第7話 穏やかな時間のその裏で -従者視点-
「本日皆様に集まって頂いたのは、他でもありません。我が主である王弟殿下が、市井にて血の奇跡を発見いたしました」
国と、何より王家に忠誠を誓う高位貴族たち。陛下にとって忠臣とも言える彼らだけを集めた室内は、その広さに対してあまりにも人数が少ない。
だが今回ばかりは仕方がない。何せ彼らは全員、カリーナ嬢の持つ血の奇跡の能力と同じ物を受け継いだ、王家の姫の降嫁先だった家の者達。
つまり、カリーナ嬢の父親である可能性が最も高い貴族たちなのだから。
「血の奇跡が…市井に…!?」
「そんなことが…!?」
「陛下と殿下は、何と判断を下されたのですか?」
動揺と共に、その内の一人が冷静に私に問いかけてくる。
流石、現宰相殿と言ったところでしょうかね。
「まずは殿下の手元にて保護を。その先の処遇は、関係する貴族が分かり次第、と」
だからこそ、焦ってはいけない。
何よりもまず、彼らの出方を窺うこと。
それが、私が最初にやるべき仕事。
「なるほど。では我々が集められた理由も、その可能性が高いから、という事でしょうか」
「えぇ。何も分からぬまま、血の奇跡の存在を公にする訳にはいきませんからね」
「そしてもしもここから漏れたとすれば……陛下も殿下も、ためらいなく全員を処罰の対象とするのでしょうね」
「当然です。私とて例外ではありません。血の奇跡とは、王家に次ぐ存在なのですから」
そう。
カリーナ嬢にはあえて伝えなかったけれど、血の奇跡とはつまり王族になるべき存在。
何より父親の家柄に問題がなければ、王弟妃となる方なのだ。現時点で彼女の立ち位置は本来、殿下の次に位置している。
「血の奇跡の存在を漏らすなどと…そのように陛下の意思に背くような真似をする者は、私が即刻叩き切ってやりましょうぞ!」
「流石防衛省の将軍殿ですな!その際にはこの魔法省にも手伝わせてくださいませ」
「おぉ、もちろんだとも!」
妙に仲のいい防衛省と魔法省のトップであるこの二人は、幼馴染でもあるとは聞いているけれど。
一見正反対に見えるこの二人が組めば、おそらくほとんどの人間が逃げられないでしょうね。実は仕事馬鹿であるという共通点があるこの二人が、仕事で手を抜くなどあり得ないのですから。
「大捕り物になってしまえば、私の出る幕はなさそうですが……。それでも何かあれば、遠慮なく財務省にもお声がけください」
腕力に魔力に財力。
さて。これだけ揃った時に、果たして陛下を裏切ってまで血の奇跡の存在を漏らす必要があるのか。
答えは、否。
それはきっと、この場にいる誰もが思ったこと。
「心強いものですね。ですが裏切者が出るかどうかの話し合いよりも、市井に愛人を囲っている方がいらっしゃらないのかという事をお聞きしたいのですが?」
だからこそ、これ以上の牽制など必要ない。
そう判断した私は、聞くべき事実を彼らに問いかけたのだけれど。
「結果、何一つ進展もなければ、手掛かりとなりそうな話も出てきませんでした」
「そう、か。まぁ、予想の通りではあるのだが……」
そんな簡単に見つかるのであれば、こちらで調べ始めた時に既に分かっていたはず。それは殿下と私にとって、共通認識だった。おそらくは陛下も同じ事をお考えだったのだろう。
それでも直接彼らに血の奇跡の存在を明かしたのは、カリーナ嬢の地盤を固めるためでもあった。
もしも、彼女が王弟妃となった時に。いち早く有力な貴族が味方に付くように。
「血の奇跡が男か女かは、今の段階では伏せて話したのだろう?」
「はい。殿下の指示通りに」
口にしなくても、いつかは知られてしまう事。カリーナ嬢が殿下の執務室に出入りしていることは、隠し通せるものではない。
それでも、今の段階では伏せておくことに越したことはない。
それは血の奇跡であるカリーナ嬢を、政治の道具にされないための処置だった。
「ここから先は指示など出さずとも、彼らも自主的に探ってはくれるだろうな」
「秘密裏になので、なかなかに進みは遅いとは思いますが……」
「それでも無いよりは幾分か良いはずだ。身内の方が、より深く探れることもある」
「カリーナ嬢の年齢から考えても、彼ら自身でなければその兄弟である可能性は十分ありますからね。もしくは息子か」
「王家の姫が降下した家の婚姻は、全て記録が残っているはずだからな。その先にも手を伸ばすだろう」
醜聞となるような真実が、家の中で揉み消されている可能性もある。
庶子、駆け落ち、心中、不貞。
殿下は決して直接口にはされないけれど、おそらくはそれすら探ってくるのだろうという信頼。
国と王家、そして何よりも陛下に忠誠を誓った彼らは、殿下にとっても信じるに値する臣下なのだという事が良く分かる。
「こちらでも引き続き調査を続けます」
「あぁ」
これで話は終わりとばかりに、手元の執務へと目を向けられる殿下。
カリーナ嬢には、決して話すことも知られることもない現実。
彼女が殿下と過ごす穏やかな時間のその裏で、大勢の人間の思惑があちらこちらで飛び交う。それが貴族社会というもの。
いずれはその渦中に放り込まれる可能性があると分かっていても、まだ今だけは知らないまま守られていて欲しいと思うのはきっと、私だけではないはず。
いや。
もしかしたらご自分の妃となられる可能性を考えておられる分、殿下の方がその思いは強いのかもしれない。
「あぁ、それから。食材の手配に関連して、一度カリーナ嬢と城の料理長の顔合わせをと考えているのですが」
「ふむ。良いかもしれぬな。もしも料理長が許すのであれば、折角だ。城の厨房への出入りも自由にしてやればいい」
「よろしいのですか?」
「双方に良い刺激になるかもしれぬだろう?そうなれば私も、そして何より陛下も楽しめる」
その瞳に映るのは、兄君であらせられる陛下への信頼と愛情。兄弟仲がよろしいことは、王宮へ勤める者ならば誰もが知っていることだ。
確かに新しい料理が出てくれば、きっと陛下もお喜びになるだろう。
「では、そのように手配いたしましょう」
「あぁ。頼んだぞ、セルジオ」
「はい。お任せ下さい」
陛下にかかわる事も、私に任せてくださる。それが殿下からの何よりの、そして一番の信頼だと知っているから。
私はこの敬愛する主に、最上級の礼を返して見せた。
ただ。
出来ることならば、そこにカリーナ嬢への特別な感情があれば良かったのにと思うのは。
流石に高望みが過ぎるのか。
いつか。
いつかで、いい。
陛下のためにと、執務にばかり目を向けるこの方が。
誰か一人の女性を妃として、本気で愛情を向ける姿を見せて欲しいと。
カリーナ嬢との穏やかな時間を過ごす殿下を見ながら、私は笑顔の裏でそう願わずにはいられないのだった。
―――ちょっとしたあとがき―――
カリーナがお城に連れてこられて、まだ日が浅いある日の出来事でした。
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