悪役令嬢忠臣蔵

銀星石

悪役令嬢忠臣蔵

 アサーノ公爵家の長女、ノーリ・アサーノは己が人生の終わりを悟った。


「これ、この通り、貴様がレイン・プラムに数々の嫌がらせをしたは明白! 貴族として恥を知るが良い!」


 ノーリを断罪するのは彼女の婚約者……いや、元婚約者のコズノ・キーラ第一王子であった。

 コズノ王子の主張は全くの誤りである。彼が用意した証拠は捏造されたもの。ノーリは貴族の誇りにかけてレインに対して嫌がらせなど一切していない。


 ノーリは陰謀によって無実の罪を着せられているのだ。

 おそらく黒幕は王子だろう。

 思い当たる節はいくらでもあった。

 本来貴族のみが通うエド魔法学園で、優秀な平民を取り込むために新設された特待生制度。それによって入学してきたレインはとても魅力的な少女で、コズノ王子は明らかに気がある様子だった。


 だがコズノ王子にはノーリという婚約者がいるのだ。

 ようは浮気を正当化するためにこの断罪の場を作り上げ、婚約破棄を通そうというのだ。

 無論、確固たる証拠はない。が、確信にいたる根拠はある。

 まず、被害者とされるレイン本人がこの場にいない。仮に彼女がこの場にいれば、自分は嫌がらせなど受けていないときっぱり証言するだろう。


「ノーリ! 何か申し開きはあるか!?」


 辛抱強く無実を主張し続ければ、潔白を証明できなくはないだろう。事実無根なのだから、コズノ王子の主張を覆せる可能性はある。

 だが、コズノ王子は浮気を通すためにここまでのことをしでかす男だ。自分が不利になれば、今度は「レインがノーリを陥れるために被害をでっち上げた」と新しい嘘を吐くだろう。


 何もかも三流の男だが、意外にも人を貶める才能がコズノ王子にはあったようだ。

 とにかくレインに害が及ばないようにしなければ。。身分は違えど、ノーリにとって彼女は親友なのだ。


「いいえ、何も有りません。此度の件、腹を切ってお詫びいたします」


 ノーリは腰の短剣を抜く。切腹用の短剣を肌見放さず持つのは身分に関わらず当然のマナーである。


「どなたか、介錯をお願いいたします」

「ならぬ! 苦痛にまみれて死ぬのがお前に与えられる罰だ。切腹を認めるだけでもありがたいと思え」


 なんと卑劣、なんと冷血。あろうことかコズノ王子は介錯を認めなかった。


「……わかりました」


 ノーリは覚悟を決めて、切腹する。

 自らの命が消えるのを感じつつ、ノーリの心にあったのは、今まで自分に尽くしてくれた47人のメイドたちであった。

 彼女たちならば、きっと自分の仇を取ってくれるとノーリは信じていた。



 ヨシフ・キーラ国王は友好国を訪問している最中であったが、魔法の水晶にて第二王子ヨシス・キーラからの火急の連絡が入った。


「愚かな……」


 コズノ王子が女を乗り換えるためだけに、婚約者のノーリに冤罪をかけたあげく介錯なしの切腹を強要。その話を聞いたヨシフ国王は一気に血の気が引けて気を失いかける。


『父上、お気を確かに』


 ヨシスの声にどうにか意識を保つ。


「一体アイツは何を考えているのだ。ノーリに仕えるメイドたちの正体があのアコー傭兵団であることは知っているはずなのに」

『10年前の大戦争で落ちぶれた敗残兵とお考えのようです。ですが、あの大戦争の最前線で戦って生き残った者たちです。我が国最強の47人と言っても過言ではないでしょう』


