第18話 ドゥリチェーラ王家の特殊能力 -国王視点-

 小鳥たちに血の奇跡の様子を見てきて欲しいと告げ、そのままふと晴れ渡った空を見上げて小さくため息を吐く。


「……能力とは、時に便利だが時に己を縛る物でもあるな…」


 特に今回の彼女は、それに振り回された結果なのかもしれない。

 自らにとって最も大切なのは弟の意思や気持ちなので、正直彼女の意思など関係ないのは事実なのだが。


 それでも気にかけてしまうのは、この能力の発現がどんな意味を持つのか。

 その理由を、理解してしまっているからなのか。


「あぁ……そう言えば、フレッティも同じようなことを言っていたな…」


 それはまだ、弟が最愛の女性と出会うよりもずっと前の話。

 ようやく成人したかと思えば、いきなり言い出したのだ。


「兄上。私は近い将来、城内部の改革を行いたいと思っております」


 と。



 確かに、今の城の中には不要な貴族も多い。それは認めるし、どうにかしなければと思案はしていた。


 だが、まさか。


 成人したばかりの弟が、いきなりそんなことを告げてくるとは思っても見なくて。



「フレッティ?どうしたのだ?いきなりそんな事を言い出すなど……」

「いきなりではありません。幼い頃より、城の中を見ながら常に思っていたことです」


 幼い頃より?それは一体いつ頃からの事だ…?

