第2話 王として、兄として -国王視点-
「陛下?いかがなさいました?」
とある書類に目を通していた時に、無意識のうちに上がってしまった口角に目敏く気づいたらしい宰相がそう問いかけてくる。
宰相と共に同席していたコラードもこちらを向いたことで、別件で呼び出していた二人が今この場にいるのであればちょうどいい機会だと、オルランディ家にとっても他人事ではない書類の内容を口にする。
「いや、何。私の可愛い弟が、わざわざ書面で面会の申し込みをしてきているのでな。婚約の誓約書を準備せねばと思っていたところだ」
「それ、は……」
「っ…!!」
目を見開いてこちらを凝視してくるコラードに、想像通りだと伝えるために不敵に笑って見せる。
血の奇跡が見つかったのだ。あれほど王弟妃に相応しい存在もおるまい?
「元は市井出身の娘ですが、陛下はそれをお許しになるのですか?」
「愚問だな。血の奇跡は何があろうとも王族の管理下に置かねば、余計な火種となる。何より前宰相の娘だ。よもや、オルランディ家が王家を裏切るなどという事はあるまい?なぁ、コラード?」
二心ありと言うのであれば、流石にいくら可愛い弟の頼みであったとしても私は許可できない。
が、そうではないのだ。今ここでオルランディ家の信頼を得ておいて、得をすることはあれど損をすることは一つとしてない。
「勿論でございます。我が家は代々王家へと忠誠を誓っておりますから」
「ならば問題はない」
定型通りといえば定型通りの答えだが、口にしたのは真面目が服を着ているようなコラードなのだ。本人の口からそれが聞けただけで十分。
この男の強かな部分は、王家や家族には決して向かない。それを知っているが故の判断だ。
この話はこれで終わりとばかりに、満足気な笑顔を作ってやり鷹揚に頷いてみせる。
これだけで本来の話題へと移行できるのだから、本当に忠臣とは有り難いものだ。
そう。
だからまさかそんな話をした数日後に、申し込み通りに面会の許可を出した私の元へ可愛い弟が訪ねてきた途端。
私が決定的な言葉を口にするとは、誰一人として思ってもみなかったのだろう。
血の繋がった実の弟でさえ、流石に一瞬呆けた顔をしていたのだから。
「アルフレッド。そなた、血の奇跡を娶れ」
「……は…?…あ、いえ。承知いたしました」
「ここに誓約書は用意してある。あぁ、私のサインも既に入れておいた」
「……陛下、順番が逆になっております」
「良い。どちらにせよ王命だ。誰にも覆せまい?」
「そう、ですが……随分と用意がよろしいようで…」
「そもそのための面会申請だったのであろう?血の奇跡は王家の管理下に。オルランディ家の娘だ。そのための手段として、最も効果的であり最短の方法だろう。そなたもそう思えばこそであろうよ」
「否定は致しませんが……臣下達がみな、陛下の言動に驚いておられますよ?」
ここでお前もであっただろうとは、流石に口にしない。
何。どうせ後で宮殿へと戻った時に、兄弟として腹の内を話し合うのだ。本心はその時にでも聞けば良い。
「血の奇跡の保護は最優先で行わなければならないからな。前例がある以上、一刻も早く事を進めるべきであろう?」
「それに関しましては、全面的に同意いたします」
真剣な顔で頷くフレッティが思い出すのは、きっとあの娘が城から連れ出された日々。
本来であれば前例とは、王家の者が代々聞かされてきた別の理由を思い描かせるものなのであろうが。こと今回の娘に限って言えば、私もつい先日までの日々を思い返してしまう。
あれは、二度とあってはならぬこと。
大前提として、起きてはならぬ事だったのだ。
「詳細な日取りはオルランディ家の者と決めれば良いが、可能な限り最短で進めよ」
「は」
「……して。他に何かあるか?」
あちらがわざわざ書面を出して面会の許可をもらったという形なのだから、何もないことを分かっていても一応話を聞く体は取る。
無意味だと、分かってはいるのだがな。
「いいえ。陛下の温情に、感謝いたします」