 事実、アコー傭兵団の活躍がなければ王国の今はない。


「ノーリとの婚約でアコー傭兵団の力を取り込めると思ったのに、あのバカ息子め」


 こうなってはアコー傭兵団の力は二度と借りれないだろう。それどころか、主の仇を討つために王族を一族郎党皆殺しにする危険すらある。


『して、兄上の対処はいががいたしますか?』

「直接は何もしない。コズノに罪があるのは明らかだが、さりとて王族が他人に冤罪をかぶせた事実を公にする訳にもいかん」

『正体不明の集団に第一王子を討ち取られる。そういうことですね?』

「そうだ。アコー傭兵団は、ノーリの葬儀が終われば動き出すだろう。それまでに、死なれては惜しい家臣を適当な理由をつけて王宮から遠ざけろ。もちろん、お前もだ」

『かしこまりました』


 水晶玉からヨシスの姿が消える。

 国王は深い溜め息をつきながら椅子に寄りかかった。

 幸いなのは第二王子のヨシスが齢十五でありながら、大人以上の利発さを持っていたことか。愚かな兄を反面教師にしてくれて本当に良かった。

 これを機にコズノ王子が死ねば色々都合が良い。

 もともと、コズノ王子は王の器ではなく、ヨシス王子のほうがふさわしい。しかし、王位継承権の序列を無視した後継者の指名はどうやっても軋轢が生まれる。


 今回の件は損ばかりだが、後腐れなく無くヨシス王子を後継者に指名できる点においては良いと言えよう。

 そんな己の思考に気づいた国王は、自分に嫌気が差した。

 民からは賢王と讃えられ、その期待に見合う働きはしてきたが、しかし父親としては三流以下であったと思い知らされる。



 クーラ・オーストンを始めとしたメイドたちは、ノーリの墓の前でアサーノ公爵といた。

 彼女たちは皆、武器を持っていた。

 剣、弓、槍、斧。どれも10年前の大戦争で使っていた武器だ。


「今この時を持って、私達は暇を頂戴いたします」

「ああ、構わない。後はもう好きにしたまえ。お前たちはもう、アサーノ家となんの縁もゆかりもない。私はもう少しここにいる」


 貴族、それも公爵ともなれば常に威厳を求められる。冤罪で娘が切腹させられてもなお、涙一滴すら許されないのだ。

 アサーノ公爵が一時だけただの父親になれるよう、クーラたちは早々にノーリの墓から立ち去った。

 アコー傭兵団は王都へ向かう。もちろん、悪逆非道のコズノ王子を討ち取るためだ。

 やがて王都を目前とした時、一人の少女が現れる。

 レイン・プラムであった。


「私もお供いたします」

「あなたを連れていけないわ」


 クーラは氷のように言い放った。


「なぜです!? 私はノーリ様と貴方達のおかげで、汚泥のように穢れた世界から救われました。今ここで恩を返さずして、いつ返すというのですか?!」


 レインは「それに」と言葉を続ける。


「私がいなければ、コズノ殿下は私に心変わりせず、ノーリ様も切腹せずに済んだはずです。私はコズノ殿下の首を討ち取るべきなのです。たとえ命と引換えでも!」

「だめよ!」


 クーラは厳しく言った。


「何があろうとも、あなたは生きなければならない。死ぬのは、あなたを助けたお嬢様に対する最悪の不義理!」

「で、ですが……」


 大恩ある御方のために何かをするべきというレインの気持ちを、クーラはよく分かっていた。それでも、彼女を連れていくわけにはいかないのだ。


「なら私と素手で戦って勝ったら連れていきます。みなさん、それでよろしいですね?」


 クーラは仲間のメイドたちに問う。反論は一切なかった。


「では、始めますよ」

「はい!」


 クーラは踏み込む。

 次の瞬間、すでに決着はついた。腹に拳を受けたレインは地面を転がる。


「これで分かったでしょう。私はアコー傭兵団の中で最弱、しかも格闘家というわけでもない。そんな私に殴り合いで負けるあなたは、ついてくれば必ず死ぬ。おとなしくしていなさい」

