第7話 小鬼の襲来
「ふぇ、素性……あ、わかった! 自己紹介って事ですねっ」
少女はぽんと手のひらを合わせると、うんうんと一人頷いている。
違う、と
「えっと、私の名前はもう知ってますよね。愛を結ぶと書いて、ゆあです。ゆあ。すっごく可愛い名前ですよね。
あ、それで私は候補生としてこの街にやってきたんです。でもやっぱり一人ではうまくいかなくて、なかなか難しいです。一人は辛いですよね。一人は悲しいです。
けど今はもう大丈夫です。洋さんがいてくれますから。これで私も綾ちんとふぁいとが出来ます。戦いますよー。負けないですから、私の背中には翼がありますからっ。どこまでも羽ばたきます! だから洋さんも一緒にがんばりましょう。おー」
相変わらず良く分からない説明ではあったが、それでもいくつか推測する事が出来た。
まず結愛は何かの目的があったこの街にやってきたこと。その目的を果たす事が、一種のテストのようなものだということ。しかし目的を果たす為には一人では難しいこと。そこでパートナーとして洋が選ばれた事などだ。
しかしまだ肝心のその目的が何なのかも、結愛達が何者なのかもわからない。洋は頭の中で知り得た情報を整理すると、くるりと結愛へと向き直る。
「なぁ、結愛」
洋が彼女の名前を呼んだ瞬間だった。
「洋さん!」
不意に今までに無い強い口調で、結愛が洋の名を叫ぶ。
「みゅーっ!」
同時にみゅうも声を上げて、ある一点を見つめている。
「突然ですけど来ましたっ。準備はいいですかっ? たぶん相手はぷちおにです。大した敵ではないですから、一気に行きますよっ。
結愛はそれぞれの手の親指と小指だけを握り、残った指同士を奇妙な形に合わせる。
「けんだり、しんそん、かんごんこん」
唱えだした言葉と共に、指の形をいくつも変える。多少ぎこちない感じもするが、それでも何とか遅れずに動いていく。
「キキィ!」
その瞬間、妙に甲高い声が響く。
異容。その場に現れたのは、そうとしか言いようのない小さな生物。尖った耳、つり上がった目端。黒茶の肌はエナメルのような鈍い輝きを放っている。
しかしその生き物――
「よーしっ、いっくぞぉっ! 八卦より選ばれしもの、我は汝を使役せさす」
だがその紐は結愛の目の前で宙に留まり浮かんだままだ。
結愛はその紐に向けるようにして両腕をつきだした。合わせた三本の指を中指だけが開いた形に変えて、そして強く叫ぶ。
「生じよ!
刹那、大きな炎の固まりが生まれていた。
「キキィ!?」
小鬼は慌てた声を上げるが、しかしもうすでに間に合わない。燃えさかる炎が小鬼を一気に包み込む。
小鬼が全て炎に包まれたかと思うと、まるで紙が燃えるかのように、そのまま燃え尽きて消えていく。
「いえーーーーい。ぷちおに一匹退治~。一点げっとげっと」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら喜ぶ結愛に、しかし洋はただ驚くばかりだった。あまりの事に声すらも失っていた。目の前で起きた出来事が信じられない。
「なん……なんだ、今のは?」
なんとか絞り出すようにこぼした声に、しかし結愛はきょとんとした顔で何事も無かったのかように告げる。
「ふぇ。ぷちおにですよー。一匹一点です。みにおには二点です。でも、でかおにの場合はなーんと十点ですよ。高得点なんです」
「……その点数ってお前が勝手に決めたろ?」
ふと考えた後、しかしすぐにこめかみを押さえながら言う。さっきまでの張りつめた空気が一気に溶けていくのがわかる。
「わ。なんでわかるんですかっ。もしかして洋さん、心が読めるとか?」
結愛はふぇー、と続けながら尊敬の眼差しで洋を見つめている。
わからいでか、と内心つっこむが、もはやこの形がお約束となりつつある事に、洋は再び溜息をついた。
それでも結愛のとぼけた台詞に、張り詰めていた緊張感や謎が解けていくような気がする。本当は何一つ変わっていないのだけど。
「あ、でもパートナーなんだから、わかって当然ですよね。もちろん二人は
どうやら途中から一のつく四字熟語を上げる事に精一杯になっていたらしく、よくわからない単語も混ざっていた。
「パートナーか。智添っていうのか? それって一体何なんだ。何をするものなんだ?」
しかし洋はそれに反応する事もなく、ただまっすぐに結愛も見つめていた。わからない事が多すぎた。一瞬、なごみはしたものの、やはり目の前で起きた事実は今でも現実だとは思えない。まるで、どこか夢の世界で起きた絵空事のようで。
ただ確かにここに現れた鬼と魔法。消えていった二人。いくつもの事実が頭の中にぐるぐると回りながら、だけどどうしても納得する事が出来なかった。
そんな洋をよそに結愛はしばらく首を傾げて、何か考えていたようだった。が、そのうちぽんと手を合わせて洋を見つめる。
「ごめんなさいです。洋さん
うーん、と再び何か悩み出したようで、結愛の身体が傾いていく。
「いいから。いろいろ教えてくれ」
「はい。そうでしたね。私、すぐ脱線しちゃって。しゃべりすぎなんですよね。はい。えっと、何から説明すればいいのかな。うーんと、そうですね。じゃあまず私の使ってる術……えっと
「まてまてまて。そんな事いきなり言われてもわからん。専門用語は出来るだけナシにして、俺にもわかる言葉で説明してくれ」
洋は一気に喋りだした結愛の言葉を止めると、ふぅと息をついた。きちんと説明してくれようとするのは嬉しいのだが、いかんせん喋っている内容が良くわからない。
「ふぇ。じゃあ、私の言葉で説明してもいいですか?」
「……ああ」
しばらく考えた後、こくりと頷く。恐らく『ぷちおに』だの『パートナー』だの言う言葉は結愛がつけたものなのだろう。しかしその方がまだしもわかりやすい。
「えっと、じゃあ私は『まほー』が使えるんです。その『まほー』を八卦施術といいます。この魔法は基本が八種類……けん・だ・り・しん・そん・かん・ごん・こんっていうのがあるんですけど、それぞれが意味を持ってるんです。細かい意味はおいおい説明しますね。
でも『まほー』を使う為には一人では難しいんです。私は『まほー』の力を引き出す事が出来ますけど、『まほー』の力は殆どもっていないんです。そこで力を表に出す事は出来ないけども、蓄え制する事が出来る『パートナー』を必要とするんです。ちょうど陰陽でいうところの光と影の関係ですね」
そこまで一気に言い放つと、話疲れたのか軽く息をついた。
「なるほど」
相変わらず意味不明の単語は多かったが、それでもなんとなく理解する事が出来た。
「つまり俺はタンクみたいな物という事か」
「そうですね。そういう表現も出来るかもしれませんです」
結愛は大きく頷くと、それから「でも、それだけじゃないですけどね」と続ける。
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