第17話 甘くないお菓子と甘い笑顔と

「すごい…!!このスコーン、外はサクサクなのに中はしっとりしていて…!!どうしたらこんな風に焼けるのか聞いてみたいです…!!」

「それはこのレシピを渡す代わりに聞けるだろうな。それにしても……。よくまぁ、この短期間でこんなにも思いついたものだ…」


 ダニエル君の登場で思わず本題を忘れてしまっていた私は、今度は失敗しないようにとお茶をいただく前に、先に殿下に手書きのレシピ集をお渡しした。

 殿下はサンドウィッチとお茶を楽しみつつ、それをパラパラとめくっていて。私はと言えば、サンドウィッチはほとんど殿下にお譲りして、お先にスコーンの段を楽しませてもらっている。


 今回のお茶会、たぶん実験的な意味合いも含まれているのだと思う。だって前に私が出したスコーンにつけるサワークリーム。あれが用意されていたから。しかもさり気なく、殿下の傍にだけ置かれる形で。


 なるほどなるほど。確かにこれなら、女性はジャムやハチミツをつけて食べるだろうから、わざわざ奥にあるものにまで手を出そうとは思わないだろう。それでいて同じお皿からスコーンは取り分けられているのだから、結果同じものを食べているのだということに変わりはなくて。

 知っている私ですら、注意して見ていなければ見逃してしまうような配置だったことを考えると、これは今後使われるようになるかもしれない。


「正確に言うと、前々から考えてはいたんです。ただ殿下にお出しするのはあくまでお茶菓子なので。食事になってしまいそうなものや特殊な器具が必要そうなものは、なるべく避けてきましたから」

「そうだったのか。だが……うむ…………このチーズワッフルというのは、なかなかに気になるな…」


 出た。殿下のチーズ好き。

 甘いものが苦手な代わりに、少ししょっぱいけれどコクとか味わいのあるものが好きみたいだから。たぶん食いついてくれるだろうなーとは思っていたけれど。流石にワッフル用の金型なんかもなければ、そもそも食事を時折疎かにする殿下に出してしまえば、それこそ食事はいらないと言い出しそうだったから。今まで出さないようにしていたものだった。


「私も作ってはみたいと思っていますが、ワッフルはそもそもそれ専用の器具が必要なので」

「では用意させよう」

「決断が早すぎませんか!?」

「こういうことは早い方がいい。すぐに手配できるとは限らないからな」


 わー…さっすが王弟殿下ー。無理だとは微塵も思っていないし、当然この人にワッフル型一つ用意できないなんてことはないんだろうけれども。


「まだしばらくは新しいお茶菓子をお出しする予定なので、たとえすぐに届けられてもかなり先の話になりますよ?」

「ほぅ?まだまだ知らない菓子が出てくるというのか」

「はい。片手で食べられるようなものを考えているので、カトラリーを使うようなお茶菓子はもう少し待っていてくださいね」

「なるほど。それは楽しみだ」


 そう言って殿下は紅茶を一口含む。その顔は本当に楽しそうで、嬉しそうで。

 本当に、この国の王弟殿下は食べることがお好きなようです。いいことだけれど。


 それにしても、なんだかさっきから仕事中の会話とそう変わらないような気がしていて。いやまぁ、ある意味レシピ集は仕事の一環として頼まれているようなものだから、それに関して話をするとなるとどうしても普段通りの会話になってしまうのは、もう仕方がないのかもしれない。


 ただ私も一緒に紅茶とお菓子をいただきながら、ダニエル君という素晴らしいもふもふを撫でられるというのはだいぶ普段とは違うけれど。


「だが、よかったのか?頼んだ私が言うのもなんだが、新しいレシピというのはそれだけで価値があるものだぞ?」

「……思いついただけで再現できないものに、そんなに価値、ありますかね…?」


 私の場合、殿下に出すお茶菓子しか基本作れない。それ以上のものは、流石に用意してもらうのも悪いし。何より仕事の域を出てしまうから。


「そこに書いてあるのは、あくまで今の私では器具がなかったり材料や時間がなかったりで、試行錯誤を繰り返すことすら難しいものばかりなので」

「そうなのか?必要ならばいくらでも用意させるが」

「殿下。ご自分が食べられないものを側仕えに作らせて、どうするんですか?」

「…………持ってきては、くれぬのか……?」

「休憩時間に食べるようなものではありません。特に殿下が興味をお持ちになったチーズワッフル。それはもはや食事として成立してしまいますから」

「では食事として用意すればいいではないか」

「ご自分が何を仰っているのか分かっていますか!?殿下のために用意された、しっかりと栄養を考えて作られた食事を放棄する気ですか!?」


 何言ってるのこの人!!まさかプロが作った物より、私の用意したワッフルを取るとかないよね!?流石にないよね!?