 そんな疑問が口をついて出るより先に、弟はさらに言葉を続ける。


「兄上の治世に、必要のない貴族が多すぎます。あまりにも才能がなさすぎるというのに、地位にだけは必死にしがみつく彼らは……正直、醜いとしか言いようがありません」


 真っ直ぐに告げられた言葉は、一見清廉潔白なようにも聞こえるけれど。

 その実、不要な貴族の首を切るべきだという残酷ながら、完璧な上に立つものの冷酷さを含んでいて。


 いつの間に、この弟はそんなところにまでたどり着いていたのかと。なかなか構ってやれなかった間に、あまりにも成長しすぎていたことに驚きを隠せなかった。


「とはいえ、お忙しい兄上に城内の掃除までお任せしようなどとは思っておりませんので。才能の有無を見分けて、正しい場所に再編成し直すのは私が適任だと思っております」

「それは、まぁ…そうだが……」

「ですので、兄上にはその時が来たら許可を頂きたいのです。不要な貴族は切り捨て、才能のある者達をそれが発揮できる役職へと押し上げる、その許可を」


 真剣すぎるその瞳の奥にあるのは、きっと他の者達には決して見る事の叶わぬ景色の記憶。

 才能を見抜く目を持って生まれたフレッティは、きっと私以上に歯がゆい思いをしてきたのだろう。何故才能のない者が上に立ち、才能あふれる者達が蔑ろにされるのだ、と。


 私ですら、その事を歯がゆく思って来たのだ。

 きっと全てを見通すことの出来たこの弟は、私の比でないくらいその現状を嘆いていたことだろう。

 幼いがゆえに何もできず、発言することすら出来ないまま。


「兄上。王族がそれぞれに違う能力を持ち生まれてくる理由は、その時代にその能力こそが必要になるからだと教わってきました」

「あぁ、そうだ」

「でしたら私のこの能力は、城内の正常化のためにこそ使われるべき物だと思っているのです」

「……そう、だな…。確かに、まるでそのためにあるような能力だ…」

「まるで、ではなく。確実にそのために。兄上の治世を盤石にし、今後この国をより良くしていくために、私はこの能力を持って生まれてきたのです」


 言い切るフレッティには、一切の迷いがない。

 自分が辿り着いた答えこそが、正解であると欠片も疑っていないのだろう。


 何より……


「ですからどうか、私の能力を最大限に活かせる政策をお許しください。必ず……必ず、兄上の役に立ってみせますので」


 これだ。


 結局フレッティにとって大切なのは、私のために何か出来ることをしたいという強い意志と兄弟愛。


 分かってはいる。私とて、この年の離れた弟は本当に可愛いのだ。弟のために何かしてやりたいと、思わないわけがない。

 だがフレッティは、それを王弟としても発揮しようとしている。

 臣下として、弟として。国王に、兄に、自分のできる限りのことを。

 そう思っているのだろう。



 正直なことを言えば、今すぐにフレッティを抱きしめてしまいたいほど嬉しい。



 こんなにも兄思いな弟を持って、可愛いと思わないわけがない。当然だろう。

 私のためにと一生懸命になる姿は、たとえ成人して立派な男性となった今でも愛おしい。


 だが、だからこそ。

 私は一言だけ、告げておかなければならないのだ。


「無茶だけはしないと、約束できるか?」


 強引に事を進めるような、そんな手段は取らないだろう。それは分かっている。

 だがそれでも、反発は必ず出る。特に才能がなく地位に固執するような貴族であれば、なおの事。


 にもかかわらず、フレッティはそれを自ら進んでやっていきたいと言い出したのだ。

 王族とはいえ。しかも権力に興味を持たないとはいえ。

 裏で結託した貴族どもに、足を引っ張られるどころか失脚するよう画策される可能性も考えられる。

 あちらが強引な手を使い危害を加えてくる可能性だって、全く無いとは言い切れない。

 それが分かっていて、心配にならないわけがない。


 だが。


「お約束します。当然です。兄上を煩わせるような事は、たとえ私自身であろうとも許せませんから」


 返ってきた答えは、これまた私を中心に考えられていて。



 この弟は、どこまで私本位な考え方をしているのだろうか……



 違う意味で心配になってしまった私は、たぶん間違ってはいなかったはずだ。

 実際私が妃と時間を取れるようにと、必要以上の仕事を請け負ってしまうようになったのだから。


 だが、だからこそ……。


「フレッティには、ちゃんと幸せになってもらわねば困るのだよ……」


 ようやく私以外に、その世界の中心となれる人物が現れたというのに。

 一度は周りに邪魔をされ、危うく折角の宝を失う所だった。


 何とか事なきを得て、可愛い弟の宝は取り戻せたとはいえ。

 元は市井で暮らしていたはずの少女だ。今の生活が窮屈に思えている可能性も考えられた。


 何より今彼女は、我が国の筆頭公爵家で日々令嬢教育を受けている。今までとは生活だけでなく価値観も変わってしまう事となっているだろう。

 立派な令嬢となってもらわねば、王弟妃として迎える事は叶わない。それは私も重々承知している。だからこそフレッティも、今はそちらに集中できるようにと城へ呼び寄せていないのだ。

 フレッティが最愛の女性と会うのを我慢しながら、城内の改革を進めているというのに。私が執務を疎かにすることなど出来るわけがないし、あってはならない。


 だが。


 何もしないというのも、能がない。


「時代に合った能力というのは、縛り付けるためだけに存在していては意味がない。有効活用していかねばな」


 ドゥリチェーラ王家の特殊能力。


 それは決して、自身をその時代に縛り付ける為のものでは、ない。

 使い方は、自分自身で選べるのだから。


 何よりその能力があったからこそ、我が弟は自らの妃となる最愛の女性と出会うことが出来たのだ。



 さて。


 果たしてフレッティの能力は、私の治世やこの国の未来のためにあったのか。



 それとも。



「意味など、後からいくらでも付けられる。だが、そうだな……」


 私には、あまりにも重なりすぎた偶然が運命ではなかったと、必然ではなかったと否定できるような何かはない。

 むしろそれこそが本来の意味だったのではないかと、本気で考えてしまうほどには。

 フレッティにどうあっても婚約者が出来る機会がなかった理由を、説明することなど不可能だ。


「出会うべくして出会ったと言うべきか、それとも……」


 何者かの意思が入り込んでいたのか。


 いずれにせよそんなことが出来るとしたら、神か世界そのものかのどちらかでしかないだろう。

 そしてそんな壮大な、しかも不確定な事象に本気で頭を悩ませるなど。

 もはや時間の無駄でしかない。


 だからこそ。


「理由など何でも良い。私は私のこの能力を、自身が思うがままに使うだけだ」


 普段は善し悪しなど関係なく、ただの情報収集のために使っているような能力だが。

 ある意味反則に近いこれは、確かにこれまでに何度も私を助けてくれていた。


 それならば、今回だって。


 フレッティの妃となる少女を見守るという大義名分の下に、大いに役立ってもらおう。

 これくらいであれば、本当に何事かがあった時すぐにフレッティに伝えてやれる。


 使えるものは何でも使わなければな。


 それがたとえこの国の王族の血族にしか発現しない、貴重な特殊能力だったとしても。



 事実。

 そのおかげで、少女の憂いにいち早く気づけたのだ。


 フレッティにも大いに感謝された事だし、やはり使い方としては間違ってはいなかったのだろう。




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