第25話 ある日、ある時、ある場所で -???視点-

~王弟殿下の筆頭執事編~




「私は……アルフレッド様がお生まれになる前より、あのお方にお仕えして尽くす生涯が決まっていたというのに……」


 部屋の中で、珍しく感情を隠そうとせず落ち込んでいるのは王弟殿下付きの筆頭執事。

 当時将来生まれてくる可能性のある次の王族に仕えるため、国王陛下付きの筆頭執事が鍛えていた中で最も優秀だった彼は。今は将来その主であるアルフレッド王弟殿下の妃となられるであろう女性を、わざわざ自室へと招いて催される二人だけのお茶会に。給仕が出来なかったと酷く酷く落ち込んでいて。


「何故私ではなく、セルジオ様を……」


 仕事中は一切そんな素振りは見せなかった彼だが、国王陛下付きへと昇格した少し年上の同僚執事に酒の席へと誘われていった先で。ものの見事に本音を吐き出させられていた。


「口ではそう言っていますが、理由など分かり切っているのでしょう?」

「…………はい……。私が給仕を担当しては、将来王弟妃となられる女性が緊張してしまうでしょうから……。分かってはいるのです……私ではなくセルジオ様を選ぶことこそが、アルフレッド様の女性に対するお心遣いだったということは……」

「でしょうね。まぁ、しかし……理解はしていても、感情として割り切れるかは別ですからね。仕事として割り切れるようになっているだけ、貴方も成長したという事です」


 前陛下付きの筆頭執事に鍛えられていた頃の、まだまだ子供だった時を知っている分。ここまで王族付き筆頭執事として成長していることは、同じ相手を師として学んだ兄弟子のような彼にとっては素直に喜ばしいのも本音なのだが。


 その分、複雑なその本音も理解できる。


 だからこそ、厳しさの中にしっかりとフォローも入れておく。


「特殊な環境で育ってこられたご令嬢ですからね。しかもご本人こそが血の奇跡。その上食の癒し。これで給仕をこちらが担当できるとすれば、それはご令嬢の能力を腐らせることにもつながります」

「そう、ですね……。だからこそ、今後も給仕を担当できない可能性に関しては、既に覚悟を決めております……」


 流石に全てを王弟妃にやらせるわけにはいかない。それは彼らも分かっている。

 だが、それでも。


 二人だけのお茶会は、きっと婚姻後も続けられるはずだ。


 その時に給仕が誰一人いない可能性も、今から考慮して覚悟しておかなければならない。



 そしてそれは……



「私も、例外ではないかもしれませんね……」

「ご兄弟夫婦での、ごくごく身内でのお茶会では……私たちは必要とされないかもしれません」

「そうですね。私も、今から覚悟を決めておかなくては」



 彼らの覚悟と決意が、果たして本当に必要となる日が来るのかどうかは……。


 まだ、誰にも分からない。








~調理場の貴族の四男坊編~




 やりたくないやりたくないやりたくない…!!!!



