第3話 優雅なひと時を
二人に無言で見守られる中、ゆっくりとテーブルの上にティーカップを置く。カップがいくつかあったので、一応セルジオ様の分も注いでおいた。
「これでお茶の準備は整いました。さぁどうぞ」
一仕事終えた感覚で満足しながら促せば、顔を見合わせる二人。
え、何ですか?私何かしました?
「……とりあえず、先に毒見をしてもよろしいですか?」
「あ、あぁ……」
私は何も入れてないし、用意されたものを使っただけなんだけどね。
とはいえこれが普通なんだろうし、何よりその
セルジオ様は立ったままソーサーごとカップを持ち上げて、香りを嗅いでからゆっくりと紅茶を口に含む。
「っ…!?」
飲み込んだ後で驚いたような顔をしてカップの中身を見つめるセルジオ様に、私の方が何かあったのかとハラハラする。
もしかして、本当に毒でも入ってた…?
「セルジオ」
「ぁ、いえ。すみません、あまりにも上手く淹れられていたので、つい…」
疑問符もつけずに、ただ殿下が名前を呼んだだけ。ただそれだけで、セルジオ様の表情が戻った。
なんとなく、そこに二人の信頼関係を見たような気がしたのは、私の気のせいだったのかな…?
でもとりあえずは、何事もなかったようなので一安心。
「そもそもお前が戻ってくる前に、先に私がワゴンごと調べてある」
「またですか!?私が先に何もないことを確認した上でお持ちしているというのに、貴方という方は…」
「用心するに越したことはないだろう?……で?冷める前に飲んでもいいか?」
「はぁ~~……えぇ、どうぞ。あぁ、カリーナ嬢。とても美味しく淹れられていますよ」
そうセルジオ様に言われて、ようやく肩の力を抜ける。ある意味先生でもある相手からそう評価されるのは、素直に嬉しかった。
とはいえ、目の端には殿下がカップに口をつける姿が映っていて。殿下のお茶くみ係である私が気にしないといけないのは、セルジオ様ではなく殿下の方だから。まだ気は抜けない。
って、思ってたのに。
「ほぅ…なるほど、確かに。セルジオ、私はお前が入れた茶よりこちらの方が好みだ」
「えぇ、でしょうね。私自身、自分で淹れるよりもカリーナ嬢の淹れた紅茶の方が飲みたいですから」
え、そこまで評価される…!?流石にそれはちょっと褒めすぎじゃない…!?
嬉しいけど、なんか、こう……今後のプレッシャーが半端ない気がするのは、たぶん気のせいじゃないんだろうなぁ…。
というか…!!
「こ、紅茶もいいですが、お菓子を食べてください…!!」
そのために作ってきたのに、一緒に食べてくれなきゃ意味がない…!!一応それに合うように紅茶だって選んだんだから!!
「あぁ、そうだったな」
いやいや、何今思い出しましたみたいな言い方してるんですか!?作って来いって言ったのそっちでしょう!?
もうなんか本当に、貴族ってよくわかんない…。
「折角だ。セルジオ、お前も一つ試してみろ」
「よろしいのですか?」
「あぁ。先ほど茶葉を選んでいたようだったからな。菓子との相性というのもあるだろう?」
「……殿下、あまり進んで休憩して下さらない割には、そういうことにうるさいですよね…」
「一言余計だぞ」
「一言だけですか、そうですか」
そう言い合いながらもサブレに手を伸ばす二人の姿は、内容に似合わずとても優雅で。
なんというか……器用ですね。
それともあれかな?そのくらいのことができないと貴族ってやっていけないのかな?腹の探り合いとか凄そうだもんね。なんとなくの想像だけど。
あと割と殿下って人のこと観察してるんですね。いや、立場上そういうのが癖になってるとかなのかもしれないけど。茶葉を選んでいた理由も見透かされてるあたり、この人の前で下手なことは出来ないんだろうな。少なくとも、私程度の嘘は簡単に見破られそうだ。
「ふむ…」
「これは、また……」
何かを考え込むように一口かじったサブレを見つめる王弟殿下と、また驚いたような顔をしているセルジオ様。
「……」
「……」
「……」
あの……全員で沈黙って、結構つらいんですけど……。この空気、早くどうにかなりませんか…?
なんて目で訴えてみても、そもそも二人ともこちらを見てすらいないし。
そうかと思えば、手に持っていた残りをあっという間に平らげて。早くも次のサブレに手を伸ばす殿下。
えーっと……これは、お気に召してもらえたってこと、なのかな…?
気が付けば紅茶も残り僅かになっていて。ティーポットにはちゃんとティーコジーを被せておいたから、保温は出来ているし。一度それを外して、殿下の傍にティーポットを持って近づく。
「殿下、紅茶の追加はいかがですか?」
「ん?あぁ、貰おう」
「承知いたしました」
付け焼刃だけれど、言葉遣いはたぶんこれで間違っていないはず。あとはただ笑顔でいればいい。
シスターが言ってたからね!笑顔で仕事をするのが一番いいんだって!
