第2話 手作りのお菓子
あれから数日、王弟殿下の側近であるセルジオ様にそれぞれの紅茶の美味しい淹れ方を教えてもらって。本日からようやくお仕事開始、らしい。
一応今日のお茶請けにと、お願いして用意してもらった材料で野菜のビスケットを作ってきた。セルジオ様には砂糖も用意できるって言われたんだけど、正直そんな高価なもの扱ったことないから勝手も分からなかったし。それは直接王弟殿下の好みを聞いてから勉強すればいいと思って、今回はお断りしておいた。
ちなみにあの日、私に王弟殿下の側仕えになるように強要…お願いしてきたのは、王弟殿下の側近のセルジオ・ベルティーニ様本人だった。
一応知らない相手なので色々質問してみたら、意外にも普通に答えてくれて。側近であり乳兄弟でもあるので、割と王弟殿下に色々と厳しく言える人らしいことが分かった。
殿下の従者になるべく育てられたことを誇りに思ってるらしいことと、必要ないのに二十二歳であることも教えてくれた。ちなみに王弟殿下は当然のことながら同い年なので二十二歳。確か国王陛下が今年で三十三歳だった気がするから、結構歳が離れてるんだなと思ったのは内緒。
「殿下、失礼いたします。セルジオです。本日より着任した側仕えをお連れしました」
「入れ」
仕事着だというお仕着せに着替えて、セルジオ様に連れられて王弟殿下の執務室へ。
っていうか、この服渡された時「とりあえず他の側仕えの予備を着て下さい。また後日、殿下から正式に認められてからちゃんとした採寸をしますので」って言われたんだけど。
もしかしてあれなの?側仕えって思っていた以上に待遇いい?
だってさ!この服だってびっくりするぐらい手触りも肌触りもいいし!!何より私、お城の中に個人の私室をもらえたんだけど!!
これって普通なの?それとも王弟殿下の側仕えだから、特別なのかな?
それすら私には分からなかったけれど、とりあえずキッチン付きの部屋だったのはもうあからさまだなって思った。ありがたいけど、明らかにお茶菓子を作って来いっていう圧力だよね、もはや。
なんてことを思い出しながら一歩足を踏み入れた先で。私は驚くほどの美青年を見てしまい、そのまま固まってしまう。
透けるような金の髪に、澄んだ淡いブルーの瞳。座っているから身長は分からないけれど、驚くほど整ったその顔はまるで芸術作品のようで。
セルジオ様も結構な美形だったけど、この人は別格だなと思った。
「殿下。一旦書類から目を離してください」
「関連書類だから、これだけ終わらせるまで待っていろ。あぁ、流石に女性は立たせたままにできないからな。そこに座って待っていてくれ」
それ、こっちを一切見もせずに言う言葉ですかね?
いやまぁ、女性を気遣えるのは流石だなとは思うけど。特に私、平民だし。
でも……。
なるほど確かにこれは……本の虫ならぬ仕事の虫?なんか違うなぁ…。でもセルジオ様が何としても休憩を取らせたいと思う理由は、一発で分かってしまった。
とはいえセルジオ様本人が諦めたようにため息を吐いているのに、私が口を挟めるわけもなく。とりあえず言われた通り座って待っているべきだろうかとセルジオ様の顔を窺えば、なぜか流れるようにエスコートされて。
何なの?貴族の男性はこれが必須なの?あまりにも自然すぎて、疑問にすら思わなかったよ?
あっけに取られているうちに、先に殿下の方が一区切りついたみたいで。
「すまない。待たせたな」
声をかけられて、初めてこちらを見られていたことに気づく。
しかもいつの間にか向かいのソファーに座っているし、その後ろにセルジオ様が立っていた。
「本当ですよ。予定はお伝えしておいたはずなのに、どうしてすぐに切り上げられそうなものを選ばなかったのか……」
「期限の問題だ。それに手早く終わりそうなものは昨日終わらせてしまっていたんだ。仕方ないだろう」
「だから予定をお伝えしているんですけれどね!?」
わぁ~……凄いなにこれ~…私完全に空気なんですけど~?