 心の中で、本心ではそう思っていても。


 それが叶わないことは、自分が一番よく分かっていた。



「すみません先輩…!!一つ置き忘れました…!!」


 そう言って駆けよれば、少し不機嫌そうな顔をしてこちらを振り向く。

 その手にはしっかりとトレイがあり、白い布まで被せられた状態で運んでいた。


「お前……これは王弟殿下に届けるものだぞ?失態は許されないって、分かってるのか?」

「分かってます…!!なので急いで追いかけてきました…!!」


 そう言いながら、手に持っていたを白い布の下に潜り込ませる。


「それは分かってるとは言わないだろうが…!!全く……一体何を忘れたって言うんだよ……」

「砂糖です!」


 内心ドキドキしながら、わざとらしく直立の姿勢を取りながら答える。


「は…?砂糖なんて今まで…」

「え?でも……カップの数を増やすようにと指示があったので、どなたかとご一緒なのかなと……」

「……お前…、そういうことをここで口にするなよ…」

「あっ…!!し、失礼しましたっ…!!」


 普段そんなにドジを踏むような性格はしていない。

 でも、今は。

 今だけは、これで誤魔化されてくれないと。


 俺の家族が、実家の領民が。


 どんな目にあわされるのか、分からないから。


 必死で内心と表情を隠している今は、生まれてから一番貴族らしいことをしているのかもしれない。

 何一つ、嬉しくないが。


「全く……。いいか?俺が戻ったら説教だからな?」

「はい……」


 どうやら誤魔化せたらしい。

 先輩は一つため息をつくと、手に持ったそれを受け取りの侍従に渡すために歩いていってしまったから。


「…………はぁ~~……」


 安堵と不安の両方が混じったため息が零れて、思わずそのまま地面に座り込みたくなるけど。

 今はまだ、仕事中。仕事着でそんなこと、出来るはずがない。


 ただ。



 どうか殿下か、もしくは従者の方が、おかしいと気づきますように、と。


 知らされていないけれど、おそらく令嬢なのであろうそのお方が。


 無事でありますように、と。



 犯罪に加担しておきながら、俺はそう願うしかできなかった。




 だから。



 まさか後日、殿下の従者の方に協力を申し込まれることになるなんて。


 殿下自ら、弱小男爵家を救おうとしてくださるなんて。



 この時の俺は、夢にも思っていなかったのだった。








~王弟殿下の使用人たち編~




「大変だ!!殿下が…!!今日は昼食も夕食も、しっかりと召し上がって下さったらしい…!!」

「な…なんだって…!?」

「殿下が!?」

「執務の時間が削られるのが嫌だって、食事を疎かにすることを厭わなかったあの殿下が…!?」


 その日走った衝撃は、驚くほどの速さでもって伝えられ。

 城内での出来事だったはずなのに、なぜか宮殿内にまで余すことなく伝わっていた。


 それほどまでの衝撃だったのだ。


「でも待ってください……どうして、いきなり…?」

「それが……信じられないことに、新しく入った側仕えの進言を聞き届けて下さったらしい……」

「新人の…!?まさか、あの殿下が…!?」

「セルジオ様の進言ですら聞き届けない、あの殿下が…!?」


 彼らの中での王弟殿下と言えば、仕事人間過ぎて陛下に注意されない限りは寝食になど頓着しない人間で。

 いや。頓着しないどころか、場合によっては不必要と切り捨ててしまうような人間で。


 人間の欲求を全て捨ててしまっているような、そんな気さえしていた相手なのだ。

 驚くなと言う方が、無理な話だろう。


「どんな手を使ったんだ、新人…!!」

「詳細は分からないが、少なくとも救世主である事に違いはない!!」

「確かにそうだ!!今後きっと、殿下はしっかりと食事も睡眠もとってくださるに違いない!!」

「やった…!!これでようやく……ようやく殿下も人間らしい生活に……!うぅっ…」

「泣くな。気持ちはわかるが、泣くんじゃない」

「そうだ。まだこれからだ」

「そう、ですね……」

「……しかし…一体どんな人物なんだろうか。新人の側仕えというのは…」


 彼らにとっての救世主は、謎多き人物。

 それはそうだろう。何せその王弟殿下自身が、一切の情報を漏らさないように手をまわしているのだから。


 だが。


 その後媚薬を盛られそうになった殿下の危機を救ったとして、さらに英雄のごとき扱いを受けるようになるのだが。

 それは護衛騎士や使用人の間だけで広まり、本人の耳に入ることはなかった。








~カリーナの支度を手伝った侍女たち編~




 セルジオ様より集められた私たちは、殿下が視察に連れていくという側仕えの支度を手伝うようにと仰せつかった。

 どうやら殿下の側仕えになったばかりの彼女は、まだ勝手がよく分かっていないらしく。何が必要になるのかも知らないだろうからとのことだった。


 殿下の視察となれば、出来得る限り少人数での移動が基本となる。

 その中に新入りを連れていくというのは、おそらく余程の理由があるから。

 そしてそれを、私達はすぐに知ることとなったのだ。


 何せその側仕えと言うのが、例の殿下へ進言した少女だったのだから。


 それを知って、私達が気合を入れないとでも?

 きっとセルジオ様は分かっていらっしゃった。だから私たちを選ばれたのだ。


「殿下に邪な感情を抱かず、かつ特別扱いされている側仕えの少女に嫉妬もしなければ危害も加えない」

「それは大前提でしょうね」

「その新人の少女に感謝すらしていますよ?私は」

「むしろそういう感情を持っているからこそ、私達が選ばれたのではなくて?」


 私たちは、直接殿下にお仕えしているわけではない。何せ侍女なのだから。女官ではない。

 ただ。

 私たちの夫は、殿下付きの護衛騎士だったり料理人だったり、同じ使用人同士だったりする。

 だからこそ、殿下の生活を変えてくれたという少女には感謝しているし、大変な恩があるのだ。


「夫が頭を悩ませることが減ったでしょう?」

「殿下は大変出来たお方ですからね。決して無理な仕事のさせ方はしない方でしたけれど……」

「ご自身が無理な働き方をされる方ですからね。どれだけ周りがそれを改善させたかったことか…!!」

「長年の一番の苦労を取り除いてくれた相手ですからね。しっかりと……えぇ。仕上げて差し上げなくては。ねぇ?」


 頷きあう私たちは、どこかで予感していたのだ。

 きっと少女は、この先も殿下にとって唯一無二の存在になる、と。


 それが女の勘だったのか、それとも侍女としての勘だったのかは分からないけれど。


 とにかくセルジオ様が、そして何よりも殿下ご自身が、私達を信頼して例の少女を預けてくださるのだから。

 彼女に恥をかかせることのないよう、しっかりと身支度を手伝わなければ…!!



 まさかこの時の仕事ぶりが認められて、王弟妃付きになる日が来るなんて。

 私たちは、夢にも思っていなかった。



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