第44話 王弟殿下のお茶くみ係改め、王弟殿下の婚約者
その後、ようやく色々と落ち着いて。
誤解も解けてさぁでは本題をということで、応接室に戻れば。
満面の笑みのお義母様に迎えられた。
そしてテーブルの上には、一枚の紙。
それは婚約に関する誓約書であり承諾書でもあって。
恐ろしいことに、なぜか殿下と陛下のサインは既に書かれた状態で置かれていた。
「あの……確かこういう書類は、陛下のご署名は最後にされるものでは…?」
「普段であれば、な。だが今回の件に関しては陛下からの直々の命、という事になっている」
「直々……陛下からの直々の命…!?」
それはつまり、何があろうとも血の奇跡である私を王家に嫁がせろと!?そういうことですよね!?
「……考えていることが顔に出やすい所は、直ってはおらぬのか…?」
「わざとです」
「…………諦めたのでも慣れでもなく、ついに利用することを覚えたか……」
「口に出さなくて済むので、とても安全だとは思いませんか?」
殿下にしか通じない可能性もありますけど、それはそれでいいですよね?
言外に笑顔でそう告げれば、本当に察しの良すぎる王弟殿下は正しく意味をくみ取ってくれて。
「そう、だな。それで良い。…あぁ、だが。一つだけ訂正しておくべきか」
「訂正、ですか?」
「うむ。陛下から、と言ったが……あれはどちらかと言えば、兄上から、と言った方が正しい気がするな」
「…………」
いやいや、殿下。一体それの何が違うんですか?
殿下が王弟殿下なんですから、当然お兄様は王様で。
国王陛下であることに変わりはないじゃないですか。
「大分違うのだ。陛下としてであれば、冷徹にもなるが……基本兄上は、私に甘い」
「…………奇遇ですね、殿下。私もその感覚、身に覚えがあります」
「だろうな」
私と殿下、二人からの視線を同時に受けて。
居心地が悪くなったのか、そっと逸らされるグレーの瞳。
「どうにも歳が離れていると、兄というのは甘くなるらしいな」
「年齢の問題なんですか?」
「要因としてはかなり大きな部分を占めているようだ。比較対象ではなく、保護対象になってしまうのだろう」
年齢が離れすぎていると、周りも比較をしようとしないから。結局可愛いだけになってしまう可能性が高いとかなんとか。
それ以前に、私はお兄様とは顔を合わせたこともなかったんですけれどね?それはどう説明して下さるのかしら?
「……まぁ、詳細は直接コラードに聞けば良い。流石に私もオルランディ家の事情までは詳しくないからな」
「はい、そうします」
最初に殿下がこの部屋に現れた時とは打って変わって、驚くほど和やかに会話が進む。
ただこの空気、どうしても殿下の執務室でのやり取りを思い出してしまって。
こう、なんか……この紙にサインしたところで、この関係性はそう簡単には変わらないような、そんな気がする。
なんて、思っていた私が間違っていた。
確かに変わらなかった。私が殿下の休憩時間に、食の癒しを与えるという関係性は。
そう、そこだけは、変わらなかったのだ。
「カリーナ、どうした?俯いていては、その美しいヴェレッツァアイに私の姿が映らぬではないか」
逆に言えば、それ以外は全て変わってしまったと言っても過言ではない。
特に、殿下の言動が…!!
「その瞳に見つめられるのが、私にとって最も幸福な時間なのだ。一日に僅かな時間しかないそれを、どうか奪わないでくれ」
そんな、ことを……耳元で甘く囁くのが当たり前になるなんて……。
一体誰が想像できたというのか…!!!!
「で、んか……どうか、お願いですから……」
「何故だ?君が言ったのだろう?こういう事は婚約者としろ、と」
「あれは、そのっ……だってっ……」
まさか自分がその婚約者だったなんて、あの時は思いもしていなかったから…!!
というか殿下、分かってますよね!?今ここ執務室で、すぐそこにセルジオ様がいるんですよ!?
