第8話 兄弟力を合わせれば -執事視点-

「これは?」

「私が用意させました。今日は兄上と少し挑戦してみたい事がありまして」


 ドゥリチェーラ王国の国王陛下となられて久しいアルベルト様と、その弟君であらせられるアルフレッド様。お二人がアルベルト様の自室に集まることは、お小さい頃からよくある事でした。

 元々前国王陛下よりアルベルト様付きの筆頭執事としてつけられた私は、いつか国王陛下になられるお方に相応しいようにと誠心誠意お仕えしておりましたが。まさか成人より先に王の座に就くことになられるとは思ってもおりませんでした。


「挑戦してみたい事?珍しいな。フレッティが挑戦、などと言い出すのは」


 それでも日々忙しそうにしながらも時折こうして兄弟の時間をお作りになるのは、それこそがアルベルト様にとって一番の楽しみであったからだと、幼い頃よりお仕えしている私は存じ上げております。

 ですからアルフレッド様付きの執事より預かったこのフルーツの山は、私がお仕えする主人がご兄弟の時間を楽しむためのものだと理解しておりました。


「ブドウにイチゴにオレンジに……ん…?トマトまであるのか?」

「はい。カリーナ曰く、トマトも可能だとのことでしたので」


 アルフレッド様の口から出てくる女性の名前は、最近では専らお一人に限られていて。

 もちろんその方が血の奇跡を顕現させており、かつお二人の話し合いの結果、王弟殿下付きの側仕えになったのだという事は存じております。何を隠そう、その話し合いの場になったのがこのアルベルト様の私室だったのですから。


「して、その血の奇跡は何と?」

「ドライフルーツを作りたかったようですが、天日干しだと天気や気候に左右される上に時間がかかる、と」

「なるほど。今度はそういう趣旨で来たか」

「本当に面白い娘です」


 そう話すお二人の表情は、なんだかとても楽しそうで。

 どうやら時折お二人で、その血の奇跡である証拠の能力"食の癒し"を堪能しておられるようですが。それがなかなかに味も良いらしく。

 いつの間にやらその少女の作る菓子に、国のトップであるお二人が虜になってしまっているようで。

 その少女がおかしなことを考える悪人でなくて良かったと、使用人一同ホッと胸を撫でおろしたことは記憶に新しい。


「だが、それならばなぜその材料であろうモノ達がここに?」


 アルベルト様の疑問は尤もだった。

 話で伝え聞く限りだと、その少女はあまりにも欲がなさすぎるようで。執務を優先するあまり食事も睡眠も疎かにしがちだったアルフレッド様に、しっかりとした生活をするようにと進言した上で実行させるほどの方だとは聞いていますが。

 だからと言って、まさか王族にそれを作る手伝いをさせようなどという女性ではないようですが。


「確か義姉上はドライフルーツ、お好きでしたよね?」

「ん?あぁ、まぁ…あまり食べられない時も、フルーツやナッツ類ならばと口にしていたな」

「ですので、折角ですから。兄上お手製のドライフルーツを贈られてはいかがですか?」


 ニコニコとそれはそれは楽しそうな笑顔で告げるアルフレッド様は、こうしておられると本当にアルベルト様のことが大好きな弟君なのだなと思えるのですが。

 この方が一度城へと向かわれると、王弟殿下として執務にばかり目を向けてしまう方なのだと誰が信じられるのか。初めのころはアルフレッド様付きの使用人以外、誰一人として信じられなかったものですが。

 流石に見かねたアルベルト様が注意されている姿を見て、ようやくこれは深刻な事態なのだなと把握したものです。


「手製の?これを今から天日干しにするというのか?」

「いいえ、まさか。そもそも天日干しにする理由を考えてみたのですが、もしも私の考えた仮説が正しければ時間をかける必要などないのです」


 ご兄弟での会話が続くのを静かに眺めながら、私が考えるのは別の事。

 どんなに使用人たちやセルジオ様が言葉を重ねても、一向に改善される気配のなかったアルフレッド様の執務時間と生活。アルベルト様が注意をされた時だけ、言われた通りに食事も睡眠もとってくださっていたようですが。それすら一時の事。


