第43話 血の奇跡

「さて…申し開きは何かあるか?聞いてやらぬ事もないぞ?」


 今にも殿下に殴り掛かりそうなほどの勢いで走り込んできたお兄様を、後ろからセルジオ様が必死に抱え込んで止めていて。けれどキスされた私が唇にではなかったと全力で否定したことと、こうすればお前たちは出てくるだろう?と笑顔で告げた殿下の言葉に、二人とも固まってしまって。


 そして冒頭の殿下のセリフに至る、と。


「いえ、その……」

「ただし。私はともかく、カリーナを泣かせるところだったのだ。その意味をよーく考えた上で、発言を間違えぬように気を付けることだ」

「っ…!!し、失礼いたしました…!!」

「無粋なことをいたしました。何より殿下の意思に反する行いであったこと、このセルジオ深く反省しております」


 こういう所は、流石にセルジオ様の方が慣れているというかなんというか。今まで殿下の機嫌を損ねた経験があるかないかの差、なんだろうなぁ…。

 ……いやこれ、嫌な差だな…。


「これに懲りて二度とするでないぞ?その場合は……私にも考えがある。なぁ、コラード?可愛い妹と会えなくなるのはつらかろう?」

「に、二度といたしません…!!ですから…!!ですからどうかそれだけは…!!」


 若干涙目になっているお兄様は、容姿はいいのになんだか情けなく見えて。年齢的にも一番年上のはずなのに、上手いこと殿下の掌の上で転がされているようにしか思えない。


 あと、お兄様。どうしてそんなに私の事大好きなんですか?

 割と最初からずっと疑問だったことだけれど、実は今まで聞いたことがなかったから。

 いつか聞いてみようかな?


「まぁ、これに関しては今回だけは見逃してやろう」

「あ、ありがとうございますっ…!!」

「だが。オルランディ家の怠慢に関しては、見逃すわけにはいかぬな」

「……怠慢、ですか…?」


 それは私の婚約相手が殿下だと教えなかったことですか?それとも……う~ん…?それ以外に思いつかないんだけれど、一体何の話だろう?


 あと、殿下。

 割とずっと気になっていたんですが、どうして二人が現れてからずっと、私の肩を抱いたままなんでしょうか?


 いや、まぁ…嫌じゃないんですけれどね?

 ただ、その…若干恥ずかしいといいますか何と言いますか……


「よもや血の奇跡についても食の癒しについても、何一つカリーナが知らぬままだとは思っていなかったのだが。その事については、何か弁解の余地があるのか?」


 ああ!!そうだった!!

 なんかもう色々いっぱいいっぱいで忘れかけてたけど、そういえばさっきそんなことを殿下言ってましたね!!


「何一つ、知らない…?いえ、その……それ以前に、殿下やセルジオ殿から既に説明されていらしたのでは…?」

「……なるほど、そういう事か…」

「どうやらコラード殿は勘違いをされていらしたようですね」

「それよりもまず大前提として、どうして私からその話題を出すと思っているのか。返還に関して判断を下されるのは陛下であるし、それ以前に私の口から血の奇跡本人に告げるなど許されるはずがない」

「現在王族の中で返還先になり得るのは殿下しかいらっしゃいませんからね。さらに殿下がお持ちの王族特有の能力は、血の奇跡すら見つけ出せるようなものです。それを成人前より陛下のためにお使いになっていたのですから、真実であるかどうかを精査する必要もなく誰もが信じることでしょう」

「……そうなれば、殿下がお気に召したというだけでそれを口にする可能性がある、と?」

「私自身は無いと言い切れる。だが第三者が、それをどこまで信じられるというのだ?コラード、私からその話を聞いた時に一瞬でも疑わなかったと言い切れるか?」

「疑ってはおりませんでした。ですが、確かにすぐには信じられなかったのは事実です。まさか、という気持ちが大きかったと言うのが正しいのでしょうが…」


 なんだか難しい話をしていて私はついて行けていないけれど、とりあえず全員何とか落ち着いてくれたみたいなのでひとまずは安心した。お兄様もこうして真面目な話をしていると、確かに宰相家の跡継ぎなのだと実感する。

