第24話 陛下との邂逅は…

 その時は本当に、ある日突然やってきた。



 今までも何度も訪れている殿下の私室に、今日もお渡ししたレシピ集の出来栄えを確認するという名目で訪れていた私は。一仕事終えた後、セルジオ様もいなくなったこの場所でダニエル君と戯れていて。

 毎回必ずこうして、ダニエル君と接する機会を殿下が作ってくれているのは……たぶん、私が本気で動物好きなのだと知っているから。

 そして毎回、ダニエル君というモフモフに触れるのを楽しみにしていることも……おそらくは、見抜いている。


 だから私はこの時間に思いっきりふわふわモフモフを堪能しておくのだ。


 そうやって、今日も殿下に見守られながらダニエル君と遊んでいたら。


「あははっ!くすぐったいってば…!」

「おや?フレッティと甘いひと時を過ごしているのかと思っていたが、まさかダニエルを相手にしていたとはな」

「っ!?!?」


 急に聞こえてきた声に、思わず飛び上がりそうになって。

 それでも何とか抑えた私の耳に、違う意味で飛び上がりそうになる言葉が聞こえてきた。


「兄上。いらっしゃるのであれば先にお知らせくだされば良かったのに」

「それではつまらぬではないか」


 兄上、って…………王弟殿下の兄上って……!!


 国王陛下…!!!!


「面白いものなど何もないですよ?」

「……フレッティ…。せめてもう少し、普段と違う反応はないのか…?」

「婚約者との時間を邪魔されたからですか?でしたら今はダニエルの方が嫌がるでしょうね。折角カリーナに甘えられる時間だったのですから」

「…………そうか……私はダニエルの邪魔をしただけか……そうか……」


 え、待って…!!何この状況!?何この反応!?私どうすればいいの…!?


 と、とりあえずちゃんと礼を……


「わふぅ~~……」

「あぁ…すまない、ダニエル。そうだな。邪魔した私が悪い」

「ふんすっ!!」

「あぁっ…!!すねないでくれ…!!今後はしないと約束する…!!」

「わふっ!!」

「う、うむ……フレッティに迷惑は掛けぬ。折角の時間を邪魔したりはせぬ」

「ふんっ!」

「そうか……良かった…」


 …………。


 ……え?何ですか?これ……。

 なんか、国王陛下、ダニエル君と、会話してません……?


 え、何?

 我が国の国王陛下は、動物とおしゃべり出来るんですか?意思疎通が出来るんですか?

 え、ホントに…?


「カリーナ。兄上は私の目と同じように、あらゆる動物たちと意思の疎通が出来るのだ」

「……あ…はい…」


 混乱している私に気づいた殿下が、ちゃんと答えをくれるけれど。

 ちょっと……飲み込むのに時間がかかりそうなのは、能力とかの問題だけじゃないからなんですよ…?

 ねぇ、殿下。分かってますよね?分かっていて何も言ってくれないんですよね?


「うむ。私も聞いていなかったからな。兄上が何の目的で部屋を訪れたのかは……まぁ、分からなくはないが…」


 分かるんじゃないですか!!


「今はダニエルに怒られている真っ最中のようだったからな。それが落ち着くまでは待つしかなかった」


 ダニエル君に怒られてたの!?国王陛下が!?

 いや、内容的にはそんな感じでしたけど!!ダニエル君がプイってそっぽ向いたりしてたけど!!


 王家の力関係どうなってるんですか!?


「基本は兄上が一番上だ。その下に私だと、ダニエルは理解している。……が、如何せんダニエルの主はあくまで私だからな。私に不都合があれば、いかな兄上と言えども許さぬようだ」


 …………殿下は……ダニエル君の言葉も分かるんですか…?


「流石に私にはダニエルの言いたい事全ては分からぬ。…が、まぁ……長く一緒にいるからな。何となくであれば、分かる事もある」


 なるほど……。


「いや、私からすればお前たちのそのようの方がよっぽど謎なんだが?何故フレッティは令嬢が言葉を発していなくても意図がくみ取れるのか……」

「兄上も動物相手であれば似たような物ではないですか」

「私の場合はしっかりと相手も話しかけてきているからな!?耳で聴きとって言語として理解しているからな!?」

「安心してください兄上。私もこれはカリーナ限定ですから」

「私は妃相手でもそんな事は出来ないぞ!?どんな特殊能力だ!!」

「……兄上。私はが良いのです」

「それは知っている!!だが表情から意図が読み取れる能力ではなかったはずだろう!?」


 ……あれ…?なんか…………想像してた国王陛下と、大分違うような……?


 というかこれ、陛下がからかいに来たのに殿下にいいように遊ばれているのでは…?