一瞬苦笑してみせたフレッティが、否定の言葉を告げてすぐ。今度は貴族らしい笑顔でそう言って頭を下げる。
まぁ、この場で出来るのはここまでだろう。
案の定退室の旨を告げ、私の可愛い弟は自分の執務室へと戻って行ってしまった。
だが。
私たち兄弟の話は、ここからが本番なのだ。
何せ。
「兄上!!」
早めに執務を切り上げて宮殿へと戻った私は、当然のように弟の部屋へと向かったのだから。
「もてなしはいらぬ」
「では全員下がらせましょう」
「あぁ」
そう会話を交わすだけで、全員が心得たように部屋を後にする。流石に宮殿内の者達は理解も早くかつよく訓練されているだけあって、無駄な工程を踏まなくて済む分本当に楽なものだ。
「兄上も紅茶でよろしかったですか?」
「フレッティの淹れてくれるものであれば、私は何でも良い」
「兄上は本当に、そういう所は昔から変わりませんね」
苦笑交じりのその言葉に、私は当然とばかりに真剣な表情で頷いてみせる。
私の可愛い弟が、手ずから淹れてくれるのだ。それだけで私には十分すぎる。
「…で?フレッティは何か私に言いたい事があるのだろう?」
相変わらず絶品な紅茶を一口味わってから、少しだけ意地の悪い顔で向かいに座る弟に問いかければ。
途端、口を尖らせて。
「当然です。こちらから面会を申し込んだというのに、結局私が用件を告げる前に全て終わらせてしまわれるのですから…!」
「ははっ。当然ではないか。理由が分かり切っているというのに、何故まどろっこしいやり取りをしなければならないというのか」
「それには同意致しますが…!!あまりにも用意が良すぎましたよね!?一体いつから書面の準備をしていたのですか」
「フレッティからの面会申請の書類を受け取ってすぐ、だな」
「予想通りすぎです、兄上……」
なぜそこでため息を吐くのか。全く……
「何だ?王命という形にしたのが気に入らなかったのか?」
「それに関しては文句などありません。どちらにせよ最終的な着地点は同じでしたでしょうから」
「だろうな」
どちらが先に言いだしたにせよ、結局は血の奇跡の返還を求めることに変わりはない。そうなれば最後は王命という、何人たりとも逆らえぬ形にしかならないだろう。
「あぁ、そう言えば。以前血の奇跡の返還の話をコラードとした際に、未来永劫王家に変わらぬ忠誠をという誓いを立てられましたよ」
「おぉ、でかした。これでオルランディ家はますます重用出来るな」
「宰相家でもあり、筆頭公爵家でもありますからね。何よりあの家の宝を、私は妻に迎える事になるわけですから。兄上の治世はさらに盤石なものとなりますね」
そこで嬉しそうな顔をするあたり、フレッティも昔から変わらぬのだが。いっそ私のために働きすぎるきらいがあるのは、もしかしたらこの先も変わらないのかもしれない。
歳が離れすぎているせいなのだろうが、どうもこの弟は権力というものに一切の興味がないようで。とはいえ王家の血筋は、元々あまりそこにこだわりのある人物は生まれにくいのだが。
「だがそれらは全て、副産物のような物でしかない」
「と、言いますと?」
素直に首を傾げるのは、二人だけだからこそであろう。そうでなければこのような仕草は、王弟として相応しくないと判じているだろうから。
王としてではなく、兄として今はフレッティの前にいられているのだという喜びを覚えながら。
私は心からの笑顔でその質問に答える。
「一番は、私の可愛い弟の幸せだ。それ以外でもそれ以下でもない」
王として、兄として。
私がフレッティに出来ることがあるのであれば、出来る範囲内でいくらでも力になろう。
それが国の繁栄と安定をもたらすのであればなおさら。
何より。
弟が幸せでいてくれるのであれば、私自身が嬉しいのだから。
―――ちょっとしたあとがき―――
お兄ちゃん、ブラコンが過ぎます。
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