第20話 可愛い弟の唯一の宝 -国王視点-

 唐突に届いた、緊急事態の赤。


 それは他でもない、私の可愛い弟の唯一の宝が、その手からすり抜けていってしまったという報告だった。



 私もそこまで警戒をしていたわけではなかったので、例の血の奇跡だという少女に見張り一つつけていなかった。

 もちろんそれはフレッティを信頼してという事もあるが、それ以上に城の中にまで動物たちを入れるわけにはいかないという理由あってのことだった。


 特に彼女が顕現させた血の奇跡の能力は食の癒しだった事もあり、あまり食べ物を扱う相手の側に近づけるものではないと思っていた。


 だからこそ、基本出入りが限られた者達しかいない場所に、部屋を用意させて。

 さらにそことフレッティの執務室の往復と、後は調理場への道のりしか教えていなかったというのに。



 何故、突然。


 何故、何も言わずに。


 忽然と姿を消してしまったのか。



 そんな理由、など。

 誰かが手引きしたとしか思えないのだから、明らかに何事かに巻き込まれたのだろう。

 もしくは、その存在が漏れたのか。


 いずれにせよ、今回のことで最も衝撃を受けているのはフレッティ本人だろう。


 赤いプレートが届いた日の夜、私の妃が眠りについたのを見計らって私の部屋へと訪れたフレッティは、自分の失態だと頭を下げていたけれど。

 その顔は、どこか憔悴しているようにも見えて。


 確かに護衛をつけなかったのは失態だったのかもしれないが、それは私とて同じ事。

 それ以上にあまり仰々しくしてしまっては、その存在が予期せぬ形で公になってしまうかもしれないと。それを恐れたからこそ、最低限に留めたのだ。

 話し合ってそれを決めたのは、私とフレッティの二人なのだから。

 今回のこれは、王族である我々の失態だ。何もフレッティ一人のせいではない。


 だがそう口にしても、ただ首を横に振るだけで。

 一向に顔を上げようとしないその背中に乗っていたのは、王族としての責務だけではないのだろう。



 あの、フレッティが。


 女性どころか執務以外には、自分の食事にさえ関心を寄せることのなかった私の弟が。


 たった一人の少女の菓子に、夢中になっていたのだ。



 あれは食の癒しだからとか、そういった類のものではなくて。

 明らかに好意を寄せている相手に対する、特別なそれ。


 気付いていたからこそ、そっと見守ろうと決めていたというのに。


 その矢先に起こったのがこれでは、意味が無いではないか。

 ようやく私の可愛い弟にも、これと決めた妃が出来るのではと期待したというのに。


「愚かな者もいたものだ……」


 もはや弁解の余地など無い程に、明確に王族への裏切り行為を働いた者。そんな愚か者が、この城のどこかに今もいるのだ。

 即刻見つけ出して、その全てを奪ってやりたいと思うのは。国王としてではなく、家族を傷つけられた一人の人間としてのもの。

 だからこそ言葉にはしていなかったが、流石に不穏な空気は感じ取れたのだろう。


「陛下?いかがなさいました?」


 訪れた者達に指示を出していたはずの宰相が、私の言葉を耳聡く拾っていたらしい。少しだけ眉根を寄せて、こちらにそう問いかけてきたから。


「私の可愛い弟の唯一の宝を、あろうことか盗み出した者達がいてな」


 私は彼以外執務室の中にいないのをいいことに、正直に言葉を返す。

 肝心な部分は分からずとも、それだけでどれ程の重大な事実なのかも、私が怒りを秘めているのかも、彼には伝わるだろうから。


「アルフレッド殿下の…!?それはすぐに見つけ次第処罰を下さなければ…!!」

「愚か者達の目星ならついている。だが問題はそこではない」


 案の定目を見開いた彼に、私は冷静にそう告げる。


 そもそも一人で城を抜けることなど叶わぬ上に、少女がいた場所は決められた者達しか足を踏み入れることすら出来ぬ場所。

 そんな場所に行くのに通らなければならない道は、必ず騎士たちが常駐している。


 つまり。


 その中に、裏切者がいる。


 そして少女がいなくなった時間帯を考えれば、その時間を担当していた数人の内の誰かという事にはなるだろう。

 とはいえフレッティもそれには気づいているし、何よりそこから先が進まないから困っているのだ。

 あまりにも目撃情報がなさすぎるのは、可能性の幅を広げる一方だからな。


 だが今は、そんな事はどうでもいい。

 後でどうにでもなる事よりも、最優先で考えなければならない事が目の前にあるのだから。


「お命じ下さればすぐにでも捕らえて参りますのにっ…!!」

「いい。それは本人たちに一番影響のある、大きな傷が残る方法で仕返すと決めているからな。だが問題は、その宝の方だ」

「まさか……盗み出された宝というのは、まだ見つかっていないというのですか…?」

「あぁ、そのまさかだ。と、言うよりも……果たしてその宝が無事なのかどうかも…」

「そんな…!?」

「だが……」


 本当は、無事でなければ困るというのに。

 もしも例の娘に何かあった時には、きっと私の可愛い弟は失意のどん底に突き落とされてしまうだろうから。正気を保てるのかどうかすら、怪しい。


 本人はとうに自分の気持ちに気づいていて、それでも悟らせないようにしていたようだが。あの幸せそうな目を見れば、幼い頃から知っている私が気が付かないはずがない。


 女性どころかあののせいで、あまり他人に関心を寄せたことのないフレッティが。唯一、その心を向けた相手だというのに。

 しかも王弟妃に迎えられる可能性が最も高い相手だ。



 今、彼女を失うわけにはいかないのだ。


 国のため、政治のため。


 そして何より、私の可愛い弟のために。



 だから。



「宝は本来あるべき者の元に戻るべきだ。そうでなければ、意味がない」



 見つけ出された暁には、おとなしく弟の手の中に落ちて守られていればいい。


 そうしてずっと、フレッティの幸せそうな笑顔を生み出し続けていればいいのだ。



 そのために。



「必ず、無事に見つけ出させねばな」



 そうであれと、動けぬ身では願うしかできないものだが。


 それでも、願わずにはいられないのだ。



 私の可愛い可愛い弟の、幸せな未来のために。



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