おまけ ※主人公以外の視点の場合、タイトルに明記あり
第1話 婚約後の二人 -従者視点-
「あ、あのっ…殿下っ…」
「ん?どうした?」
「いえ、あのっ…あの、ですねっ…」
目の前で繰り広げられているのは、既に見慣れた光景。
ご婚約が決まってからというもの、殿下はその王家の証であるアイスブルーに近い瞳に、カリーナ嬢への愛情を隠すことなく映し出すようにはなっていたけれど。
無事に婚約の誓約書にカリーナ嬢のサインも入り、国王陛下公認の元ご婚約が調ってからというもの。その愛情はついに行動にも表れるようになり、こうして一日二回の休憩時間にカリーナ嬢が訪れるたび、甘い顔と甘い声で彼女へと接するようになった。
「言ったであろう?人に見られることに慣れるというのも、王弟妃となるカリーナには必要なのだと」
「そ、そうですけれど…!!」
「そのためにはまず、一番身近な人物からというのは定石だ。何より問題や失敗があれば、すぐに指摘して直せる」
「だ、だからって…!!こういうのはちょっと違いませんか…!?」
肩が触れ合うほど近すぎる距離から殿下に濃いブラウンの髪を掬い上げられ、口づけを落とされながら顔を真っ赤にして抗議をしているけれど。
諦めてください、カリーナ嬢。
何せ私自身、まさか殿下がこんな風になられるとは思ってもみなかったのですから。
「違わない。何せ仲睦まじい姿を見せることも、私たちにとっては必要なことだ」
「むしろそれしかしてませんよね!?」
「婚約者なのだから、それ以外に何がある」
尤もですが、そこには多分に殿下ご自身の欲も含まれておいでですよね?
なんてことを、私はこの場で口にするほど野暮ではない。
実際ご成婚された後は、公の場でその仲睦まじいお姿を見せていただかなければならないのだから。
そういう意味では、殿下のされていることは間違ってはいない。
間違ってはいない、のだが…。
「は……恥ずかしいのです……」
「うむ。だからこそ、慣れが必要なのだ」
そう言う殿下の表情は、それはそれは楽しそうで。
思う存分カリーナ嬢を愛でられることに加え、羞恥に顔を赤く染めて顔を手で覆ってしまわれながらも、決して殿下の手を払いのけたり嫌がったりしていない辺り、彼女も彼女でしっかりと受け入れているのだけれど。
だからこそ、さらに殿下を喜ばせていることに。
果たしてカリーナ嬢は気づいているのかどうか。
「愛しい婚約者殿?一日に会える時間は短いのだから、その可愛い顔を隠さないで私を見ていてはくれないか?」
「ぁぅっ…」
終始こんな感じなのだから、女性からしたら確かに恥ずかしくて仕方がないだろう。
とはいえ自信家の貴族令嬢であれば、もう少し違う反応が返ってくるのかもしれないが。
その点素直なカリーナ嬢は、だからこそ余計に殿下を喜ばせるのだ。
そしてこの素直すぎる女性相手だからこそ、殿下も言葉を飾り立てるのではなく真っ直ぐに伝えていらっしゃるのだろう。
「カリーナ?その美しいヴェレッツァアイで私を見ておくれ?」
「ぅぅぅ~~……」
…………いや……。
いささかやりすぎと言うか、言葉が真っ直ぐ過ぎる気もしてはいるけれど。
それでもこんなにも幸せそうな表情で笑う殿下は初めてで。
そのせいで私はいつも、お二人が共にいる時間には決して口を挟まないようにしてしまう。
「カリーナ?」
「はにゃぁっ!?」
焦れた殿下がカリーナ嬢の頭に口づけを一つ落とせば、不思議な声を上げて彼女は顔を上げる。
その先には、とろけるような目をした殿下がいることも知らずに。
「あぁ。ようやくこちらを向いてくれたな」
「っ…!?!?」
もはやこれでは追い詰めているだけなのでは…?
