第14話 甘くないスコーンはいかが?
あれから色々と考えたけれど、下手に奇をてらうのではなくあくまでお茶菓子なんだと考えることにして。それなら、見た目は完全にお菓子でいいじゃないかという結論に達した。
だってそうしないと、もういっそ食事の域に達してしまっている気がして。
なので今回は、ティータイムの定番のお菓子をアレンジしてみることにした。
とはいえ見た目だけでは分からないので、テーブルの上に出した瞬間に殿下の表情は少し曇っていたけれど。
「スコーンか。確かに王道ではあるな」
「はい。サンドウィッチですと比較的食事寄りになってしまいますが、スコーンはどちらかというとお茶菓子ですから」
「ん…?そう言えばカリーナ。茶菓子ばかり作らせているが、もしかして食事も簡単なものなら作れるのではないか?」
今思いついたとばかりにそう問いかけてくる殿下だけれど。後ろに立っているセルジオ様が、すごい顔をして見てますよ?
「作れます。…が、こちらにお持ちする気は一切ありません」
「なぜだ!?折角ならばここで食事も済ませてしまった方が効率がいいではないか!」
「その言葉、私ではなくセルジオ様の顔を見て言ってください」
「セルジオの…?…………。…セルジオ、そう睨むな……」
私がきっぱりと断って手でセルジオ様を指し示した瞬間、それはそれはとてもいい笑顔で頷いてくれましたとも、えぇ。まるで「よくやった」と言わんばかりに。
あぁ、うん…最近はすっかり忘れていましたけれど、そう言えば殿下は仕事人間でしたね。
実は側仕えになってだいぶ初期のころ一度、食事を抜こうとしている場面に遭遇してしまって。本当にたまたまだったけれど、流石にそれはまずいと思ったからつい言ってしまったのだ。
「それならしばらくの間休憩時間はお茶だけにして、お菓子はなしにしますね」
と。
あの時は大変だった。
本気でショックを受けたらしい殿下が、それはそれは必死に縋りついてきて。しっかりと食事はとるから、それだけはやめてくれとまで言われてしまった。
私としてはお茶菓子を楽しみにしてもらえるのは嬉しいのだけれど、流石にその時の殿下のあまりの必死さは、その……少し恐怖を覚えるほどだった。
だって王弟殿下ですよ!?なんで平民が王弟殿下に縋りついて懇願されてるのって思うじゃないですか!!
いやまぁ…でもそのおかげで、ちゃんと食事はとるようになったんですよと後からセルジオ様に感謝されたけれども。
ただこの展開は予想外なんですけどね…。まさか本当に食事まで作れとか言い出しませんよね?うちの殿下。
でもこの王弟殿下は言い出しそうだから怖い。
「毎日殿下の健康を考えて、しっかりと作られている食事を、まさか放棄するなどとは…いくら仕事に熱中しすぎて時折食事をとるのをうっかり忘れてしまう殿下と言えども、そのようなことはよもや言い出しませんよねぇ?」
……うわぁ~…。セルジオ様すごいなぁ…。笑顔なのに圧のかけ方が半端じゃない~…。
あと殿下の言い出しそうなことを全て先回りしている辺り、本当によく分かっていると思う。
横顔しか見えないけれど、あの殿下の顔が引きつっているから。この人にこんな顔をさせられるのなんて、王国広しと言えどもなかなかいないんじゃないだろうか?
「う、うむ…そうだな……。あれだ。気晴らしにどこか出かけるような時にでも、軽食を用意できないかと思ってな」
殿下、さっきと言ってること違いますよ。
でもまぁ、それくらいならいいかな。それこそサンドウィッチとか用意して、ちょっとしたピクニック気分?
……ん…?王弟殿下ってピクニックするのかな…?