最悪間違っていたら、きっとセルジオ様が教えてくれるし。というか、できれば後で大丈夫だったか聞きたい。偉い人と接する機会なんてなかったから、正解が分からないんですよ。
「それにしても、前のクッキーといい…野菜を使ったものが多いのか?」
「あのクッキーをお気に召したと聞いていたので、今回も似たようなものを作ってみたんですが……何か苦手なものとかありましたか?」
正直全く違う物でもいいかと思ったけれど、思いついたものは時間がかかったり材料が多かったりと色々と問題があったのと、何より紅茶の種類を覚えないといけなかったから。その中で新しいものを考えるよりは、せっかくだし気に入ってもらえたものを出した方がいいのかなと思った。
それにこれが一番、私らしいと言えるような気がしたから。
「いや。先ほどの赤っぽい色をしていたのはトマトだろう?そしてこれは…」
「緑色のものはそら豆のサブレです。黄色いのはカボチャのサブレ。どれも全てすりつぶして入れてあるので食感は残っていませんが、自然の甘味が紅茶と合うかと思いまして」
「なるほどな。種類が多くて面白いと思っていたが、確かにこれは紅茶の香りを邪魔せず、かと言って主張しなさすぎるわけでもない。絶妙だな」
「ありがとうございます」
よかった!私の選択は間違ってなかった!
実は砂糖を使ってないから、もしかしたら紅茶と合わせたら甘さが足りなかったりするかもしれないと思ってたけど。一応殿下の舌にも合ってたみたいで一安心。自分で紅茶と組み合わせて試食はしてみたけど、私は庶民舌だし。何より普段王弟殿下がどんなものをお茶請けにしているのか知らないから。貴族とかのお茶菓子って、お砂糖たっぷり使ってる気がするし。もしかしたら物足りなく感じるかもしれないとちょっと不安だったのが、殿下の言葉でようやく解消される。
に、しても……。
殿下って、本当に普段ちゃんと休憩取らないんですか?さっきから手、止まってませんよ?
なのに全然がっついているように見えないし、下品でもないし。それなりに食べてるし飲んでるはずなのに、本当にすごい。食べ方も飲み方もびっくりするぐらい綺麗で。
まさに優雅なひと時、と言ったところなんだろうな。
私はもちろん孤児院の子供たちも、シスターだってこんなに優雅に、綺麗な所作でお茶を楽しむことなんてできないだろうから。
でもそれが当然のように似合ってしまうのは、流石王弟殿下と言ったところなのか。見た目の良さも手伝って、一枚の絵のようにも見える。巷で流行ってる恋愛小説の挿絵とかにあったら、それ目当てで買う人もいそうなくらい。
「セルジオ、どうだ?」
「えぇ、これは……正直、全く新しい着眼点でした。野菜は料理に使うもので、こんな風に練り込むなど…」
「だが最初に私が食べたクッキーも、こんな風に野菜が練り込まれていた」
「あれは、その……野菜嫌いな子供たちでも食べられるようにと工夫した結果なので…」
そう。本来はお客様に出すようなものではなかったのだ。
しかもクッキーとは名ばかりで、実は少量のハチミツとサツマイモで甘さを補完しているだけのもの。バターだけは普段より多めに使っているけれど、それだってちょっとした特別感を出すためのもので。いつもはもっと薄く伸ばした生地を焼いているだけの、もはやビスケットと呼ぶべきお菓子ばかり。場合によってはハチミツすら入れないで、ただの野菜クラッカーになったりもする。でもそれはそれで、塩味がきいていて割と好まれたりするけれど。
「なるほど、クラッカーか。それはそれで面白そうだな」
「ただ紅茶に合うかとなると微妙かなと思います。上にフルーツやチーズを乗せれば少しは変わるかもしれませんけれど…」
「それはもはや紅茶というよりも、ワインの方が合いそうな組み合わせだな」
「なので既に成人されている殿下の休憩時間にお出しするには、いささか不適切なのではないかなと……」
「ははっ!確かにそうだな!執務の途中に酒が恋しくなっては困る」
困る、なんて言っているのに。なぜか楽しそうに笑っている王弟殿下。
何が面白かったのかは分からないけど、笑いをこらえようとしているのに出来なかったのか、口元を手で覆って横を向いているのに、小さく声が漏れていて。
「くくっ…不適切、か……ふふっ…」
あの、すみません。何がそんなにツボに入ったんですかね?
美形が笑う姿は眼福だけど、正直どう反応していいのか困る。
なのに。
「本当に面白い娘だな。気に入った。正式に私の側仕えとして申請しよう」
なんてあっさり言い放つものだから。もはや王弟殿下の判断基準が全く分からない。
まぁでも、これで正式採用ってことでいいのかな?だとすれば明日から本格的にお仕事開始?
その辺りはまた後でセルジオ様に確認しておこう。
こうして私のお城での生活は、本格的に始動することになったのだった。
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