「うう……」


 悔しさのあまりレインはその場ではさめざめと涙をこぼす。

 クーラたちはそれに見向きもせず、王都を再び目指した。


「まさかクーラ団長が嘘をつくとはいませんでした」


 メイドの一人がクーラにささやく


「アコー傭兵団の団長が最弱のはず無いのに」

「ああ言わなければ、きっと納得しなかったでしょう。それに彼女は私達と同じように化粧をしていた。死ぬ覚悟というのは本気よ」


 もし戦いに破れて首を獲られれば、その顔は見苦しい土気色になるだろう。戦った相手にあまりに無礼。化粧は戦いに臨む者のマナーである。


「お嬢様をお守りできなかった挙げ句、レインも死なせるわけにはいかない」


 やがて彼女たちの前に王都の入り口とも言える大正門が見えてきた。

 闇夜に乗じて王都に潜入し、密かに王子の首を取ることもできた。

 しかしクーラたちはあえて正面突破を選んだ。

 いくらコズノ王子が悪党とはいえ、アコー傭兵団は王家に楯突く賊軍である。あえて賊軍となったからこそ、正々堂々と戦わねばならない。


「全員、突撃!」


 クーラの号令のもと、アコー傭兵団は一眼となって突撃する。


「敵襲!」


 兵士たちは即座に大正門を閉じた。それは先の大戦争でも無傷であった王都の守りの象徴でもある。

 しかしそれは敵が一人も王都にたどり着けなかったからである。それはアコー傭兵団が最前線で戦い続けたからだ。


 二人の斧を持ったメイドが大正門に斬りかかる。すると、王都中に響き渡る音を立てながら、巨人すら楽にくぐれる大門は薄板のごとくXの字に割破された。

 そのまま王宮へと続く大通りをアコー傭兵団は突き進む。

 武装したメイドたちの姿に、王都の住民たちはただならぬ事態であると悟り、みな家に閉じこもっていく。


「ええい、メイド姿の胡乱な逆賊め。王国の盾たるこの私がいる限り、ここより先は一歩も通さん!」


 剣と盾を持つ騎士が立ちはだかる。

 先頭を走るクーラが剣を抜き、肩に担ぐように構える。


「チェストォォォ!!」


 空気が震えるほどの気合とともに繰り出す唐竹割りを繰り出す。

 騎士は盾をかかげて防御するが、クーラの剣は盾と鎧ごと騎士を真っ二つに切り裂いた。

 この光景を見た新米の兵士や軟弱者は恐慌状態に陥り戦意喪失する。

 無論、そうはならぬ者もいた。彼らは戦意を喪失しないだけの胆力を持ち合わせていた。

 ただし”胆力だけ”の者たちでもあった。


 彼らが一撃を繰り出す前に、槍を持ったメイドがその穂先を横一文字に振るう。

 まるでシャンパンの栓を開けたがごとく、兵士達の首が飛び、血が吹き出す。常軌を逸したその光景は他の者達にさらなる恐怖をもたらす。

 敵を蹴散らし、アコー傭兵団は王宮内に突入する。


「撃てー!」


 待ち構えていたのは魔法使いたちだ。炎や冷気、雷の矢が雨のごとく降り注ぐ。

 彼らは賊を討ち取ったと早くも確信していた。魔力を丹念に練り上げた魔法はその全てが必殺。猪突猛進の猪メイドが防げるはずもないと。

 だが、無数の魔法は霧のように散った。

 メイドの一人が魔法を使ったのだ。あらゆる魔法を打ち消す、対抗の魔法を。


「対抗の魔法は何度も使えない! もう一度だ!」


 魔法使いの隊長が檄を飛ばし、部下たちが呪文を唱え始める。

 しかし最初とは別のメイドが、すかさず二度目の対抗の魔法を放って無力化した。


「そんな、馬鹿な!」


 先の大戦争で対抗の魔法を使える魔法使いは激減した。二人目がいると向こうは思わなかったのだろう。実際、王宮側の魔法使いのうち、対抗の魔法が使えるのは片手で数える程度だ。

 しかしアコー傭兵団の魔法使いは全員が対抗の魔法を使える。加えて無詠唱の瞬間発動すら可能だ。彼女たちが全員倒されない限り、敵の魔法は完封される。

 弓を持つメイドたちが矢を放つ。敵の魔法使いは単なる的に成り下がり、ハリネズミのごとく矢が突き刺さって絶命した。

 質が落ちているとクーラは思った。


 10年前の大戦争では、魔法しか使えない上に詠唱が必要な魔法使いなど案山子だ。無詠唱はできて当たり前、その上で対抗の魔法を想定し、魔法以外でも戦えるようになって魔法使いは一人前になるのだ。

