第18話 たった一つの冴えないやり方
「で、どんな術なんだ。それは」
「
「まぁ、俺が覚えられる術なんだから簡単なんだよな。でも、それのどこが危険なんだ」
「術そのものには危険はありません。この術は単純に力を流すだけの術ですから。でもだからこそ気をつけないと無尽蔵に消耗しますです。洋さんは潜在的にはたくさん力をもってるから少しくらいなら平気かもしれないけど、使いすぎれば死ぬ事だってありえます。ふぇぇ」
死ぬという言葉に急に悲しくなってきたのか、結愛の瞳に涙が浮かび始める。
危険な術。確かにそうなのかもしれないと洋はふと思う。素人が基礎だけを学んで術を使えるつもりになる。それが最も危険と言う意味なのだろう。バイクの免許をとったからって、いきなり時速一五〇キロで飛ばせば事故の元だ。例えは少し違うかもしれないが、そんな意味の事なのだろう。
「結愛、大丈夫だ。俺は無理しない。死んだりもしない」
ただ一生懸命に何かを為そうとしている結愛に手助けしてあげたいというだけ。洋に出来る事などたかがしれている。少しでも力を足してあげられればいい。そう考えているだけだから。
「……はい。すぐに使えるようになると思います」
結愛は静かな声で、ささやくように微笑んでいた。
あれからやや時間が過ぎた。意外な事に洋が思っていたよりもあっさりと術を覚えていた。簡易な術とは言え普通の人には使えない力だ。もっと手こずる、あるいは試練には間に合わない事だってありえる話だと思っていた。あまり時間がかかるようなら諦めなくてはいけないかと考えていただけに、ある意味で拍子抜けとも言える。
もちろん術とはいってもごく簡単なものだ。霊力をそのまま体から放出させるという術で、それだけでも鬼などの霊体にもダメージを与える事は出来るが、力を炎や風といった力に変換しない分、同じ威力にする為には大量の力を必要とするらしい。
あまり多用できる術ではなかったが、それでも全く何も出来ない事に比べればマシというものだった。
「まだ少し
洋は軽く頭を下げる。もしかしたら洋が術を覚えたいなどと言い出したせいで、出し抜かれてしまった事だって考えられる。役立たずになりたくないから術を覚えていたが、それが元で足を引っ張るのでは意味がない。
「うんと。たぶん大丈夫だとは思いますけども、うかうかとはしてられないですね。一気に追いつきましょうっ。
結愛はがさごそと懐の中から、鈴がいくつもつけられた輪のようなものを取り出していた。
「じゃじゃーん。
「だからお前は未来からきた猫型ロボットなのかっ」
自慢げな結愛に洋は思わずつっこみをいれる
「ふぇ。猫さん、猫さん。そういえば、みゅうは元気にしてるでしょうか。心配です心配です心配ですーっ」
「……別に一日くらいほっといたからって、平気だろ。餌はおいてきたし、水も取り替えてきたし」
仔猫といっても、もう一人で十分に走り回れる年頃なのだから、そうそう問題はないだろう。それよりもどちらかというと部屋の中が荒らされていないかどうかの方が、むしろ心配だった。
「それより、よくもまぁ次から次に新しい道具が出てくるな」
「ふぇ。道具ですか。えへへ、これは全部、私が作ったですよ」
照れくさそうに結愛は告げる。
「へぇ、けっこううまいものだな」
そう言えばけっこう料理もうまかったけども、手先は器用な方なのかもしれないなと心の中で続けて、洋はじっと取り出した鈴のついた輪を眺める。
「はい。私、
結愛がえへんと胸を張ると同時に、しゃらん、と鈴の音が辺りに響いた。
「へぇ、なるほどなぁ」
洋は頷いて結愛をじっと見つめる。結愛がこの試練に選ばれた理由というのは、恐らくその辺りなのだろう。仮に他の能力が劣ってもこれらの道具でフォロー出来ると思われたか、あるいはそれが可能であるかを確かめてみようと考えたに違いない。
「はいっ。なので、ちょっとくらいの遅れは平気ですっ。平気の
「わかったわかった。だとしても急いだ方がいいだろ。で、その鈴はどうやって使うんだ」
後ろでさらに「大丈夫ですっ。へっちゃらですっ」と言い続ける結愛を遮って、洋は本題に戻す。結愛の事なので放っておくといつまで経っても言い続けているかもしれない。
「あ。はい。えっと、こうしてくるくると回って」
鈴を鳴らしながら、結愛はくるりっと一回転してみせる。
しゃらららん、という音が辺りに響きわたり、いくつかの音がこだましていく。
「天をつなぎし至宝の
結愛の呪文と共に、再び鈴の音がしゃらららんと奏でられる。
洋は何となくカタカナの不思議な呪文とかを唱えて変身しそうな雰囲気だと思い、微かにめまいを感じる。しかし
「えーっと。我が呼び声に答えよ、天送珠」
結愛の唱歌に答えるように、こだまは少しずつ強くなっていた。だが、いくつもあちこちから響いていた音は次第に一つへと収束していく。音は北東へと続く道の向こうから、はっきりと伝う。
「ありましたっ。しかも近いです。近いです。ただ、やっぱり
結愛は音の響いたほうへと目を凝らして、そしからぽんと胸の前で柏手を打つ。
「でもいくしかないですもんね。洋さん、いきましょうっ。探検、発見、僕の街です」
結愛は洋の手をとって、れっつごーと大きく声を上げた。
つながれた手にわずかに胸が鼓動した。しかしすぐに冷たい手だな、と思う。それも当たり前かもしれない。この時期に山中にいれば、体も芯から冷えるというものだ。
洋はその手を振り払おうとはせずに、軽く握り返す。少しでも温もりが伝わればいい。今は確かにそう思っていた。
「みゅうっ」
「お前もそう思うか」
賛同するように響いた声に、洋は思わず相づちを打つ。それから結愛へと目をやって。それからやっとふと気がつく。
「まてっ、なんだ今の声はっ」
慌てて辺りを見回していた。あの独特の鳴き声は間違いない。結愛が拾ってきた仔猫だ。
「みゅーっ」
再び聞こえた声に、洋は耳を澄ます。その声は確かに結愛のいる方向から聞こえていて。
「……まて。お前、それは何だ」
洋は思わず呆れた声で訊ねる。
目線の先、結愛のポケットの中からはっきりとその頭を覗かせていたから。
「ふぇ、みゅう。こんなところにっ」
「って、こんなところにじゃないだろっ。いくらなんでも何で気がつかないんだ。ほんとにそれは四次元ポケットかっ」
一気に言い放つと、ポケットの中から顔を出していたみゅうを取り出す。
いかにみゅうが仔猫とはいっても、それなりの重量はある。気がつかないにもほどがあるというものだ。
「みゅっ」
しかしみゅうは自己主張するかのように、一声鳴いて洋の肩へとしがみつく。
「ふぇー。いくら私でも、みゅうをポッケにしまった覚えはないんですけども。でもでもでも、もうきてしまったものは仕方ないですねっ。置いてく訳にもいきませんし、じゃあみゅうも一緒にれっつごー」
にこやかな顔で、結愛は指さしながら歩き出す。確かに響く足音に、洋は思わず溜息をつく事しか出来なかった。
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