第12話 ハリセンボンのハリが突然
「まぁ、いいでしょう。本来、私が関与すべきところではありませんしね」
「落ちこぼれと術の使えない
くすっと口元に不敵な笑みを浮かべて、あからさまに挑発しているのがわかる。
「なんだと」
わずかに声を荒げて
「ふん。
ふんと冷たい声を漏らすと、じっと洋へと見つめ返した。
洋は言葉を失う。確かに洋はただの一般人に過ぎない。結愛の言う魔法も使えないし、特別に賢い訳でもない。スポーツは人よりも得意ではあるし空手の腕は黒帯を取得しているほどではあったが、だからと言ってこの闘いの役には立ちそうもない。
何よりも智添がどんな存在なのかすら分からないのだから。反論の言葉がある筈もない。
「冴人くん。ダメだよ。洋さん、選んだのは私だから。洋さんに責任があるんじゃない。私が、がんばるから。大丈夫。うん、大丈夫。なんとかなるよ、洋さん、私の大切なパートナーだもん」
えへへ、と声をこぼして、そして冴人へとぺこりと頭を下げた。
その瞬間。洋の心の中で、何か強い不安に駆られた。なぜ結愛が自分を選んだのかわからない。自分に何が出来るのか、何をすればいいのかもわからない。
だけど。それでも、洋は凛とした態度で、ゆっくりとこう告げていた。
「お前の言うとおり、俺には無理なのかもしれない。だけどだ。こいつが俺を選んだ事に理由があるのなら、俺はその理由に答えてやる。だから、俺はやめない。こいつのパートナーである事を」
はっきりとそう告げた瞬間。冴人の眉がぴくりと動いた。それにどんな心が込められていたのか、洋にはよくわからなかったけども。
「わかりました。それではそのうち貴方の覚悟をみせてもらう事にしま……」
冴人がそう答えかけた、そのとたん。
「洋さんっ。私、こいつなんて名前じゃないですよっ。違います、違います、違いますよーっ。ゆあですっ、結愛。結愛ですよーっ。名前で呼んでくれないと悲しいですっ。悲しいですからっ」
よくわからないところへ結愛のつっこみが入っていた。
「どれくらい悲しいかというと、ハリセンボンのハリが突然……」
「それはそれとしてだ」
なにやら言い続けようとしていた結愛を止めると、洋ははぁと溜息をつく。
「ああっ、皆まで言わせてくださいっ」
どうしても主張したかったらしく、ふぇ、と悲しそうに呟いていたが、とりあえず洋は気にしない事にする。
「それでは貴方が無事に智添をこなせる事、私達の足をひっばらない事を期待していますよ」
冴人は、ふふんと軽く笑みをこぼした。挑発的な瞳で、じっと洋を見つめている。
「あんたの期待は裏切らないさ」
洋は微かに口調を強くして、そして冴人へと視線を移す。二人の視線の間に見えない火花が飛び散っていた。
「ふぇぇっ。無視ですかっ、しかとですかっ。ひどいです悲しいですひどいですーっ」
しかし次の瞬間。隣で騒ぐ結愛の言葉に、思わず二人とも苦笑せざるを得ない。
「結愛さん、ろくに術も使えない貴女がなぜ今回の試練の受練者に選ばれたのか。そしてなぜ彼を智添に選んだのかはわかりませんが。それでも私達と共に選ばれた以上は、貴女は私達の敵であり同志でもあります。落ちこぼれの貴女では、私達に適うべくもないでしょうが、全力を尽くす事を願いますよ。万が一にでも私達がし損じたなら、止められるのは貴女だけなのですからね」
冴人は冷たい声で告げると、すぐに不思議な印を結び続けていく。
「
指先を奇妙に重ね合わせながら、冴人は叫ぶ。同時に風が巻き起こり、あの時と同じように姿を消していく。しかし散々落ちこぼれだのなんだのと言われた結愛は全く気にしていないのか、軽く首を傾げただけだった。
「冴人くん、いっちゃったね」
「みゅう」
結愛に答えるかのように、みゅうが小さく鳴いていた。
「結愛。お前、あんな事いわれて悔しくないのか」
洋は冴人が消えた場所と結愛とを交互に眺めて、それからどこか咎めるような声で訊ねていた。事実なのかもしれないが、はっきり馬鹿にされて黙っていられるほど洋はおとなしくも心が広くもない。
「ふぇ。でも私が落ちこぼれなのはホントだから仕方ないんです。私、
微かに顔を曇らせて、それでも結愛は笑顔を消そうとはしなかった。それでもその瞳に隠された色に洋は確かに気がついていた。
わずかに苦笑して、洋は結愛の頭にぽんとその手を置く。
「いくぞ。結愛」
「はいっ」
嬉しそうに答える結愛に、洋は微かに自嘲の笑みを浮かべて。そして一つだけ心の中で決めた。何がどうなっているのか、未だにわからないけども。目の前にいるこの少女の力になろうと。
だけどもし。だけどもし洋が、これから起きる未来を知っていたのなら、この時、こうは思わなかったのかもしれない。
ただ時は、今も過ぎていこうとしていた。
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