第15話 どうして私が宮殿に!?
なぜ私は今、初めてできたお休みの日に、豪華な馬車に乗っているのだろう…?
『今度宮殿で私と茶会でもしてみるか?』
そう殿下が言ったのが、どう考えても原因だということは分かっているのだけれど。あの場には殿下と私の他にはセルジオ様しかいなかったし、何より机の上に積みあがっている書類の束を知っていたから、そうそうそんなことは実現しないと思っていたのに。
甘かった。
冗談でもなんでもなく、殿下は割と本気でそんなことを考えていたのだと思い知ったのは、ある日突然質の良いお出かけ用の服装を一式届けられた時だった。
珍しくセルジオ様が私の部屋に夕方訪ねてきたと思ったら、おもむろに「殿下からです。どうぞ、お受け取り下さい」なんて色々な箱を侍女さんたちに運び込ませて。何事かと目を白黒させている間に、仕事を終えた彼女たちはあっという間に部屋から出ていってしまっていて。しかもセルジオ様まで「それでは」なんて言って去ってしまうから。残された私は、一人で恐る恐る箱に近づいて。
そこで、一番上に置かれている手紙に気づいた。
"約束していた茶会用の服装一式だ。宮殿から迎えの馬車を手配するので、当日はこれを着て部屋で待っていればいい。 アルフレッド"
そこにはそう、書かれていたけれど。
いや、ちょっと待ってくださいよ…。
何この先回り感!?明らかに私が断れないように色々先に手配してましたね!?
確かに宮殿に出向くことが出来るような服なんて一着も持ってない。だって私は平民なんだから、当然だろう。
でも殿下はそれを分かっていて、こうやって用意してきたわけだ。そして日付まで書かれている手紙が添えられているところを見ると、もはや決定事項として準備が進められているのだろう。
さて、ここで問題です。私が当日それを拒んだら、どうなるでしょう?
「…………大騒ぎになるよね、確実に……」
忙しい殿下が、わざわざこの日を指定して時間を作って。その上馬車まで用意しているということは、宮殿内ではもう予定の一つとして織り込まれているということで。
それを突然、平民の私が逃げ出してなかったことになんてしたら?
「……うぁ…怖すぎて想像したくない…」
一つ予定が狂うだけで、きっと大変なことになる。それだけはなんとなく分かるから。
つまり、私が断れないように、逃げださないように、手を打たれたということで。
「……こんなこと、しなくったって…」
殿下が望んでくれるのなら、私はいくらでもお茶会くらい……あ、いや。殿下と二人とか、セルジオ様も合わせて三人でとかならまだいいけど。本物の令嬢と一緒にとかは、流石に無理かな、うん。
……あれ…?でも宮殿って、陛下とかもいらっしゃる…というか、王族のお住まいでは……?
むしろお茶会なら、別にお城でもいいんじゃ…。
私は知らなかったんだけれど、実はお城と宮殿は違う物らしくて。少なくともこの国では、お城は貴族とかも出入りして彼らが働くところ。宮殿は王族の住んでいる場所。つまり、職場と家くらいに違いがあるらしい。
とはいえお城の後ろに宮殿があるので、庶民からしたら同じものなんだけれど。
ただ殿下が言う宮殿でっていうのは、つまり我が家でっていう意味にもなるわけで。
それに気づいて、次の日すぐに問いただしたのだ。なんでわざわざ宮殿なんですか!?って。
そうしたら、あの麗しい王弟殿下は
「城で二人で茶会など、どんな噂が立つか分からぬだろう?私はいいが…最悪カリーナが私の寵を得て、妾の座を狙っていると勘違いされるぞ?」
なんて、のたまいやがったのですよ。
そこでまた意味が分からなかった私に、セルジオ様が"寵"とか"妾"とかの意味を教えてくれたけれど。
正直、冗談じゃない。
殿下が、私みたいな平民をそんな風に見てくれるはず、ないんだから。
そう。そんなはずは、ない…。
ただ他人の想像力というのは、思っている以上に豊かなんだろうっていうのは分かる。分かる、けど…。
でも…だからって……
どうして私が宮殿に!?