 どうすれば完全な改善へと向かえるのかと、セルジオ様と共に城も宮殿も関係なく使用人一同頭を悩ませていたというのに。

 それがたった一人の少女の登場で、あっけなく解消されてしまった。


「兄上がフルーツから水分を抜き、私が同時に風を送ることでその速度を速めることが出来るのではないか、と」

「……なるほど…。確かに有り様としては、一理ありそうだ」


 そして今は、こうしてまた定期的にご兄弟での時間を作るきっかけとなっている。

 本当に、血の奇跡とはよく言ったものですね。まさに存在そのものが奇跡のような人物。

 お会いしたことは一度もありませんが、城の使用人も宮殿の使用人も一様に彼女への感謝と尊敬の念を抱いています。


「兄上と私の得意な魔法ですから、何度か試せば納得のいく物が出来上がるのではないかと思っているのですが。いかがですか?」

「面白そうだな。よし、やってみよう」


 叶う事ならば、折角の血の奇跡。アルフレッド様のお妃様として、王家への返還をしてはもらえないだろうかと。そんな所にまで考えが至った時、お二人が立ち上がって準備を始めた。

 その顔は明らかに、子供が新しいおもちゃを見つけた時のもので。



 あぁ、本当に。

 このお二人からこんな表情かおを引き出せる方ならば、いっそ宮殿にお連れ下さればよろしいのに。



「まずは小さな物から挑戦してみるか?」

「でしたらブドウからにしましょう。そのままでは難しそうですし、一度半分にして種を取り出してしまいますね」


 言い終わると同時に、一切手を触れることなく一粒のブドウが半分になって。そのまま用意していた皿の上に、実と種を分けた状態で乗せられる。

 何度見ても、本当にアルフレッド様の魔法は鮮やかで。その細かな魔力の調整すら簡単にやってのける所に、もはや驚愕を通り越して尊敬しか抱かせない。


「どの程度水分を抜けばいいのだろうな?」

「完全に抜いてしまっては、ただ硬いだけになってしまいそうですよね」

「ではまずは半分ほどから試してみるか?」

「そうですね。そこから徐々に変えていって……兄上は義姉上の好みの硬さはご存じですか?」

「ふむ…あまり硬すぎるのは好まなかった気がするな」

「ではそこを目指しましょう」


 頭で別の事を考えてはいても、耳ではお二人の会話はしっかりと聞いていた私には、目の前で起こるブドウの変化に驚くことはありませんでしたが。それでも何の苦もなくやってのけるお二人に、もはや感嘆のため息しか出てきそうにありませんね。


 ただ、それでも。


 本当に楽しそうなご兄弟が力を合わせれば、ほんの一時間もあれば目的を達成できるという事を改めて目の当たりにして。

 あぁ、これがきっと王族としての治世にも繋がっているのだろうなと。思わずにはいられないのです。




 余談ですが。


 このやり方で、ドゥリチェーラの新たな特産物を生み出せないかという話にまで発展したのは。

 もはや避けられない王家の血なのだと。治世者としての性なのだと。

 顔には出しませんでしたが、少しだけ遠い目をしたくなったのは仕方がないことだったと思いたいものです。



 あぁ、そうでした。

 お二人が力を合わせて作られたドライフルーツですが。

 王妃陛下は大層喜ばれ、それはそれは大切そうに口にされておりました。

 そのお姿を眺めるアルベルト様のお顔も、大変幸せそうでありましたとも。




―――ちょっとしたあとがき―――


 あれ…?もしかして国王陛下の名前が出たのって、これが初めてでしたかね…?

 まさかの執事さん視点で初公開になるとは、作者も予想しておりませんでした…(汗)

 正直少し驚いています。


 設定は初めからあったはずなのに、どうしてこうなった……。



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