第31話 彼女の真実 -国王視点-
「よもや、このような形で繋がるとは思ってもみなかったな…」
珍しく私以外誰もいない執務室の中、小さく呟いた言葉は思った以上に大きく響いたような気がして。
思わずため息を吐く。
つい先ほど切羽詰まったような顔で、慌てた様子で駆け込んできたコラードの言葉を思い出しながら。忠臣というのも融通が利かないようでは意味がないのだと、つくづく思い知らされていた。
「陛下…!!取り急ぎお伝えしたいこととお聞きしたいことがあるので、アルフレッド殿下にお取次ぎ願えませんでしょうか!?」
普段であればそんなことは言わないような男が、しかも常に冷静に物事を見て判断するようなあの男が、何にここまで慌てているのかと興味が湧いたのもある。
だが何より、理由も聞かずにそんなことは出来ないと正論を返せば。
あの男の口から返ってきたのは、予想もしていなかった内容で。
けれどここ数か月ずっと探し求めていた答えでもあった。
「オルランディ家か……。悪くないどころか、考え得る可能性としては最高ではないか」
思わず口元がにやけてしまうのは、この先にある未来が想像していた以上の展開になりそうだからだ。
愚か者達には言い逃れできないほどの家格の差を突きつけ、贖罪すら許されぬまま断罪を。うるさく口を出してくるであろう者達には、反逆の意思ありとの烙印を。
そうして全てを排除した暁には、きっと何もかもが思う通りに進む。
「私の可愛い弟には、彼女の真実だけも十分すぎる僥倖であろうが」
私からすれば、それだけではまだ足りぬ。
あれは私のために働きすぎだ。成人するより前から、誰よりも私のために動いてくれていたことを知っている。
そこがまた、健気で可愛いところではあるのだが。
「だからこそ、誰よりも幸せにならねばなるまいよ。なぁ?」
窓辺に佇む小鳥たちに問いかければ、一斉にその通りだと囀り出す。それに満足して微笑みかければ、まるで見計らったかのように外から声がかかった。
「陛下」
「通せ」
セルジオ以外の誰が来ても追い返せと伝えてあるので、声がかかるということは目当ての人物が到着したということ。それならば事は一刻を争う可能性があるのだ。
少々乱暴な考え方ではあるが、面倒な受け答えなどすっ飛ばしてしまえばいい。
「失礼いたします」
「先に言っておくが、格式ばった長ったらしい挨拶など今は必要としていない。この場には私とお前だけだ。この意味、分からぬほど愚かではあるまい?」
少し意地の悪い言い方をしてみせたというのに、相手は真剣な表情で頷くのみ。
全くもってこの男は面白味がないというか、察しが良すぎるというか……いやむしろ、私と同じであれのことが好きすぎるのか。主従である事も乳兄弟である事も抜きにしてなお、純粋な尊敬が残るのだろうから。
全く私の弟は、本当に良い目を持っている。
「コラードに何か聞いたか?」
「いえ。急ぎ馳せ参じよとだけ」
「なるほど。では単刀直入に言おう」
何事かと緊張しているのが伝わってくるので、私も極力真剣な顔をして告げる。
「血の奇跡を顕現させたあの娘は、前宰相の落とし
それは目の前のこの男だけではなく、私もフレッティも探し求めていた彼女の真実。
余程衝撃が大きかったのだろう。珍しく大きく目を見開いたまま、身じろぎ一つしないセルジオ。おそらくは呼吸すら止まっている。
だが回復するのを待ってやる時間もないので、話を先に進めよう。
「先ほどコラードが血相を変えて執務室に飛び込んできて、ようやく真相が分かったのだ。ちなみに叔父である現宰相は何も知らされていなかった。ここまで言えば、何となくの概要が分かるであろう?」
国の重役についている者達にだけは、この男が血の奇跡を顕現させた娘について直接話をしてあるはずだ。だが他言無用としたせいで、直系のオルランディ家には娘の父親を捜しているという情報が行かなかった。
だからこそ沈黙が守られ続けられてしまったというわけだ。
忠臣というのはとかく得難いものである。
それは分かっているが、今回ばかりはそれが仇となったなと私も反省しているところだ。もう少しだけ範囲を広げてさえいれば、初期の段階で全てを詳らかに出来たというのに。
「まさか、オルランディ家はそれを知っていて…」
「国主導の事業の一環としてあの教会の孤児院を選んだのは、単に通いやすく成果が分かりやすいからだったようだが…何かあれば母娘でそこに入るよう指示していたのは前宰相だというのだから、偶然ではあるまいさ。むしろ必要以上に教育を受けているのは、初めからオルランディ家に迎え入れる予定だったからだと言うのだし」