「うわぁ~……」
決して派手ではないけれど、明らかに住む世界が違うと一目でわかるその外観を見上げながら、そんなことを心の中で思う。
口には決して出さないけれど。
「お待ちしておりました。アルフレッド殿下より自室にお通しするようにと承っておりますので、僭越ながらご案内させていただきます」
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
つい、そう返してしまったけれど。
明らかに洗練された動きで、綺麗に真っ直ぐ背筋を伸ばして前を歩く女性は、私なんかよりもずっと偉い人のはずで。
そういえば、前にセルジオ様が教えてくれた。お城で働く貴族出身の女性を侍女と言うのとは別に、宮殿で働く貴族出身の女性のことは女官と言うのだと。
正直何が違うのだろうかと思ったのだけれど、実は働く場所が違うだけじゃなく、女官というのは仕える相手が決まっているものらしくて。だから例えばこの目の前の女性は、きっと王弟殿下付きの女官なんだろう。
対して侍女というのは、基本的には仕える相手が明確にいるわけではなく、ただ単にお城の中で色々な雑務をこなす人のことを指す場合が多い、と。
ただ、それを聞いて一つ疑問に思ったのは……私はじゃあ、何なんだろう、と。
……えぇ、顔に出やすい私はすぐに回答をいただきましたとも。
殿下から。
「カリーナは侍女ではなく、側仕えだ。あくまで雇い主は私。陛下に許可はいただいているとはいえ、城や国ではなく私自身にのみ仕えていると考えておくのが一番正しいな」
なんて、言われたのだけれど。
目の前を表情一つ変えずに歩き続ける女性を見て、私は本当に王弟殿下の側仕えとして相応しくないな、と思ってしまう。
だって本来は、この女官の方みたいに優雅な仕草を当然とばかりに出来る人だけが傍にいるはずだから。私だけが、異質。
だからこそ、こんな場所にいること自体がおかしいと思うのに。
外観と同じで、豪華だけれど派手ではない内装の中を奥へと進む私の心の内は、決して沈んではいない。
困ったことに、緊張とは違うドキドキも確かにあって。
それはこの日のために用意しておいたレシピ集を気に入ってもらえるかとか、そもそも一度も着たところを見せたことがないこの服装をどう思われるのかとか。そういう不安も、もちろんあるのだけれど。
それよりも。
「殿下、お客様をお連れしました」
「あぁ、入れ」
大きくて立派な装飾が施された扉を開いて、女官の方は恭しく一礼する。あとに続いて入った私の目には、丁度読んでいた本をサイドテーブルに置いて立ち上がる殿下の姿が映って。
普段とは違い少しラフな格好をしている殿下は、いかにも休日という雰囲気で。でもきっと、シンプルな白いシャツも黒いスラックスも、すごくいい生地が使われているんだろう。
「待っていたぞ、カリーナ」
そんな休日仕様の殿下に見惚れていた私だったから、嬉しそうに微笑んだ美形の顔をまともに正面から直視してしまって。
思わず顔が赤くなりそうなのをごまかすために、そして何よりちゃんとした礼を、挨拶をするために深く頭を下げる。
「本日はお招きいただきありがとうございます。殿下におかれましては――」
「あぁ。今日はそういう堅苦しい挨拶は必要ない。あくまで非公式なものだからな。私の個人的な客人として招いただけなのだから、もっと楽にしていていい」
そう、殿下は言うけれど。
いや、あの…この状況、普通に考えて緊張しない方がおかしいと思うんですけど…?
ただ。それでも、確かに。
少しだけ、この時間を楽しみにしていた自分がいるのも、事実。
平民の私がこんなすごいところにいるなんて、明らかに場違いだと分かってはいるけれど。
同時に殿下に、非公式とはいえお茶会に招かれたことを、予想以上に喜んでいる私がいた。
―――ちょっとしたあとがき―――
城や宮殿、侍女や女官の設定は、この世界のこの国独自のものです。他の国ではまた色々と在り方や制度は違うのだと思っていただければ。
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