 敵の魔法使いたちを一掃したアコー傭兵団は3つに別れた。王宮は3つの棟に分かれている。クーラは最も王子がいる可能性が高い中央棟へ向かった。



 この日、コズノ王子は舞踏会を計画していた。レインに求婚する場を演出するためだ。

 舞踏会にて平民の少女が王子に見初められる。愛を語る物語において王道の展開を現実にしてやろうとコズノ王子は考えていたのだ。

 そんな時、臣下から賊の襲撃の知らせを受けた。


「何ということだ! 父上が不在の時に押し入られるとは!」


 コズノ王子は狼狽していた。

 臣下からの報告によれば、王宮を守る騎士や兵士達はまるで相手にならないという。

 そもそも、最も強い騎士たちは護衛のために国王と一緒にいる。次に強い騎士たちも、急に体調を崩して王家の療養地へ向かった弟のヨシスを護衛している。


 今王宮にいるのは最低限一人前の実力を持った者たちのみなのだ。本来はそれで問題なかったはずだ。戦力の数は十分満たしているので、たった47人の賊などたやすく返り討ちにするどころか、そもそも王都に一歩も踏み入らせない。

 まさかアコー傭兵団がここまでとは。彼女らを運が少しばかり良いだけの者たちとしか思っていなかった。


「お困りのようですね」


 いつの間にか、不思議な雰囲気をまとった若い女が現れた。

 彼女はたまたまお忍びで王都を散策してたときに出会った占い師だった。


「貴様! 占い師ならなぜこの事が分からなかった!」


 がなりたてる王子を前にしても、占い師は涼し気な表情だった。


「確かに私は、予言の魔法を使って、平民のレインと結婚した王子が幸せになる未来を見ました」


 幸せになる。コズノ王子はそれを自分が王になれると解釈した。

 実のところ、父王を含め多くの者達が、賢いヨシス王子を次の王にしようと考えていた。

 そして自分はと言うと、先の大戦争から運良く生き残った時代遅れの戦力を得るために、ノーリと政略結婚させられる。

 我慢ならなかった。だから、それを覆せると分かってこの占い師の話に飛びついたのだ。


「そうだ。だからノーリを排除するために切腹に追い込んだ」

「それです。今の出来事はそれが原因なのです」

「どういうことだ」

「時の流れというものは些細な出来事が大きな変化をもたらすものです」

「つまりノーリの切腹がこの事態を生み出したと?」


 占い師は「そのとおりです」とうなずいた。


「ですがご安心ください。次の手はちゃんと用意しております。むしろ好機なのです。あのメイド共を返り討ちにすれば、殿下は最高にして最強の王となり、その栄光は未来永劫語られるでしょう」

「そうか! それは良かった。して、お前が用意した次の手はなんだ?」

「それはこちらでございます」



「団長! ここは任せてコズノ殿下の居室へ!」

「任せたわよ!」


 仲間たちに敵の対応を任せ、クーラは階段を駆け上がる。

 そして見えてきた扉を剣で細切れにして中に突入する。


「死ねー!」


 同時に中にいたコズノ王子が雄叫びを上げながら剣を振るってきた。

 クーラは出会い頭の一撃を受け止める。


「コズノ殿下! その首、貰い受ける!」

「一人で来たか! なら都合がいい。お前で鎧の試運転としよう」


 コズノ王子が身につけている鎧は、表面にびっしりと魔法の紋様が刻まれていた。なにか特別な力をもたらすのは間違いない。

 敵が魔法の鎧の力を発揮する前に倒す。そう心に決めたクーラはすかさず首を狙う!

