第15話 これはだめじゃないのか

ひろしさんっ。それでは行きましょう。天送珠てんそうじゅを探すんですっ。れっつごーです」


 結愛ゆあは大きく声を漏らす。びしっと腕を進行方向に向けて指さしていた。


「なぁ、そういえばその天送珠って何なんだ。世界が滅ぶとかなんとか言っていたけど」


 世界が滅ぶ。口にしてから洋は苦笑を浮かべていた。その言葉には全く現実感がない。結愛達にはすでに不思議な力を見せつけられていたし、彼女達が洋が今まで暮らしてきた現実は洋とは異なる常識の中の住人だというのはわかっている。同じ人には違いないのだろうが、物の価値観や生きる目的は全く異なるのだろう。


 しかしそれでも世界が滅ぶというような危機感は感じられない。結愛や冴人の言いようがあまりに軽いからかもしれないが、それとも彼女達にとっては大仰な事ではないのだろうか。洋は隣を歩く結愛へと顔を向ける。


「うーんと、そうですね。取り扱い方によっては、そういう事もあるかもしれませんけど。本当に世界が滅んだりするような事はまずないですよ。そもそも天正てんしょうの門が開く事がありえませんし。それより早く天送珠をみつけて封印すればいいだけですからね。これは油断しないための戒めの言葉だと鷺鳴さぎなり様が言ってたですっ」


 結愛は軽い口調で言い放つと、なにやらポシェットの中をがさごそを探していた。しかしあいかわらず説明はどこかずれているものの、その言葉に少しは気分が軽くなる。やはり洋はごく普通の高校生だ。出来れば世界の危機だとか、地球を救えだとか言うノリは遠慮したいものがある。


 息を吐き出す洋を横目に結愛はやっと目的のものを見つけだしたのか、顔を上げて洋をじっと見つめる。


「じゃじゃーーーん。天針盤てんしんばんー」


 高らかに告げながら取り出したのは、小さなコンパスのような道具だった。金属の板の上にいくつかの針がつけられている。


「未来からきた猫型ロボットか、お前は」


 楽しそうに道具を取り出す結愛に、思わず苦笑を漏らす。この結愛の態度が余計に現実感を無くしていた。子供の冗談につきあっているのではないかと錯覚しそうになる。


「これがあれば天送珠の位置はすぐにわかるです。ただ問題は天送珠をみつけても、いざ当日になるまでは手をつけようがないって事なんですけどね。封印出来るのは門を開こうとする直前だけだし。あ、でもでもそれでも先にみつけておけば鬼の発生時期とかもわかるし、その力の強さもわかりますですっ」


 むやみにえへん、と偉そうな咳をしてみせるが、全く似合っていない。


「よくわからないけど、とにかくそれを探せばいい訳か」


「はい。そういう訳です。それでは、いいですか。いきますよ。天よりきたりし異界の扉、……えーっと、我がもとにきたりて、その卦を記せっ」


 結愛が不思議な呪文を唱えると同時に天針盤の針が、くるくると回り始める。呪文にえっととか混ざっていたのは関係ないのか、とも洋は思うが、とりあえずまともに発動しているらしかった。


 ただ回っている針がえらく乱雑なせいか、見ていると微かにめまいがしてくる。


 しかしそれも少しの事。しばらく回っていたかと思うと、びしっと音を立てて北東の方向を指さしていた。


「ふぇ、ごんですか。良くないです。良くない卦です。もしかしたら思っていたよりも大きな天送珠かもしれません。ひょっとしたら私の手に終えないかも。どうしよう」


 結愛は出だしからいきなり不安な事を言う。おろおろとして洋へと視線を送ってくる。


「さっき、えーっととか呪文にまじってただろ。そのせいじゃないのか」


「ふぇ。そんな事はないと思うんですけど。うんと、じゃあもういちどやってみます。天よりきたりし異界の扉、我がもとにきたりて、その卦を記せっ」


 今度は噛まずに呪文を唱え終える。


 だが今度はその針はぴくりともしない。


「動かないな」


「動きませんね」


「よくわからないが、これはだめじゃないのか」


「だめですね」


 結愛の答えに洋は思わず、はぁ、と溜息をついた。この調子なら目的の天送珠とやらを見つけだすまでにはかなりの時間がかかりそうだった。


「うんと。でも、もしかしたらあやちん達が見えなくしているのかもしれません」


 首を傾げながらも、結愛は何とか推測を立てていたようだった。言われてみればありそうな話だとも思う。


「妨害工作って奴か。確かにこれが試験なら相手の邪魔をするのは当然だしな」


 つぶやいて、それからもう一度溜息をつく。綾音あやね冴人さいとと名乗ったあの二人組はあの物言いといい態度といい、恐らくかなり有能な使い手だと思われる。その二人が本気で妨害してくるつもりなら、相当の負荷になるだろう。


「うんと、たぶん違うです。天送珠はその名の通り、天を送り込む力を持つ珠です。それだけ大きな力を持つものですから、悪用しようとして手を出してくる人もたまにいます。そうは言っても簡単に利用出来るようなものじゃあないんですけど、それをわかっていない人もいるから」


 悲しいことですー、と声に出して続けると目の前のコンパスのような道具を抱きしめるように抱え込んでいた。


 つまりは悪用を防ぐためかと納得する。しかしそれならば結愛にそれを見つける方法は無く、勝負にもならないのではないだろうか。


「そしたらもう見つける方法はないのか。そもそも万が一その悪人とやらが隠していたらどうするんだよ」


「うーん。どちらにしても、とにかく天針盤は使えないから代わりの方法をみつけるしかないですね。仕方ないです。とりあえずは艮の方向を重点的に探してみましょう。それにいくら隠しても門が開きかければわかるようになるですし」


 北東を指さして、れっつごーと呟く。結愛の言う方向には山の方に続く道があった。


 やれやれ山登りか、と洋は心の中で呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る