変化27.ちょっと恥ずかしい朝

「いただきます」


「めしあがれ」


 僕等は手を合わせて、テーブルの上に置かれた朝食を二人でいただいていた。


 シャワーを浴びている間に、僕が準備したものだ。


 佐久間さんは今、僕のTシャツを着ている。


 下着類はさっき僕がコンビニにダッシュして買ってきたものだ。


 上下はともかく、下着の着換えとか全く無かった状態なので、コンビニで必要そうなものをカゴに入れレジに持っていく。


 昨日の様なごまかしは何もしない。


 これが童貞を卒業したという事なのだろうか。自分でも驚くほど調子に乗っている気がする。自信に満ちているとも言える。


 確かに高校の時に初体験を済ませた奴らが物凄いイキるはずだよ。この気分を知ってるんだもん。ズルいよな。


 だけどまぁ、僕が調子にのれたのはここまでだった。


 カゴに入れた女性用の下着やらなにやらを、女性の店員さんがレジを通したからだ。


 なんか不審者を見る目で見られて気がして、一気に僕の中で調子に乗っていた熱が冷めていくのを感じていた。


 ちょうど女性しかいなかったから仕方ない。いや、男性でも変な目で見られたかもしれない。


 そのおかげで冷静になれた僕は、戻って朝食の支度を整えて今に至る。


「タケシ……着換えありがとね。下着のお金、後で渡すね」


「いや、気にしないでよ。コンビニの安いのだし、その……僕のせいでもあるわけだし」


「あと……ベッド汚しちゃってごめんね」


「それはもっと気にしないで」


 なんか、一夜明けてもっと親密になれるというか、イチャイチャする空気になるかと思ってたんだけど……。


 なんだか、佐久間さんと付き合いたての頃に戻ったみたいだ。目が合うと佐久間さんは顔を真っ赤にするし、僕の頬も自然と熱くなってしまう。


 なんか気のきいたことでも言いたい……何か話題……話題は……。


「えっと……昨日の霧華凄かったね。あれがお姉さんから教えてもらったこと?」


 思わず言ってしまったのはそんな言葉だ。


 ……僕は馬鹿か? いや、馬鹿だ。


 佐久間さんが真っ赤になって箸を止めてしまったじゃないか。


「ごめん、今の無し。デリカシーないこと言った」


「いや、良いよその……。えっとさ……ちょっと聞きたかったんだけど……」


「ん? 何?」


「タケシはその……気持ち良かった?」


 僕は思わず口の中に入っている水を吹き出しそうになる。予想外のその言葉に頭の疑問符が止まらなかった。


「え、いやその……なんで?」


「その、色々と上手くいったからその……タケシには喜んでもらえたかなぁって思って」


 ちょっとだけぎこちなく笑って、彼女はお腹の辺りを手でさする。


 ちょっとだけその仕草にドキリとしていると、佐久間さんは言葉を続ける。


「ウチはすっごい痛かった……今もなんか異物感って言うか……挟まってる感じがして上手く歩けないし……」


 男の僕には分からない感覚だけど、確かに彼女は辛そうにしている。


 これはなんだろうか、謝るのも違う気がするし、なんて言えばいいんだろうか。


 困っている僕に、彼女はクスリと微笑んでくれた。


「あのね、タケシと繋がれたのは嬉しいんだよ。だからそんな辛そうな顔しないで」


「そうなの? じゃあなんでいきなりそんなこと聞いて来たのさ」


「今になってすっごい恥ずかしさがこみあげて来たの。だからせめて、タケシが気持ち良かったならシタかいがあったなぁって……」


 彼女はそこまで言うと、下を向いて顔を真っ赤にしてしまう。最後の言葉は消え入りそうになっている。


 僕も恥ずかしいけど……。


「うん、霧華が辛そうなのにこう言って申し訳ないけど気持ち良かったよ……いや、ほんと痛そうにしているのに申し訳ないんだけど、僕は大丈夫だった。ホントにごめんって感じなんだけど」


 佐久間さんが聞きたいなら答えるしかない。彼女は痛みと不安と羞恥、色んな感情が混じっているんだろう。僕もそうだ。


 それに僕等はすれ違いが続いていたんだ。


 せっかく繋がれたのに、下手に嘘を吐いてすれ違うのは嫌だしね。だからもう正直に、素直に行こうと思う。


 鈍感系はもう卒業と言うか……なしだ。


 僕は自身の言葉に頬を染めて、僕の言葉に佐久間さんも頬をさらに薔薇色に染める。だけど、彼女は胸に手を当てながら大きく息を吐いた。


「良かったぁ……タケシが嫌だったらどうしようかと思って不安だったんだ」


「凄くビックリはしたけどね……。お姉さん達にどう教えてもらったのか知りたくなっちゃったよ」


「アハハ、いやー……ちょっと男の子には言えないかも……。もうね、女子同士の下ネタってどぎついよ……男子よりよっぽど」


 それは……ちょっと聞きたくないかもしれない。


「それで? 今日はどうしようか」


「んー……ちょっと今日一日は歩きづらいからさ、おうちデートしようよ。映画でも見てさ」


 確かに、ひょこひょこ今も辛そうに歩いている佐久間さんの事を考えると今日は移動しない方が良さそうだ。


「それじゃ、今日は映画でも見ながら一日のんびりしようか。なんかリクエストある?」


「うん、ありがと。タケシが最近面白いと思ったアニメみたいな。ウチもご無沙汰だし」


「アニメかぁ。そういえば昔はよく一緒に見たよね。それじゃ適当にネット契約しているのを……」


「あ、そうだタケシ……お願いがあるんだけどさ」


 佐久間さんは両手を合わせながら、僕に対して上目遣いで申し訳なさそうな視線を送ってきた。


「歩くの辛いから今日も泊めて欲しんだけど……痛いからエッチは無しでも良い……?」


「いや、霧華が辛いなら無理にはしないよ? そんなガッつくと思われてるの僕……。」


「違うの!! タケシがガッカリしたら嫌だから先に言っとこうと思っただけ」


 なんだか変な心配をお互いにしていた僕等は、目を合わせて思わず吹き出してしまった。


 今日、久しぶりの心からの笑顔だった。

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