第13話 悪の大魔王使い
「私。今日から、ここで暮らします」
「はぁ!? 何言ってんだよ、結愛」
「ふぇ? だから、私は今日からここで暮らします、って」
きょとんとした顔で首を傾げながら結愛は呟くと、今度は再び反対側に首を倒す。
「あ。わかりました。ごめんなさい」
ぽんと柏手を打って、それからぺこりと大きく頭を下げて。
「挨拶がまだでしたね。お世話になります。よろしくお願いします。私、こうみえても家事とか得意ですから任せてくださいっ。今度は醤油とソース間違えないようにしますから。しますから。しますから、安心してくださーいっ」
よーし、がんばるぞー、ふぁいと、おーっ。と続けてぐぐっと力こぶを作る。
「そうでなくてだ! どうしてお前が俺と一緒に暮らすんだよ」
「ふぇ?」
再び首をかしげて、うーんと考え始める。少しずつ身体も一緒に倒していた。
「えっと。私、
最後は奇妙な歌を口ずさみながら、嬉しそうに呟いていた。
洋は選ばられるというのは言葉が間違ってるだろ、とか、その歌はなんなんだよ、とかいろいろ思わなくもないのだが、とりあえず黙ってきいておく。こういう機会にきいておかないと、結愛から事情を聞き出すのは難しいからだ。例えたずねた質問と直接関係無いにしても。
「でも、普通天守に選ばれるのはたった一人ですから、どちらかしか天守にはなれないんですけどね。先に課題をくりあした方が天守になれるって訳です」
結愛は首をかしげながら言うと、綾ちん優秀だから強敵だけど、負けませんからーっ、ふぁいとー、おーっ、と大きく続ける。
「それで私が思うにです。天送珠が発生したのは、悪の大魔王使いがいるんだと思うんです。そして悪の大魔王が、あばれてまわってるんです。なので、私が悪のだいまおーを倒せば、万事完結なんですっ」
うんうん、と一人うなづいている。
なんだか良くわからないが、たぶんそれは違うだろ、と内心つっこむ。そもそも悪の大魔王使いっていうからには、大魔王を使ってる奴を倒さないとダメだろ、とも思う。
「でもっ。さすがは悪の大魔王使いなので、発生させた天送珠の規模もなかなか大きいみたいなのですっ。だから、もう早くもぷちおにが私達の元にやってきました。鬼は力あるものに惹かれる性質があるから。
けど大丈夫ですっ。私はぷちおに程度ではやられませんっ。洋さんは私が守ってみせますっ。大丈夫ですっ。大丈夫ですっ。大丈夫なので安心してくださーいっ」
結愛はえへんと胸を反らしていた。
途中、微妙に大魔王使いに対して敬語だったのは一応敬意を払っているんだろうかとも思うが、たぶんでたらめなだけなのだろう。
何にしても真相は恐らく違うと直感で理解していたが、しかし何らかの敵がいて結愛の邪魔をしようとしているのは間違いない事だ。洋が狙われたのも、その為に違いない。
ただ不思議とあまり恐怖はなかった。小鬼は結愛や冴人によってあっと言う間に倒された為か、それとも不思議と気になりだした目の前にいる少女の為なのか。
洋の心にあるのは、恐怖よりも。
「結愛。俺にも、
女の子に守られなくてはいけない不甲斐なさ。ただその事にあった。例えそれが無理も無い事であろうと。
「ふぇ。洋さんがですか?」
「ああ俺がだ。俺にも出来るなら教えてくれ」
洋は結愛の目を見つめながら強く訊ねる。
「で、でもでもでも。無理、ですよ。洋さん、まほーを使う力ほとんど無いですし。まほーの力は沢山あるんですけど」
「……そうか」
このまま結愛の霊力タンクとしてしか役に立てないのだろうか。
「大丈夫ですっ。まほーは私が使いますから、私と一緒にいてくれるだけで十分です」
結愛はうんうんとうなづいて、そして洋をじっと見つめて洋のすぐ側へと近付いていく。顔を近づけて、それから洋の瞳を覗き込んでいた。
もう一つだけ大きくうなづいて、始めて会ったあの時のようにくんくんと洋の匂いを嗅いだ。
「ほら、大丈夫です。ちゃんと暖かな匂いしていますから。大丈夫です」
にこりと微笑んで、ぽんと柏手を打った。いつもとのように大騒ぎしない、静かな微笑みだった。
「えへへ。懐かしい匂いですー」
ゆっくりとそう告げると、洋の胸の中でぎゅっとすがるようにつかまえる。
「あの時と同じ匂いです」
胸によりそったまま嬉しそうな声で笑う。
「結愛」
「ふぇ?」
思わず呼んだ名前に、結愛はそのまま顔だけ上げて洋を見つめていた。すぐ目の下に、結愛の素顔が映る。
なんとなく心のどこかに、何かがひっかかっていた。それが何なのかはよくわからないけど、洋はどうしても何か違和感、あるいは既視感なのかもしれない。それを感じては眉を寄せていた。
「洋さん、どうしたんですか? そんなに眉間にしわを寄せて。そんな顔ばかりしていると、顔がしわくちゃになっちゃいますよーっ。その上、しわがもう元に戻らなくなって、最後にはおじいさんになってしまうんですっ。洋じいさん誕生ですっ。わっ、びっくり」
「びっくり、じゃないだろ。誰がじいさんなんだよ。俺はまだ十七だぞ、十七!」
「わ、洋さん。七十七ですかー。ふぇ~、
「違う!」
「みゅう」
完全にいつもの調子に戻って言い合う二人に、みゅうが鋭く声を上げていた。
その瞬間には、もう感じた違和感はここにはない。いつも通りの結愛が目の前で笑っているだけで。
「はぁ。もういい。風呂入って今日は寝る」
洋は溜息をついて結愛に背を向ける。
「あ、お風呂用意しますね」
「いい。シャワーだから」
「でも、私も入りますからお湯はった方が経済的ですよー。残り湯は洗濯にも使えるし」
結愛はうんうんとうなづいている。
「そうか。じゃあそうしてくれ」
「はい。あ、お背中も流しますからーっ。任せてくださいっ」
「いらん!」
「ふぇー」
そんな会話を繰り広げながら、もう何事も無かったかように、ゆっくりと今日が過ぎていく。
たが洋はまだ気が付いていなかったが、いつの間にかしっかりと、結愛はこの家で暮らす事が決まっていたのだった。
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