というか、セルジオ様すご~い。相手は王弟殿下だよ~?国王陛下の実のご兄弟だよ~?その相手にこれだけ言えるなんて、流石乳兄弟。
でもこれで聞いてくれるなら苦労してないんだろうな。なんかもう、ちょっとセルジオ様に同情したくなってきた。
「さて、一応自己紹介と行こうか」
二人の応酬を眺めながらどうでもいいことを考えていたら、いつの間にか決着がついていたらしい。片手で顔を覆っているセルジオ様の姿を見れば、内容を聞いていなくてもどちらが勝ったのかなんて一目瞭然だったけれど。
「私はアルフレッド・フォン・ドゥリチェーラ。職業ではないが、まぁ王弟なんてものをやっている」
「随分と雑な自己紹介ですね」
「私のことなど今更だろう?それともなんだ?年齢でも言えばいいのか?それともお前の紹介でもすればいいのか?」
「私は既に数日前に顔合わせを済ませておりますから」
雑と言えば雑だけど、まぁでも確かに王弟殿下の紹介とか本人からされなくても今更だし。顔を見たのは初めてだけど、この国の人間なら誰だって知ってるはずの名前だから。
あ。でも普通は名前で呼ばないけどね。だってこの国で王弟殿下って言ったら一人だけだし。
「カリーナ、だったか?」
「あ、はいっ、カリーナです!え、っと……十七歳です?」
突然名前を呼ばれて、つい反射で応えちゃったけど。それ以外に何を言えばいいのか分からなくて、とりあえず年齢を言っておく。
あぁ、うん。私も逆の意味で紹介するようなことはなかったな。だって私は何も持たない平民だから。王弟殿下にどんな自己紹介をするのが正しいのかなんて分からないし。
「成人は来年、だったな?」
「はい、そうです」
っていうか、なんで知ってるんですか?シスターに聞いたんですか?
あの人なら言いそうだからなぁ……私が働き口探してたのも、なんか普通に話してそうだし……。
「未成年の就労になるので、特別措置という形を取らせてもらっているが……一応、確認もしておきたい」
そう言って殿下が目を向けたのは、座った時にテーブルの上に置いたお菓子。流石にそのまま持ってくるわけにはいかなかったので、包めるような布を用意してもらって持ってきたけれど。
ちなみに作ってきたのは、野菜のサブレ。教会でシスターが出したのは、野菜嫌いの子でも食べられるようにって作った野菜入りのクッキーだったから。それに似た物を用意するのが一番いいかなと思ってこれにした。
「毒見は…」
「必要ない」
殿下が言い切った瞬間、ほんのわずかにセルジオ様が顔を歪めたけれど。どくみ、って…要はこのお菓子に毒が入ってないか確認する作業ってこと?
「え、っと……私が先に食べてみせましょうか?」
「いや、いい。そもそもお前の持ち物は全て調べてあるし、部屋にも誰も近づけさせていないからな。毒など持ちようはずがない」
「それはそう、ですけど……」
仮にも王弟殿下ほどの人が、そんなあっさり信用しちゃっていいんだろうか?いやまぁ、私が平民だからっていうのもあるんだろうけど。
「さて、何を作ってきたのか楽しみだな」
そう言いながら無造作に手を伸ばそうとするので。
「ちょっと待ってください!!」
「な、なんだ…?」
流石にここは止めるべきだろうと声を上げる。
そもそもこれはお茶菓子なのだ。紅茶と一緒に楽しむために作ってきたのに、肝心の紅茶がなくてどうするのか…!!
「せっかくなのでちゃんとしたティータイムにいたしましょう?セルジオ様、茶器はどちらにありますか?」
「え…?あ、あぁ……それでしたら、そのワゴンに本日分の茶葉を既に用意して…」
「ではお借りしますね」
部屋の隅に、場違いに思えるように置かれていると思っていたら。なるほど、既に運び込まれていたなんて。流石セルジオ様。用意周到だわ。
実は野菜のサブレにした理由はもう一つ。私が、茶葉を選べるとは限らないと思ったから。
だからなるべくシンプルなものにして、どんな茶葉にも合わせやすくかつ紅茶の香りをダメにしてしまわないお菓子を選んだ。
でもどうやら杞憂だったみたい。ワゴンの上にはたくさんの茶葉の缶が並べてあって、ブレンドすら手軽にできそうなほどだったから。
とはいえ、今日は初仕事だから。あまり挑戦はせずに、本当にシンプルに楽しんでもらえるように。香りや苦みの少ない、マイルドな茶葉を選んで淹れる。
それに。
これってたぶん、一種の試験のようなものなんだと思う。だってセルジオ様にお仕着せを渡された時「正式に認められたら」って言われたから。きっと私はまだ、側仕え(仮)みたいなものなんだろう。それならなおさら、ちゃんとした状態で決めて欲しいから。
初めて王弟殿下のために作った、私の手作りのお菓子。
気に入ってもらえるかどうかは分からないけど、それよりもまずはちゃんとティータイムを楽しんでもらわなくちゃ!
そう思いながら、私は高級そうなティーカップに紅茶を注ぐのだった。
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