 普段は笑顔で甘やかしてくるだけの人だけれど。


「だからこそ、だ。何より貴族として知っておくべき事を、私がカリーナに教えるというのはおかしな話ではないか」

「……仰る通り、ですね…」

「とはいえ、流石にこうなっては…」

「今話すべき、なのだろうな」


 一斉に向けられた視線に、一瞬体が強張る。

 忘れがちだけれど、ここにいる男性陣は全員とても見目麗しいわけで。そんな三人に一斉に目を向けられて、平常心を保てるわけがない。

 いくら一人はお兄様で、一人は婚約者(予定)だったとしても、だ。


「あ、あの……」

「カリーナ、落ち着いて聞いてくれるかい?」

「え、っと……はい…」


 いつも通りの柔らかい微笑みを湛えて問いかけてくるお兄様に、私は少しだけ冷静さを取り戻して頷く。

 第一先ほどからの話題の内容は、私にも関係があるようだったから。知ることが出来るのであれば、早めに知っておきたい。


「我がオルランディ家は建国の時代より、常に宰相を輩出している家柄だという事はもう知っているよね?」

「はい。一番最初に教わりました」

「うん。だからこそ、王家からの信も厚い。……王族である殿下を前にしながらこの言葉を言うのは、流石に私でも抵抗がありますよ…?」

「真実だからな。構わぬだろう?何より私も陛下も、オルランディ家を信用しているからこそ血の返還を求めたのだ。下手な家柄の系譜であれば、そのようなことはさせぬ」


 とりあえず、常に宰相家であり続けられるのはこの信頼があってこそなんだろうなという事はなんとなく分かった。

 分かった、んだけれど……


「え、っと……そのことと私が、何か関係があるのですか…?」


 そう、そこだ。この話の流れで王家からの信頼が何かしら意味を持つのだとしても、それがどうして私に繋がるのかが理解できない。


「関係はありすぎるくらいある、かな。何せ我が家は、歴代で最も王家の姫の降嫁先に選ばれているからね」

「姫様、の?」

「カリーナは、王族特有の特殊な能力の話は知っているのかい?」

「え、っと……」


 これはどこまで言っていいことなのか分からなくて、思わず殿下を見上げてしまって。

 私の視線にすぐに気づいたのか、ふわりと淡い瞳が細められる。


「詳細まで口にしないのであれば構わぬ。王族の直系が例外なく何らかの能力を持っていることは、この国の貴族であれば誰もが知っている事実だからな」


 ……それは、初耳ですよ?


 でも、そうか…。だから前に、貴族の後継者選びに殿下が呼ばれたのか。詳細は知らなくても、そういう能力なんだってことさえ分かっていれば相手にとっては問題ないわけで。


「殿下……まさかとは思いますが、カリーナにその能力の詳細まで教えているなどという事は……」

「成り行きでな。何より傍に置くことをあの時点で決めていたのだ。教えておいた方が不都合がなくて済むのも事実だ」

「……殿下…貴方という方は、一体いつから……」

「今はその話ではないはずだが?まぁ、不思議そうな顔をしているので私が教えてしまうが。要はオルランディ家の直系は、最も王家の血が濃く流れている一族なのだ」

「そう、ですね…話の流れからするとそうなりますが……」

「詳しい事は私にも分からぬが、どうやらこの能力は血に依存して現れるようなのだ。つまり王家の血を一度でも入れたことのある高位貴族であれば、その能力を受け継ぐ子が産まれる可能性がある」

「能力、を…?」

「あぁ。そしてそれを顕現させた存在を、滅多に現れないその希少性からいつしか"血の奇跡"と呼ぶようになったというわけだ」

「血の、奇跡……」


 なるほど、王家の血筋に現れるから…………ん…?あれ…?


「殿下……その……」

「気付いたか?」

「……え…私が、その血の奇跡、だと…?」

「その通りだ。セルジオにも確認させてあるが、何より見つけ出したのだ。この意味、分からぬわけではあるまい?」


 殿下が見つけるということは、それすなわちその特殊なで才能を見出したということで。


 つまり、疑いようもないほどに。


「私には、何らかの才能が、ある……?」

「その通りだ。そしてそれが先ほど言った、食の癒し。カリーナが淹れた茶や手ずから作った菓子を口にすれば、それだけで軽度の疲労などなかったことになる。だからこそ一番の忠臣である宰相家に、その能力を持つ姫を降嫁させていたのだ。貴族の中で最もその能力を必要とする相手であると同時に、降嫁した後も王族と繋がっていられるからな。その恩恵を受け続けることが出来る」

