第13話 王弟殿下の好み

 そういえばとふと、与えられた自室で次のお茶菓子は何にしようかと考えていた時に思った。

 しばらくはハチミツは無しでと言われたけれど、そもそも殿下はもしかして甘いものが苦手なんじゃないか、と。


 考えてみれば、今まで殿下のお気に召したお菓子は全て甘くないものばかりで。チーズが好きなのだと思っていたけれど、考えてみればチーズを使った甘いお菓子なんて出したことがなかったし。

 もちろん作れないわけではないけれど、今まで挑戦したことはなかった。材料費があまりにも高い上に大量に消費するので、個人的な感覚から手を出しあぐねていただけだったのだけれど。


「試してみる価値は、あるかも…?」


 甘味は抑えて、少し酸味のきいたチーズケーキ。

 それと同時に甘くない、前に赤ワインと合わせるためにと提案したラスク。あれをもう少しシンプルにして、ガーリックを抜いて塩と胡椒とオリーブオイルだけで作ってみる。

 その二つを同時に出して、殿下はどちらを選ぶのか。

 単純にチーズが好きなだけならば、チーズケーキを取るだろう。けれどもし本当に、甘いものが苦手なのだとしたら?


「ケーキは少量で作って、多少日持ちするラスクは多めに…」


 食べやすいようにケーキはさらに細長くカットして、折角だしセルジオ様にも一緒に召し上がっていただこう。量が多いので消費しきれないんですって言えば大丈夫だろうし。

 実はこうやって何を作ろうかと考える時間がすごく楽しかったりする。まさに趣味と実益を兼ねている感じなんだろうな。


 そうやって考えつつ、試作を作りつつ。


 数日後。

 試行錯誤を重ねた結果できたチーズケーキを、予定通りラスクと一緒に午後のティータイムに持っていけば。なぜか少し驚いたような顔をした殿下がこちらを見ていて。少しだけしてやったりと思ったのは、私だけの秘密。


「どうしたのだ?今日は二種類も…しかも全く毛色の違う菓子だが」


 えぇ、そう聞かれると思っていましたとも。

 だから私はもう一つ、秘策という名の真実を用意していた。


「実はせっかく砂糖も用意していただいていたのですが…私自身があまり使ったことがなくて今まで手を出せずにいたんです」

「ほぅ。それで?」

「試しにと甘いクッキーやサブレも作ったのですが、ハチミツで作った時の方が私としては美味しい気がして…それでも何か作れないかと試行錯誤してみた結果、チーズケーキになりました」

「……で。なぜラスクも一緒なのだ?」

「こういったものを殿下にお出しするのは初めてなので。もしもお気に召さなかった場合の保険としてお持ちしました」


 前にハチミツの件があったおかげで、むしろ不自然ではなくなっていて助かった。

 とはいえ最近は一応の保険として、常に新しいものを出すときは何か別のものを用意していたりするのだけれど。

 それは私しか知らない事実なので、問題はない。


「それと、こちらを…セルジオ様にも召し上がっていただきたくて…」

「私も、ですか?」

「はい。作ったまではいいんです。ただ、その…流石にケーキとなると量が多くて、ですね…。本当は護衛騎士のお二人にもお渡ししたいんですが…」

「流石にそれは難しいでしょうね。保存がきくとは思えませんし、何より持ち運びができないでしょうから」

「はい。なのでそちらは流石に諦めました」


 実際結構な量になってしまったのは本当なので、折角だからセルジオ様にもというのは本音でもある。先ほどから嘘は一つもついていない。ただそこに、別の思惑もあるというだけで。


「チーズケーキ、か…」


 聞こえてきた声が少しだけいつもと違う気がして、セルジオ様から殿下へと視線を戻してみれば。いつものキラキラとした瞳の殿下ではなく、どこか気落ちしているような表情で。