「必要以上、ですか…?」
「気付かなかったのか?あの娘はどうやら、市井出身にしては所作が綺麗すぎるようだ。紅茶も難なく淹れられたのだろう?」
「はい」
「なぜ教会の孤児院出身の娘が紅茶の淹れ方など知っていると思う?本来ならば高級品で手も出せないはずだろうに」
「むしろ貴族に仕えられるほどの人材を育てるためと聞き及んでおりましたので、出来ぬ方がおかしいと思っておりました…」
「なるほど、そう解釈したか。私も含めて、キツネどもにまんまと騙されていたな」
「キツネ…?」
首を傾げているセルジオは、ようやく少しずつ現実に戻ってきているのだろう。まだ少しだけ飲み込みきれていない部分があるようだが、今はまだそれでいい。
「前宰相だけが絡んだ事業ではなかろう?そもそもそれを進めていたのは前国王陛下。つまり私たちの父上と、二人で共謀していたというわけだ」
「…………やられましたね……」
二人とも後継に真実を明かすことなくこの世を去ってしまったため、オルランディ家の一握りの人間だけにそれが残されるというおかしな事態を招いてしまったのだ。
「更に詳細を聞けば、どうやら初めから母娘を迎える気があったようだ。それが前宰相の突然の死でそれどころではなくなってしまったところに、流行り病で母親の方も儚くなってしまったらしくてな。娘は父親を知らぬままのせいで、証言できる者がいなくなってしまったのだ」
「それは、また……」
「かと言ってその場で引き取るわけにもいかぬ。次期宰相まで失っては意味がないからな。流行り病が落ち着くまで、孤児院預かりとなっていたのだそうだ」
だが結局、病が落ち着くまでに五年もかかってしまって。気が付けば娘はデビュタントを迎える年齢をとうに過ぎていたというわけだ。
「なので成人を迎える直前に真実を伝え、自らの人生を選ばせようとしていたらしい。だがその前にどこぞの誰かが娘の才能に気付いて、強引に連れ出してしまったというわけだ」
「……」
「そう睨むな。それに関しては私も一枚噛んでいるからな。あれと二人、共犯のようなものだ」
オルランディ家からしてみれば、王族の横暴のようにも見えたことだろう。だが流石にそれを口にするわけにもいかず、さらに娘本人が納得しているのならと動向を見守っていたらしいのだが。
「あの様子では、娘が血の奇跡を顕現させていたとは知らなかったようだがな」
「知っていて野放しにしていたのであれば、それこそ大罪になりましょう」
「あぁ。だがまぁ、知りようがないからな。あれが見つけられたのは運が良かったのと、何より特殊な目があったからだ。そうでなければこの先も、誰一人知ることなく終わっていたかもしれぬ」
そう考えると恐ろしいものだな。下手をすれば市井のあちらこちらに血の奇跡が顕現するような時代が来ていたかもしれぬのだから。
「さて、彼女の真実が分かったところでセルジオ」
「はい」
「お前には向かってもらわねばならないところがある」
それだけで私の言いたいことを察したのだろう。力強い目でこちらを見ながら、しっかりと頷いて見せた。
「コラード殿にもよろしくと言われておりますので、必ずや連れ戻して見せます」
「あぁ。だがお前にとって一番の理由はそこではないだろう?」
決意を宿した瞳の奥でこの男が望むのは、私と同じ物のはずだから。
「勿論です。陛下もそれをお望みですよね?」
問いかけのようで、実際のところはただの確認に過ぎぬそれは。誰が為の願いかと言う部分を同じくしているからこその確信を持って、私に投げかけられる。
そしてそれに返す私の視線も、きっとこの男と同じ力強さなのだろう。
「当然だ。私のたった一人の可愛い弟だぞ?あれが悲しむ姿も壊れていく様も見たくはない」
だからこそ、彼女が必要なのだ。ようやく弟が欲した存在が。
「お前ならば警戒もされぬだろうからな。任せたぞ」
「はっ、お任せください」
フレッティの宝を任せる相手として、これほどの適任者もいないだろう。
さて、王家の血脈よ。血の奇跡よ。
この国の王族と筆頭公爵家からはどうあっても逃げられぬのだと、その身をもって思い知るといい。
そして最後には、収まるべき所へ。
然るべき手続きは、可愛い弟のためだ。私が直々に用意しておこうではないか。
セルジオも去った執務室の中で一人、私は密かに笑みを浮かべるのだった。
―――ちょっとしたあとがき―――
これにて別視点終了ですので、次回からようやく主人公視点に戻ります。
ちなみに。
現国王陛下はかなりのブラコンです。
弟大好き。
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