「ふむ……では、食事の最後にというのは…どうだ?」

「それを私に聞かないで下さいよ…!!レシピはお渡ししてあるので、料理人に提案してみたらいいと思います…」


 もうなんか、一気に疲れた。

 殿下って時折、頑固というかなんというか…言い出したら譲らない部分、あると思う。特にこと、食べるものに関しては。


「私はカリーナの作った物が食べたいのだが」

「ふぇっ!?!?」

「駄目か?」

「え、いやっ、ダメとかじゃなくて、ですねっ…」


 待って待って!なんでそういう話になってるの!?

 というかそれってつまり、プロの食事の最後に素人の私が作った物が出されるってこと…!?何その釣り合わなさ!?恥ずかしすぎる!!


「ちょ、ちょっとそれはっ…」

「城の料理長とも仲良くなっているのだろう?では出来ない話ではないと思うのだが?」

「そういうことでは、ないんですっ…!だって、そのっ…あちらはプロですしっ…」

「だから合わせやすいのではないか」

「うっ…うぅ~~……」


 あぁ、これ…私では説得できるだけの知恵も力もないから、無理だ……。

 でも、せめて。


「ま、まだ作りたいお菓子があるので…いつか時間が出来たら、で……いいですか…?」


 猶予だけはください。それまでに何とか、私の心の中で折り合いつけておくので。


「急がずとも良い。ただ私はカリーナの作るものならば何でも食してみたいだけなのだ。無理に食事に合わせる必要もない」

「っ…!?」


 な、んなんですか…それ……。そういう、こと……そんな、優しい目をして…甘い笑顔で、言います……?


 殿下は、ずるい。

 どうしたら人が断れなくなるのかを、よく知っている。


 たとえそれが、王族の技能の一つなのだとしても。


「カリーナの作る菓子は全て美味い。紅茶もだ。だから私は、この先ももっとそれを楽しみたいし、菓子以外も楽しんでみたい」


 囁かれているわけでもなければ、距離が極端に近いわけでもない。

 それなのに。

 笑顔と同じように、なぜかとてもその言葉たちは甘く聞こえて。


「これからも私の傍で、私の舌を楽しませてくれるのだろう?カリーナ」

「っ…は、い……」


 呼ばれる名前が、妙に頭の中に響いて。

 断ることなんて出来ないし、何よりそんなことを考えることすらなかった。


「ふふっ。本当に、楽しみだ」


 またそうやって、甘い甘い笑顔を見せるから。

 優雅にティーカップを持ち上げて、一口紅茶を含むその姿から。

 私は、目が離せなくなってしまうのだ。


「あぁ、だが…」


 ふと思い出したかのようにカップをソーサーに戻して、殿下が再びこちらに視線を戻す。


「折角のレシピ集だ。これの再現をした暁には、発案者として共に試食をしてくれないか?」

「え……?あ、はい。それは、いいですけれど…」

「そうか、良かった。ではまた、こうして二人での茶会を開くとするか」

「…………え…?」


 待ってください。どうしてそういうことになるんですか…?


「あまり大々的に外に出すわけにはいかないだろう?私とカリーナが納得する出来になるまで、何度か試作を重ねる必要がある」

「そ、そういうものなんですか…?」

「これは王家の茶会で一番最初に披露されるものになるだろうからな。中途半端なままで出すわけにはいかぬだろう?」


 そ…それは確かに…!!


「だからこそ、だ。何よりレシピの発案者の意見をしっかりと取り入れていかねば、下手をすると全くの別物になる可能性もある。それでは困るのだ」

「そんなこと、あるんですか?」

「本人がいない状態で再現するのだから、無いとは言い切れない。宮殿料理人は優秀だが、見たことも食べたこともないようなものを完璧に再現することは流石に難しいだろう?」

「……そう、かもしれません…」

「だからこそ、カリーナの判断が必要なのだ」


 そう言われてしまえば、レシピ集を渡している以上放り出すことも、疎かにすることも出来るわけがなくて。

 しかも自分では再現できない、食べられないと思っていたものが、現実味を帯びてくる過程も楽しめると思えば、わくわくしないはずもない。


 あと、少しだけ。

 本当に、少しだけ。

 また、こうして。殿下と二人でお茶を楽しめるのが、嬉しくて。


「分かりました。必要になったら、いつでも呼んでください」

「あぁ。楽しみにしている」


 そうしてまた、殿下は甘く優しい顔で微笑わらうのだ。


 甘くないお菓子の提案だったはずなのに、なぜかその会話の間の殿下は終始甘い笑顔だった気がする。








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