「殿下…?」

「あぁ、いや…。確かにカトラリーを使わなければならない菓子は、プリン以来だな」

「はい。あまりそういったものを普段作ってこなかったので、つい…。殿下はカトラリーを使わない方がお好みでしたか?」

「まぁ、そうだな。楽だというのもあるが、何より毒に対する警戒をしなければならない回数が減るからな」


 なるほど。そういう意味合いもあったのか。

 逆に手づかみなんてお行儀が悪いかなと、ちょっと思ったりしていたんだけれど。そういうことならむしろ今までの方向性でいいということなんだろう。

 となると。次回作は手で持って食べられるものにしよう。


 こうやって会話を重ねるごとに王弟殿下の好みを知って、それに沿うものを出すのが私の仕事だから。思っていた以上にやりがいがある上に、職場としても最高峰の場所で。

 なんだか恵まれすぎていて、いつか反動が来るんじゃないかと少しだけ不安になったりもするけれど。

 今はとりあえず、目の前のことに集中するのが先決だった。


「本日の紅茶は、チーズケーキに合わせてみました。酸味の強いケーキに仕上げてはいますが、軽い紅茶だとどうしてもケーキに負けてしまうので、少しだけクセのあるものを選んでいます。その分ラスクと合わせると紅茶が際立ってしまうかもしれませんが…」

「確かにこの二つであれば、どちらかに合わせるしかありませんね」

「なのでぜひ感想をお聞かせ願えませんか?今後のお菓子や紅茶の選択の参考にしたいので」

「なるほど、分かりました」


 実際まだまだ紅茶とお菓子のいい組み合わせを見つけるのは難しくて。私が作ってきたお菓子が特殊だからというのもあるけれど、今後はそういうことも考えて選んでみたい。

 今まではどっちかというと、お疲れの殿下のためにリラックス効果のあるものを選ぶことが多かったから。そろそろ新しい挑戦もしてみたいのだ。


「ん…?思ったよりも甘くはないな」


 なんてことを思いながらセルジオ様と会話を交わしていたら、いつの間にか殿下がチーズケーキに口をつけていて。

 というか、殿下……何のためらいもなくケーキを口に運びませんでしたか…?もう少しこう、迷うそぶりとかあるかと思ったのだけれど…。


「砂糖を大量に使うことに慣れていないので、まだこの程度の甘さですけれど…今後はもう少し改善をして――」

「いや、私はこのくらいで丁度いい。女性は違うのかもしれないが、普通男はあまり甘いものを大量には食べられないからな」

「そう、なのですか…?孤児院にいた子供たちは、男女関係なく甘いものに目がありませんでしたよ?」

「幼い頃はそうなのかもしれないが……セルジオ、お前は母上たちと同じように甘い菓子を食べ続けられるか?」

「いえ…流石に私も女性たちのようには…」

「と、いうわけだ。甘いものが好きな男もいるのだろうが、私もセルジオも、そして兄上も。女性たちと同じようには食べられない」

「なるほど……成人されると基本的に男性は、あまり甘味を好まなくなるのですね…」


 とはいえ。そう言いつつも少しずつ減っていくチーズケーキ。やっぱり酸味を強くしたのがよかったのか。

 でもいつもよりも進みが遅いのは事実。

 そして私たちの会話の間に、既にセルジオ様は一つぺろりと平らげていて。

 食べてはくれるけれど、そこまで好みではない、ということはよく分かった。

 というか、本人の口からそういう言葉が出てきたわけだから。今後も甘いものはあまり出さないように気を付けよう。


「ふむ、なるほど。確かにこの紅茶は少し癖があるな。こちらのラスクに合わせるには、カリーナの言った通り少し勝ちすぎる気がする」


 そう言いながらも、ゆっくりと食べ終わったチーズケーキとは違って着実に消えていくラスク。シンプルな味にしているはずなのに、そちらの方が進みが早いということは。もしかしたら本当は、無理をしてチーズケーキを食べてくれていた可能性もある。


 でもそれじゃあ、意味がない。


 私は王弟殿下のお茶くみ係だから。王弟殿下の好みを、誰よりもしっかりと把握しておかないといけない。

 だってお菓子は食事と違って、基本的に一品しか出さない嗜好品なのだから。


「紅茶との組み合わせはなかなかに難しいですね。同じ系統のお菓子で揃えないと、どうしてもどちらかに偏ってしまいますし…」

「とはいえ常に無難なものを合わせていてもな」

「変化がなくてつまらないですよね」


 それでも今のところ、紅茶はどれも問題がなさそうだから。もしかしたらセルジオ様が既に選んでくれているからかもしれないけれど。


 でも次はちゃんと殿下の好みに合わせて、甘くないお菓子を作ってこよう。それに合わせる紅茶も、どれがいいのかしっかり選んでこなくちゃ。


 ただの休憩時間ではなく、ちゃんとティータイムを殿下に楽しんでもらうために。




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