「私の妃となるのだ。多少他人から見られることには慣れておかねば、この先苦労するだけだぞ?」
「そ、そういう問題じゃないんですぅ……」
「ふむ……セルジオ」
「はい」
「どうやら私の婚約者は、お前に見られているのが恥ずかしいらしい」
「そのようですね」
「という事で、お前はしばらく外で待機だ」
「よろしいのですか?」
「他でもない、カリーナの望みだからな。全く…二人きりになりたいなどと、私の婚約者は随分と積極的で可愛いらしいものだ」
「……!?!?え、まっ…!!ち、違いますっ…!!」
なんだか二人で勝手に話が進んでいると思っていたら、殿下がとんでもないことを口にしだすから。
慌てて否定したのに、そのせいで思わず上げてしまった顔が、思ったよりも殿下のご尊顔に近くて…!!
「はぅっ……!!!!」
「私は見られていようがいまいが関係ないからな。セルジオがいても構わず同じ事を口にして、思う存分君を愛でるつもりでいるが……それでも良いと言うのであれば、外には出さぬ。どうする?カリーナ。好きな方を君が選べば良い」
それは選択肢が与えられているようで、実のところ一択しか選びようがない問いかけ。
だって、そんな…!
ずっとこの調子の殿下とのやり取りを、ただ静かに生暖かい視線を向けられながら見られ続けるなんて…!!
恥ずかしすぎて、無理…!!!!
「ふ…二人だけが……いい、です……」
分かってる。わざと言わされているのだということも、私にその選択をさせるためだということも、分かってはいるけれど。
殿下の休憩時間のたびにこんな羞恥に耐えなければいけないのなら、口にしてしまった方がずっと後が楽だから。
それを今までの経験で知ってしまっている私は、いつもこうして殿下の掌の上で踊らされるのだ。
「だそうだ。セルジオ、呼ぶまでは入ってこなくていい」
「承知いたしました」
この主従のやり取りも、もう何度目になるか分からない。
殿下の休憩時間は一日二回あるので、少なくとも日に二回は交わされているわけだから。
もう覚えていられるはずがない。
というか…!!
毎回同じことを繰り返すくらいなら、初めから二人きりじゃダメなんですか…!?
「どちらにせよ途中まではセルジオが用意するのだ。何より恥じらうカリーナが見られなくなるではないか。折角の機会をみすみす逃すなど、私がするはずがないだろう?」
「で……殿下の意地悪ぅっ…!!」
「くっ…その抗議の仕方すら可愛いのだから、もはや無意味だぞ?」
本当に楽しそうに笑っているから、もう何を言っても確かに無意味なのかもしれないけれど。
それでもやっぱり、やられっぱなしは悔しい。
「だって…!!なんで殿下はいつもそんなに余裕なんですか…!?」
「余裕…?私が…?まさか。自分の婚約者のあまりの愛らしさに、人目も憚らず愛でたくて仕方なくなっているのだ。まだ執務室の中だけに留めている分、随分と我慢していると思うが?」
「なっ…!?」
だからどうして…!!
そういう恥ずかしいことを平気で言えるんですか…!!
もうセルジオ様がいるとかいないとか関係なく、私の顔は赤くなりっぱなしなんじゃないか。
恥ずかしすぎて、どうすればいいのか本当に分からなくなる。
「カリーナ…私の最愛……」
「っ…」
それなのに殿下はさらに私を追い詰めるように、甘い瞳で見つめながら甘く囁いて。
「愛しい愛しい婚約者。いずれ私の妃となった暁には、その全てを貰うつもりでいるのだ。この程度の事、今の内から慣れておいてもらわねば困るのだよ」
「~~~~っ…!!!!」
そう言いながら、私の髪の一筋に当然のように口づけるから。
言葉にも行動にも意味がありすぎて、もはや私の頭は限界を迎える。
「も…、や……。恥ずかしすぎて…おかしくなりそ……」
「それでも良い。カリーナはただ、私の腕の中にいればそれだけで十分だ」
顔を覆った私を、殿下は優しく抱き寄せてくれるけれど。
きっとこれも全部、殿下の計算の内なんだろう。
「愛しているよ、カリーナ。だからここから抜け出そうなどと、思わないでくれ。君が帰ってくるべき場所は、私の腕の中だけなのだから。…いいね?」
「……っ…は、い…殿下……」
それでも私は幸せだから。
そう答える以外、この先も出来ないのだろう。
こうして私は王弟殿下のお茶くみ係改め、王弟殿下の婚約者となったのだった。
―――ちょっとしたあとがき―――
これにて本編終了です!!
明日からはおまけを掲載していくので、そちらもお付き合いいただければ嬉しいです♪
よろしくお願いしますm(_ _)mペコリ
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