 だが、コズノ王子は最小限のすり足で後退し、紙一重で避けた。

 クーラは違和感を覚えた。


 1ヶ月前、クーラはノーリとともにコズノ王子が剣の稽古をする姿を見たことがある。その時の彼の実力は、不向きとは言わないが才能があるわけでもないといった程度だった。

 だが、今の一撃を避けた動きは紛れもなく一流。


「みたか! これこそ私の切り札! これは身につけたものを最強の剣士に変える魔法の鎧! メイドの一人や二人、切り捨ててくれるわ!」


 コズノ王子が怒涛のごとく攻撃を繰り出す。知性の方は三流のままとはいえ、腕の方は一流の中の一流になっているのは間違いなかった。

 少なくともクーラよりは上だ。

 クーラは防御に徹する。


「どうしたどうした! 私の首を獲るんじゃなかったのか?」


 言葉の代わりに、クーラは救いようのない愚か者を見るような眼差しを返した。

 愚かさを体現するために生まれてきたような男でも、さすがに分かった。


「私を侮辱するな!」


 コズノ王子が渾身の力をこめて剣を振るうと、クーラの剣が真っ二つに折れた。


「はははは! 勝負あったな。だが降伏は認めない。私に逆らった愚かさを嫌というほど思い知らせてやる」


 そろそろだろうか。クーラがそう思った直後、まさに”その時”がやってきた。


『団長! 敵の魔法使いの内、対抗の魔法を使える者は全て倒しました』


 部下が伝心の魔法によるテレパシーを送ってきた。


「ご苦労さま」


 クーラは一言礼を言うと、折れた剣を投げ捨てる。

 そして手刀を構えた。


「素手でも戦う気概を見せるのは立派だが、剣を失った剣士など雑兵以下よ!」

「いつ、私が剣士だと言ったのかしら?」

「なに?」


 クーラの手刀に光が宿る。魔力の輝きだ。


「剣を使っていたのは、魔法を使うべき状況じゃなかったからよ」


 魔法使いが魔法で攻撃するのは、まず敵の対抗の魔法を封じてからが基本。


「私はね、魔法使いなのよ」


 クーラが輝く手刀を横一文字に振るう。


「チェストォォォ!!」


 コズノ王子は剣を立てて防御するが、クーラは剣もろとも彼の首を切断した!


「光の魔法:大切断の型。魔法の鎧がなければ、あなたごときには使わない魔法よ」


 クーラは床に転がるコズノ王子の首を掴むと、部屋を立ち去る。

 出てすぐの階段下では仲間が兵士達を足止めしていた。


「キーラ王国が第一王子、ここに討ち取ったり!!」


 クーラが首を高々と掲げると、兵士達は自分たちの決定的な敗北を知った。

 この一件により、王宮の兵士達には不可逆のメイドトラウマが植え付けられた。

 後に何人もの兵士達がメイドを見ると正気を失って嘔吐失禁し、中には危うく発狂死しかける者すら出る始末であった。

 そのため、女性使用人の制服はメイドを連想させないものへ改められた。



「だめだったわね」


 あそこまでお膳立てそておきながら負けるとは、やはり三流はどうやっても三流だと、占い師はコズノ王子を辛辣に評していた。

 王子様に見初められるという少女なら誰もが持っている夢。それを実現させるために、色々と動いていたが、あのアコー傭兵団とかいうメイド共のせいでせんぶ水の泡だ。


 結ばれるならやはり第一王子が一番良いと思ったのが良くなかった。

 しょせんは第一王位継承権を持つ以外はなんの取り柄もない、三流が服を着てるような男。ならば王子としての格は劣っても、男としての格が勝っている上に、まだ誰とも婚約していない第二王子ヨシスをあてがうべきだった。


 占い師はなにか思惑や見返りがあってこのような陰謀を企てたわけではない。

 白馬の王子が迎えに来るという少女の幻想。それを実現する使命が自分にあると本気で思い込んでいるに過ぎない。

 予言の魔法など存在しない。コズノ王子に語った言葉は全て彼女の妄想。


 彼女は狂っていた。


「やっぱり結婚相手ならヨシス王子よね。うんうん、そうと決まれば早速レインとくっつくよう頑張らないと」

「誰がそんなことを願った」


 影から音もなく現れたのはレインであった。


「一ヶ月前に現れたあなたは、私を幸せにすると言った。あなたの意図かさっぱり分からなかったけど、こんな事をするつもりだと気づいていたなら、あの場で殺しておくべきだった」