いやでも、殿下のあの愛おしそうな表情は明らかに本物で…。
そんなことを一人考えながら、ソファの端でそれ以上下がることも出来ない状態にされたまま、殿下の腕に捕まっているカリーナ嬢という構図を眺める。
私がこんなにもただの置物と化せるのは、ひとえに殿下への信頼があってこそだ。
正直私がこの場にいようがいまいが、殿下ご自身が引き際も限度も理解しておられる。このままカリーナ嬢に迫ることもなければ、押し倒すこともない。
その点を考えると、流石生まれながらの王族。物心ついた頃には既に王弟殿下であらせられただけはあるなと、感心せざるを得ない。
「お、お願いですから……もうっ…」
「ふむ……セルジオ」
「は」
どうやら今日はこの辺りが限界らしい。
本来であればお二人だけにするなど許されないのかもしれないが、そこは私と護衛たちが目を瞑れば問題はない。
元々カリーナ嬢が側仕えとしてこの部屋にいた頃は、正直何かがあってもいいとむしろ積極的に二人きりにしていた私なので、今更と言うのも多分にあるけれど。
「私の可愛い婚約者は、二人きりになりたいらしい」
「ち、がっ…!…わ、ない、です、けれど……」
否定をした場合、状況が一切変わらないという事に気づいたのだろう。流石に何度も同じやり取りをしていれば、その後に続くのであろう殿下の返し方も予想出来るようになっている。
このままもっと殿下を理解していただいて、唯一無二の妃殿下としていずれお支えしてくださるようになればいい。
「承知いたしました。何かあればお呼びください」
「うむ」
けれどそんな考えをおくびにも出さず、私はただ頭を下げて部屋を出ていけばいい。
お二人だけで親交を深めていただける機会など滅多にないので、この貴重な時間を逃すわけにはいかないのだから。
「後は頼みました」
「はっ!」
「お任せください!」
最初は大丈夫なのかと心配そうな目で私を見ていた護衛騎士たちも、今ではすっかり慣れたもので。殿下の休憩のたびに私が執務室を離れるのが当たり前になったからか、心得たかのように礼を取って頼もしい返事をしてくれる。
外聞など、私たちが漏らさなければ問題はない。
むしろ執務ばかりで食事も睡眠も疎かにするような生活を送っていた殿下を、カリーナ嬢はここまで変えて下さったのだ。殿下にお仕えする私たちからすれば、彼女の存在はまさに救世主のようなもの。
その方との短い逢瀬を楽しむ殿下を、私たちが邪魔するわけにはいかないのだ。
とはいえ。
まさかあそこまで殿下が変わられるとは、私も予想していなかった。
女性に対してあまりいい感情を抱いていらっしゃらないのは知っていたけれど、様々な要因も重なって婚約者の候補すら決まらずにいたから。もしかしたらこのままお一人を通されるのかと心配していた。
それが杞憂に終わったことは喜ばしいことだし、何よりカリーナ嬢を見つめる殿下のあの目は……
「恋すら通り越して、愛を知った、という事なのでしょうね…」
兄上であらせられる国王陛下に対する愛情が深いことは、一番近くでお仕えしてきた私は幼い頃から知っていたけれど。
本当は女性に対しても、あんなに愛情深い方だったなんて。
甘言や媚薬などという卑怯な手を使われなければ、もしかしたらもっと早く知ることが出来ていたのかもしれない。
少なくともカリーナ嬢以外の女性への、強すぎる警戒心はなかったはずだ。
「とはいえ……きっとこうなる運命、だったのでしょうね…」
だからこそ、今まで殿下には婚約者の候補すらいらっしゃらなかったのだろう。
何より。
婚約後のお二人は本当に、そうあるのが当然とでもいうように私には見えて。
「ご成婚の日が、楽しみですね」
そのためにもしっかりと準備を進めなければと気合を入れ直して、今まで使う必要のなかった私に与えられていた部屋へと入るのだった。
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