第16話 術の失敗
「ぴくにっくぴくにっく、やほーやほー」
相変わらず謎な歌を歌いながら、
「で、結愛。何か変わった事とかあったのか」
「うんと。そうですね。力の磁場が乱れているみたいです。やっぱり
結愛はそこまで告げて、不意にぴたりと口を閉ざす。
「洋さん。来ました。たぶん、ぷちおにだと思います。
一転して真剣な口調に変わると、髪につけていた紐のような飾りを取り外していた。
洋は空手をやっているおかげか気配には敏感だったが、それでも特に変わった様子は感じ取れない。鬼を関知する能力は、根本的にそういったものとは異なるのだろう。
洋はいつでも対抗出来るように、とにかく身構える。しかし身構えたからといって何が出来るだろうか。先日、ただ逃げまどうだけしか出来なかった事を思い出してた。
俺にも魔法が使えたら。
洋は口の中で呟く。だが結愛はそれには全く気がついていない様子で、空色の紐を取り出しては呪文を唱え始めていた。
「けんだり、しんそん、かんごんこん。八卦より選ばれしもの。我は汝を使役せさす」
呪文に合わせて、紐がくるくると空中で回り始める。やがてそれは風を少しずつ起こしていく。
「いっちゃえー!
結愛の言葉に反応して、紐がカッと軽く光を放つ。そしてその瞬間、風がぴゅうと吹いて――それだけだった。
「わ。失敗。てへっ」
結愛は舌を出して笑っていた。
「失敗、てへっ。じゃないだろ!」
慌てた声で洋は叫ぶ。同時に、ぎゅぅぅぅという大きな音が響いて、目の前の空間が歪んでいく。
「キキィ」
以前みたのと同じ小鬼が姿を現していた。
エナメル質の肌を見せて、にやりと口元を移ろわせる。
きらりと牙がひかり、そして次の瞬間には結愛めがけて飛び出していた。
「あぶないっ」
洋は思わず結愛を抱きかかえるようにして飛び込む。
結愛を腕の中に包んだまま地面をごろん、と転がっていく。
山道の石などで肌が傷ついていたが、些細な擦り傷などに構っていられる場合じゃなかった。
結愛をかばうようにして立ち上がると、辺りをきょろきょろと見回す。
「ち。さすがに武器になりそうなものはないか」
しかしかといって逃げ道もない。どうみても小鬼の方が身軽そうに見える。たとえ逃げても追いつかれるのが関の山だろう。
ここで何とかするしかない。洋は覚悟を決めて、拳を握りしめる。
倒す必要はない。結愛がもういちど術を使うまでの時間を稼げばいい。その間、なんとか攻撃を避けて見せれば。
「結愛。俺が時間を稼ぐ。そのうちにあいつを倒せる術を唱えるんだ」
洋はそういって小鬼へと向かって走り出していく。
「洋さんっ。だめですっ。危険が危ないです、洋さんっ」
結愛が止めようとするが、もう洋は小鬼の前まで走り出していた。
「キィ」
小鬼は向かってきた洋に意識を移して、体勢を整える。そして向かってきた洋目指して、その爪をまっすぐに振るう。
しかしその爪の動きそのものは、そう素早いものではない。右に飛んで避ける。
地面につくと同時に反動を利用して、もういちど小鬼へと飛び込んだ。
その勢いを殺さずに回し蹴りを放つ。これは洋が空手の大会で使う必勝の流れの一つだ。
蹴りは見事に鬼を捉える。小鬼は一気に吹き飛ばされていく。
だが同時に蹴り足に強い痛みが走っていた。
「ち。」
小さく声を漏らして、しかしすぐに結愛と小鬼との斜線上に入る。これならぱ小鬼が洋を無視して結愛を襲う事は出来ない。
「ほら、こいよ。俺は術も使えない一般人だぞ」
手招きしながらも、いつでも動けるように足には力を込めている。
攻撃は効きそうにもないが、小鬼の動きはさほど速くはない。避けるだけなら洋でも何とか対抗する事は出来る。
しかし避けてばかりではいつかはやられるのも事実だ。
「結愛っ。まだか」
強く叫ぶと同時に、背中から確かな声が返ってくる。
「はいっ。いきますっ。けんだり、しんそん、かんごんこん。八卦より選ばれしもの、我は汝を使役せさす」
だが呪文が唱え終わる前に、小鬼は洋めがけて一気に飛び出していた。
「キキィ」
「無駄だっ」
飛び込んできた小鬼を僅かな動きで避ける。小鬼はその勢いを殺さずに結愛へと向かう。
しかし。
後ろから地面に叩きつけるようにして小鬼を落とす。すぐに地を蹴って後方へと飛んだ。
「生じよ。
結愛の呪文に答えて赤い色の紐がぼぅっと大きな音を立てて火炎へと姿を変える。
そして一瞬の間もなく、小鬼を包み込んだ。
「キィ!」
小鬼の声は鋭く響くがもはや遅い。炎は小鬼を瞬く間に燃やし尽くしていた。
「いえーーい。ぷちおにげっと。げっと。一点です」
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら結愛はにこやかな笑みを浮かべている。
「げっと、じゃないだろ」
呆れた顔で溜息をつく。なんとか無事に倒せたからいいものの、もしかすると二人とも小鬼の餌食になっていたかもしれない。戦いの最中は夢中で気づきもしなかったが、そう思うと背筋が凍る。
「ふぇ。そうでした。洋さん、怪我はないですか。ごめんなさい。私が術を失敗したばかりに。やっぱり私、風の術は苦手みたいです。炎の術はそれなりなんですけど、山の中だから万が一にでも木々に燃え移ったら危ないかなって思って、でもそれで洋さんを危険な目に合わせるんじゃ本末転倒ですね。ごめんなさい。私がしっかりしていなかったから。だから」
まだ何か言い続けようとしている結愛の頭の上にぽんと手をおく。
「もういいよ。お前だって一生懸命だったんだろうし。過ぎた事だしな」
敢えて軽い口調で告げて、洋は小さな微笑みを見せた。
その笑顔に安心したのか、結愛はやや照れた顔でゆっくりとうなづく。
だか洋はそれよりもずっと気になっている事があった。それは。
「おや
だがその瞬間、声は後ろから響いていた。
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