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『ミッション3 チキチキ、チキンレース!』
そのタイトルを見て、僕はもう、このゲームの終わりが近いことを直感した。
よくあることだが、こう言う手作りのゲームでは、最初、作者は勢いだけで制作に取り掛かる。そして、何も考えずにミッション枠を四つ、見栄えのバランスが良いと言う理由だけで作ってしまう——いや、むしろ最初は八つくらいあったのかもしれない——。
で、すぐに後悔する。ミッション1の作り込みで、バリエーション豊富な吹き出し、キャラ配置、ランダム演出など、かなりの労力を使い込んだ、と僕は予想する。
毎度、全キャラ、セリフ、シーンまでを全て取っ替えてしまうなど、明らかにやり過ぎだ。ざっくばらんに言ってしまえば、ただのドット絵ミニゲームで、そこまでの労力は通常、かけないだろう。だって、単純な絵のキャラをサクサク動かして直感的に面白さを表現するゲーム性がモノを言うはずのミニゲームの世界で、肝心のゲーム性について言えば、このゲームは完全に落第点だ。
ミッション1は、上キーに指を置くだけ。また、ミッション2は、『く』の字が見えたらエンターキーを叩くだけ。
しかも、それなりに時間をかけて——そのほとんどは、やり直しによる『黒歴史』の再生と、『HQがNG』バグだが——開放したこのミッション3は、ただエンターキーを連打する、それだけのゲーム性で、たった一回でクリアすることが出来た。
ミッション3の画面は、運転席だった。画面左寄りに運転手と思われるキャラが配置されており、画面上部に『回送』と表示されていた。それがたまたまの演出なのか、或いはいつもミッション3は回送列車を対象としたゲームなのかは、もう分からない。後から気付いたのだが、このゲームは一度クリアしたゲームはもう一度遊ぶことが出来ない仕様らしく、ミッション選択画面上のクリア済みミッションは、薄暗くグレーアウトされてしまうのだ。
ともかくも、このゲームは簡単だった。
画面右端には、列車のブレーキメーターが表示されていて、僕がエンターキーを叩くと、そのブレーキメーターが、『0』になる。
この『0』になる、と言うのがポイントなのだが、普通『チキンレース』と聞けば、どこかギリギリのタイミングで、ブレーキを『かける』ものだと思うだろう。
だが、このゲームでは逆で、キーを叩くと、ブレーキが完全に『効かない』状態となる。
そのことに気づくのに数秒を要したものの、僕がブレーキメーターを『0』にする度に、運転手から飛び出る吹き出しに『アレ、ヤベ、ナニコレ』と言う響きが加わるので、とりあえず、僕は八本目の発泡酒を飲みながら、適当にエンターキーを連打して哀れな運転手のセリフを楽しんでいた。
『マジカヨ』『ホンブ、ホンブ、キンキュウジタイ、キンキュウ』『イヤ、チョ、チョイマ』『ブレーキガキカナイアリエナイナンダコレナンナンダヨフザッケンナヨオイチョイマッテレン、ウキャアアアアアアア』
最後は一瞬、列車の窓からバッテン表示の行き止まりが見えて、何の効果音もなく画面はブラックアウトした。しばらくして、例の『Mission Completed!」が静かに表示された。
結局、本当にそれだけだった。作りが段々雑になっている気がするのも、僕の興を大いに削いだ。
だが、一番このゲームで頭に来るのは、何と言っても”やたら待たされる”ことだろう。繰り返しの指摘となってしまい恐縮だが、このゲーム、クリアしても死んでも、どちらにしろキュピーンっ音響くタイトル画面に戻されてしまうのだ。
『ミッション4 B列車で行こう』
僕が最後の発泡酒に口をつけた頃、ようやくこのミッション表示を見た。
正直、うんざりとした。
ミッション3がブレーキを弄るのだから、どうせ、『B』は”暴走”の『B』なのだろう。中途半端に何かをオマージュしているこの作者の神経が、逆に僕の敏感な神経を逆撫でて来る気がした。
そして、このミッションを選択した僕は、ついにキーボードを放り投げることになった。
『HQサーバーは、メンテナンス中です。〜0:30-5:00〜』
こんな表示が出て、そのまま進行不能になってしまったのだ。しかも、何度再起動しても、この表示は変わることはなかった。
明滅するその冷たいゴシック文字表示に背を向けて、僕は一気に残りの発泡酒を煽ると、濁った呼気を一発、派手に中空へと放ち、そのまま薄い布団へ倒れ込んだのだった。
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