに苦笑を漏らす。しかしすぐに元の顔に戻って結愛へと強い視線を投げかけた。
「あるんだな?」
ぴくりとも視線を動かす事もなく、もういちど同じ問を投げかける。結愛の肩がびくんと跳ねた。
「……えっと、その……はい。でもでもでもっ、大変な術です。危険が危ないんです。だから」
「それでもいい、教えてくれ。俺だってあそこまで言われて引き下がれない」
冴人の言葉を思い出していた。あからさまに馬鹿にされた笑みが洋の心に強く火をつけていた。
だけど本当はそれよりも、目の前でけなされてもさげずまれても、それでも必死でがんばろうとしている少女に出来るだけの力を貸して上げたい。いつのまにか、そう願っていたから。
「でも」
「お願いだ、結愛。俺も足手まといになりたくない」
「……はい」
洋の眼差しに仕方なくという様子で結愛はうなづいていた。よほど危険な術なのだろうか。だがそれしか道がないというなら、意地でも修得してみせるつもりだった。
なぜよく知りもしない少女の為にそこまでやろうと思うのか、自分でも不可解ではあったが、あんな形でも約束したからな、と誰もきいていない言い訳を思う。
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