「それでしたらよろしいかと。ただその場合、遠乗りになってしまいませんか?」
「馬ではなく馬車で行けばいいだろう?その内時間が出来たら、暑い時期にでも王家所有の避暑地に赴くのも悪くはない」
あ。これ私もまた一緒に行くことになるやつですね。分かります。
でもまぁ、お仕事ですし。何より王家の避暑地なんてそうそう行ける場所でもないし。連れて行ってもらえるのなら、是非ともお供させてほしいところではある。
「では先の予定を調整しなければいけませんね」
「いや、何もすぐにでなくても良い。この先のいつであろうと構わないからな」
殿下の仕事が落ち着いたら、ということなんだろうけれど。ちらりと横目で見た執務机の上には、毎日ものすごい量の紙の束が置かれていて。正直減る気配は一向にない気がしている。
午前中よりは午後の方が、確かに積み重なっている量は少なくなっているんだけれども。なぜか次の日の午前にはまた元に戻っていて。
一体それだけの何が、毎日積み上げられているのか。私は内容を見れないし見る気もないので分からないけれど、このままでは殿下にお休みなんて来ないんじゃないかとすら思える量であることだけは間違いない。
「……殿下…その言葉の意味を分かった上で、仰っているんですよね?」
「もちろん分かっている。当然だろう?そうでなければならないのだ。どうしたって」
「……えぇ、そうでした」
「…?どうかされましたか?」
二人だけが分かっている会話に、普段だったら口を挟まないところなんだけれども。なぜかこちらを見ていたから、流石に何も言わないのも変な気がしてそう聞き返す。
けれど返ってきた言葉は、私の疑問に答えるようなものではなくて。
「いや…。それよりも、このスコーンだが……これは、何だ?見たところクリームのようだが…」
結局殿下の関心は、今日のお茶菓子に移ってしまった。
とはいえ、まぁ…今はそういう時間なんだし、なんだかよく分からない仕事の話をしているよりはそうやってリラックスしていて欲しい。
何より今日のお菓子は特に、今までの定番をある意味で覆すつもりで持ってきたものだから。そこは食いついてくれないと困るのだ。
「そちらはサワークリームです」
「サワークリーム?だが、何か緑色のものが入っているぞ…?」
「はい。今回サワークリームは甘くするのではなく、ハーブソルトと胡椒、それからガーリックパウダーで味付けをしてみました」
そう、つまり。ジャムやハチミツみたいな甘い味付けで楽しむスコーンではないということ。
「甘くないスコーンはいかがですか?殿下」
「……なるほど、な…確かにハチミツには飽きたと言ったが……。まさかこういう形で来るとは思っていなかったぞ」
そういう横顔は、いつものように目がキラキラと輝いていて。最初にスコーンを見た時と反応が全然違うことを考えると、やっぱり甘いものはあまり得意ではないのだと再確認する。
「スコーン自体も甘さはほとんどないので、純粋にサワークリームを楽しんでいただけると思います」
「主役はクリームの方か…!なるほど面白い」
いそいそとスコーンを割って、カトラリーで掬ったサワークリームをその上に乗せる。ぱくりと食いついた殿下が、咀嚼を繰り返すたびに笑顔になっていって。
どうやらお気に召したらしいと、心の中で私も笑みを浮かべた。
「これは…新しいな」
「どうしても女性が多いお茶会では、甘いものばかりになるようでしたので。こういう形でしたら、甘いものに飽きた時にも楽しめるかと思います」
「ふむ……確かに自分で選べるという点でも、自由度が増していい」
「何より同じものを囲んでいられますからね。女性の機嫌を損ねることもないでしょうし」
「ただその場合はガーリックパウダーは抜いたほうがいいとは思いますが」
「そうだろうな。だがそれでも十分革命的だ。男性陣の茶会への出席率も上げられるかもしれない」
おや…?これはもしかして、違う方面でも役に立つのでは?
というか、男性はあまりお茶会に出席しないんですね。まぁでも、なんとなくお茶会というと貴族の女性が開いているイメージが強いので。そういう物なのかもしれない。
いや、現実がどうなのかは知らないけれども。
「…………カリーナ…」
「はい、なんでしょう?」
「可能ならでいいのだが、今度こういう茶会でも出せそうな、甘くないレシピを考えてはもらえぬか?」
「甘くないレシピ、ですか?」
「あぁ。前に嘆願書が来ていたことがあってな。どうにも茶会が苦手な男性陣と、交流を図りたい女性陣の両方から」
……あの、すみません。それは殿下のお仕事なんですか…?
「…そういう顔をするな。確かに私の仕事かと聞かれれば、違うと答えるところではあるが」
「え…!?私また顔に出てました!?」
「出ていた」
「うぁっ…!」
いや、でもっ…!口に出すのはちょっと憚られるけれども、殿下が察してしまったのなら仕方がない。うん。そう思うことにしよう。
「……妙なところで割り切りが上手くなったな…」
「慣れ、ですかね?」
「…………。まぁ、いい。それで、どうだ?頼めるか?」
甘くないレシピだけど、お茶会でも出せそうなもの、か…。
「いいです、が……殿下、一つお忘れですよ?」
「何だ?」
「私、お茶会に出たこともなければ見たこともないので、どういう物なのかすら知りません」
「…………」
ゆっくりと開かれる目は、たぶんそのことをすっかり忘れていたということなのだろうけれども。
何だろうなぁ?この王弟殿下は、時折抜けてる気がする。
お忘れですか?殿下。私はいち庶民なんですよ?お茶会なんて優雅な貴族の空間、知るわけがないじゃないですか。
「そう、だったな…」
「はい。なのでいくつか考えて、提案するだけしかできませんが。それでも良ければ――」
「構わん。それでいい」
……被せてきましたね…。
何だろう。殿下にとっては割と深刻な問題だったりするんだろうか?
あぁ、うん。王弟殿下ですものね。色々と招かれたり開いたりしないといけないのかもしれないですしね。
そんな風に、一人納得していたら。
「だが折角だ。今度宮殿で私と茶会でもしてみるか?」
「…………はい……?」
なんだか妙な発言を落とされたような気がした。
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