「そしてその能力をお持ちだったからこそ、殿下の側仕えとしてお茶やお菓子の用意をしていただいていたのですよ」


 つまり、だ。

 最初から、その能力があると分かっていたから。どこかの高位貴族の血を受け継いでいると分かっていたから。


 だから平民のはずの私が、いきなり王弟殿下のお茶くみ係になんて抜擢されたのだと。


 そういうこと、だったんだ。


「……ようやく私があの日、突然お城に連れていかれた理由が分かりました…」


 それにきっと、王家の血筋でもあると分かったから。下手に市井にいられても困る、と。そういう意味合いもあったんだろうな。


 だってもしも私が普通に働いて、普通に結婚して普通に子供を産んでいたら。その子は貴族だけじゃなく、王族の血まで継いでいることになる。

 しかもそういう子供が、この先どんどん増えていってしまうわけだから。


 それは確かに、未然に防ぎたい、よね。


「ちなみにカリーナ。血の奇跡として能力を顕現させた令嬢はね、基本的に例外なく王家にお返しする習わしになっているんだよ」

「王家に……お返し…?」

「一番年の近い、まだ婚姻していない王族に嫁がせるんだ。そうやって本来あるべき場所に、能力と血をお返しする。もともとその管理は全て、王家だけが出来ると決まっているからね」

「え……」


 お兄様の告げたその言葉は、血の奇跡や食の癒しの詳細を知った時よりも衝撃的で。


 だって、それはつまり……


「誤解の無いよう先に言っておくが、私は義務や習わしなどと言う理由でカリーナを娶るわけではない」

「殿下にも一応とはいえ、返還させるか側仕えとしておくかを選ぶ権利がありましたからね。管理さえ出来れば、本来はどちらでも良いのですよ」


 殿下とセルジオ様の言葉には、驚くほどの温度差があるような気がする…。


 とはいえきっと、セルジオ様の言葉の方が現実に近いんだろう。

 だって他でもない殿下が、すごい目をして睨んでいたから。


「そのような顔をなさらないで下さい。王家にとって害となるか益となるかは、実際にどの家の系譜かが分からなければ判断がつかなかったのは本当のことなのですから。何より、事実をお伝えするのも私の仕事ですので」

「ほぅ?ではそのせいで食の癒しの力が落ちていた事も、しっかりと責任を取ると言うのだな?」

「……はい…?」

「お前の不用意さが生んだ結果だ。今後どうするつもりなのか、後でじっくりと聞いてやろうではないか」

「で、殿下…?一体何のお話ですか…?」

「何。側近の再教育をしっかりせねばなと思っただけだ。気にするな」


 いやいや殿下…!!その言い方で気にならない人はいないと思いますよ!?


 わざとなのは分かっているけれど、随分と意地悪な言い方だと思う。

 執務室の外にまで聞こえるほどの大声だったことを考えれば、きっとかなり動揺していたんだろうけど。

 まぁ、でも……確かにあれは不用意と言えば不用意だった、かも…。違う人に聞かれていたら、今頃大変なことになっていたかもしれないわけで。


 そう考えれば、ある意味セルジオ様の自業自得なのかもしれない。


 そう、少しとはいえ思ってしまったことがいけなかったのか。

 不意にこちらに目を向けた殿下が、またあの甘い瞳で私を見るから。


 結局話の間中、肩を抱かれたまま。


 最後まで、動くことは出来ないままで。


「だがカリーナ、覚えておいて欲しい。義務も習わしも関係なく、そもそも初めから君を私以外の男の元に嫁がせるつもりなど毛頭ない。嫌だと言っても、もう手放してなどやらぬ」

「え、あのっ…殿下…!?」

「他の男になど触れさせてなるものか。カリーナの全ては、私が……私だけが、手に入れるのだから」

「~~~~っ!!!!」


 その言葉が意味することが分からないほど、流石に私も子供ではないから。

 ただ耐性があるかと聞かれれば、全くないですと答えるしかなくて。


 結局。

 声にならない悲鳴を上げながら、顔を真っ赤にさせて殿下に倒れ込むしかなかった。




 ちなみに。


 それはそれは幸せそうな顔をしてらっしゃいましたよ、と。

 あとからこの時の殿下の様子をセルジオ様から聞くことになるなんて、私は知りもしなかった。




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