 あれ?もしかして……実は殿下の方が、色々と策略家…?それとも腹黒…?

 いや……いやいや、まさか…。腹黒は流石にない。うん、ない。


 ……ない、よね…?

 ないと思いたい。信じたい。


「どちらでも良いが、少なくとも策略と言う意味では私は長けてる方だと思うが?」

「そこまで読まなくていいです…!!」

「何の話だ!?」

「わふぅ~~」


 あ、ダニエル君モフモフ。気持ちいい。


 ……って、違う違う!!

 まずはやるべき事があるから…!!


 こほんと一つ咳払いしてから、しっかりと陛下へ頭を下げて。


「ご挨拶が遅れまして失礼いたしました。よろしければ名を名乗る許可を頂けませんか?」

「あー……良い。ここでは身分など気にせず、婚約者の兄、程度に思ってもらって構わぬ」

「そうは参りません。ようやくお会いできたのに、ご挨拶も出来ない不作法者になるわけには参りませんので」

「……なるほど、な。そうか。ふむ……。良い、名乗れ」


 逡巡の後、そう許可が下りる。

 誰も見ていないとはいえ、最初が肝心なのはいつであろうとどこであろうと変わらない。特に私は今後王家に嫁ぐ身なのだから。

 おそらく陛下もそれをくみ取って下さったからこその返事だったのだろう。


「恐悦至極に存じます。……この度王弟殿下であらせられるアルフレッド様の婚約者となりました、オルランディ公爵家のカリーナと申します」

「うむ」

「国王陛下におかれましては――」

「流石にそこまでにしてくれ。私もフレッティと同じで、あまり長ったらしい形式ばった挨拶は好きではない」


 けれどそこはまぁ、やはり兄弟。

 それにここは謁見の間でもなければ、そもそも陛下も私も殿下ですら普段着のようなもの。

 確かにここまでにしておくのがいいのかもしれない。


「承知いたしました」


 なので、ここからは陛下のお望み通り、婚約者のお兄様という体を取らせていただくことにして。


「それで?未来の義理の妹は、何故フレッティではなくダニエルと戯れていたのだ?」

「え、っと……そのフレッティと言うのは……」

「私の事だ、カリーナ。母上と兄上は、未だに私をそう呼ぶ」


 なるほど。

 可愛らしい愛称なのは、きっと殿下が幼い頃はそれに見合うほど可愛らしかったからなんだろう。

 今はかなりの美青年に成長していらっしゃるけれども。


「わふっ!わふっ!!」

「あぁ、分かった。分かったから、ダニエル。そう責めるな」

「……え、っと…ダニエル君は、一体何と…?」

「フレッティの番との親睦を深める時間を邪魔するな、と」


 え、今の言葉にそんな意味があったの…?あの短い中で?


「大方、『お兄様!邪魔です!』とでも言われたんだろう」

「え…?」

「その通りだが、直接的過ぎて心に来る。もう少し柔らかい言葉を選んでくれ、フレッティ」

「私が兄上を邪険にしたわけではありませんので。その辺りは、ダニエルに頼んで下さい」

「だそうだ、ダニエル」

「ふんっ!」

「……そうか…」


 今のは、流石に私でも分かる。

 やだって、言われたんですね。国王陛下。

 ……あ、いや。今はお義兄様ってお呼びした方が、いいのかな…?


「まぁ、流石に今日は突然すぎたからな。また次回、今度はしっかりと先触れを出しておく。それで良いか?」

「私は構いませんよ。ダニエルも、それで良いか?」

「わふ!」


 わぁ、良いお返事。

 ダニエル君、殿下には本当に従順なんですね…。


「カリーナは?今後兄上も一緒になる事が増えるかもしれぬが…」

「私は構いません。むしろ折角ですので、一緒にお茶をしていただいて意見を頂きましょう?」


 本当は、いつ会うことになるんだろうって少し不安だったし。

 きっと国王陛下とお会いしたら、緊張して何も話せなくなるんだろうな、なんて思っていたりもしたんだけれど。


 ここで会うのなら、大丈夫みたい。


 最初が、その……予想外過ぎただけっていうのも、あるんだろうけど……。

 でも陛下の表情は、すごく柔らかくて。ご兄弟だから色彩がそっくりだし、顔つきも似ているから安心するっていうのもあるけれど。

 それ以上に、殿下を見る目がとても……お兄ちゃん、していたから。



 陛下との邂逅は…


 たぶんこれが、一番の正解だったんだろう。



 私はきっとこの先も、陛下は殿下のお兄様という認識が第一にあることになると思う。


 たとえ国王としてのお姿を見る事になったとしても、そこは変わらないんだろう。



 だって、殿下もとても柔らかい表情をしていたから。



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