「どうしてそんな事を言うの? 王子様と結べばれるのは女の子全ての夢でしょう」

「それはあなたの妄想よ! そのせいで私はノーリ様を……親友を失った!」


 レインは怒りに満ちた眼差しを占い師に向ける。


「裏社会で暗殺者として育てられていた私を、ノーリ様は救ってくださった。私を平凡な女の子にしてくれた恩人を、あなたは死に追いやった!」

「なーんだ。あなたそういう生まれだったのね。じゃあもういらないわ、別の子を王子様と結婚させるから死んでちょうだい」


 占い師は狂った妄想家だが、少なくとも予言の魔法以外は本物の魔法使いだった。

 彼女は杖から火球を撃ち出してレインを殺そうとする。

 だが、魔法が発動する直前、小さな衝撃が占い師を襲う。


「え?」


 いつの間にか、胸に短剣が突き刺さっている。レインが投擲したのだ。

 占い師は糸が切れた操り人形のように倒れる。


「申し訳有りません、ノーリ様。私が人殺しをせずに済むようにした貴方のお気遣いを無下にしてしましました」


 それでも、アコー傭兵団がコズノ王子の首を獲ったように、レインも友の仇を討たずにはいられなかったのだ。



 コズノ王子を討ったメイド姿の賊は王宮から姿を消した。

 国王が友好国から帰国した後、即座に賊を捕らえるよう命じる。

 その数日後、森の奥深くで全員が切腹して息絶えている姿が発見された。


「と、いう話になっているよ。こちらが用意した新しい身分では、君たちは王族の別荘で働くメイドということになってる」


 ヨシス王子の前にいるのは、公の場では自害したとなってるアコー傭兵団が全員いた。


「よろしいのですか?」


 クーラが問わずにいられないのは当然だった。理由はどうあれ、王族の首をはねたのだ。


「いわば王家からの”お詫び”のようなものだよ。加えて、君たちの力を手放すのは惜しい。これは陛下もお認めになっている。有事の際は手を貸してもらうよ」


 それに、兄上は色々と面倒な人だったからね。とヨシス王子は心の中で付け加える。

 自分を差し置いて弟が王になったら、確実に何らかの妨害活動をコズノ王子は行っただろう。

 単にアコー傭兵団を取り込むためだけでなく、コズノ王子の見張り役としての役割もノーリに期待されていた。


 狂気に陥った占い師の戯言を鵜呑みにしたコズノ王子はとんでもない結果を残したが、因果応報で死んだのは国として都合が良かった。少なくとも、将来ヨシス王子が国王となった時の問題が事前に解消されたのだ。

 とはいえ、ヨシス王子にとっては望み通りの結果とは程遠い。最悪の展開の中でも、少しでも良しといえる欠片を拾い集めたに過ぎない。


「こんなことなら、彼女を兄上から奪えばよかった」

「ヨシス殿下?」

「いや、なんでも無い。忘れてほしい」


 失って初めてそれを欲していたと自覚した。

 ノーリほど素晴らしい女性はいないとヨシス王子は考えていた。恋していたのだ。

 こんな事になってしまうのなら、さまざま事情を無視してでもノーリを兄から奪えばよかった。


 人の世というものはこうもままならぬものなのかと、ヨシス王子は苦々しい思いであった。

 将来に王となれば、何もかもがままならず、その中で結果を残さねばならぬだろう。

 ヨシス王子は苦難の道を、なんの心の支えも無く進まねばならなかった。




※登場人物の名前は、忠臣蔵の関係者とその家族から取っています

ノーリ・アーサノ:浅野内匠頭の本名、浅野 長矩(あさの なが”のり”)

クーラ・オーストン:大石 内蔵助(おおいし ”くら”のすけ)

レイン・プラム:吉良上野介の妻、梅嶺院(ばい”れいいん”)

コズノ・キーラ:吉良上野介(きら”こうずけの”すけ)

ヨシフ・キーラ:吉良上野介の父、吉良 義冬(きら ”よしふ”ゆ)

ヨシス・キーラ:吉良上野介の弟、東条 義叔(とうじょう ”よしす”え)

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