変化23.リラックスタイム

「あ~……いい湯だなぁ……」


 和也が帰り、僕は今1人風呂に入っていた。暖かいお湯が身体に染み渡り、疲れが湯の中に流れ出る様なか感覚だ。


 今日は走ったりおんぶしたりと普段使わない筋肉を沢山使ったからなぁ……。


 明日筋肉痛にならないように、よく揉んでおかないと。


「霧華さん……いや、えっと……霧華は大丈夫かなぁ。足痛いだろうに」


 僕はあえて独り言を口にする。


 こうやって言葉にしないと、何と言うか慣れないからだ。とりあえず風呂場でなるべく彼女の名前を連呼して自分の中に刷り込んでいく。


「先に入って良いって言ったのに。僕に譲るなんて……自分も疲れているだろうに」


 いま彼女は、僕の部屋で洗い物をしてくれている。その間にお風呂に入っててと言われて、僕は彼女の厚意に甘えることにした。


 本当は僕が洗い物してる間に、佐久間さんにはお風呂に入ってもらおうと思ってたんだけど、それは固辞されてしまった。


 色々と迷惑をかけてしまったお詫びだとか。


 気にしなくてもいいのに……と思いつつ、こういう時の彼女は頑として譲らないのは知っていたので僕は素直に従った。


 本当に思い込んだら一直線、努力一直線だ。


 そして僕は湯船の中で……和也の言葉を反芻していた。


『今夜キメろよ』


 あいつ、何を考えてるんだ……。そんなこと言われたら意識しちまうだろうが。いや、それが狙いなんだろうけど。


「はぁ……霧華が泊まってくから余計に意識してしまう……」


 今日は僕の家に泊る……という事は向こうのご両親に報告済みだ。会ったことのあるお母さんには「娘をよろしくね」と一言だけいただいた。


 もう大学生だし、その辺りは自己責任、大人の考えでやる様にという圧も若干感じられた。


 そうだ、大人の判断をしないと。


「そういえば、霧華ってパジャマなんだろうか。僕のパジャマで良いのかな?」


「それでいいよ、パジャマ数着持ってるんでしょ?」


「うん、一応ね。三着はあったはずだし、洗濯はまめにしてるから……」


 あれ? なんかやけに近くから佐久間さんの声が……。


「どう? お風呂気持ちいい?」


 僕は慌てて視線をドアの方向へ向けると、そこには一人の女性のシルエットが映し出されていた。


 明らかに、佐久間さんのシルエットである。


「き……霧華さ……じゃなかった、霧華、もう洗い物終わったの?」


「うん。そんなに洗い物は無かったからさ。もう終わったよ。バスタオルとパジャマ忘れたでしょ? 持ってきたよ」


 彼女が何か抱えていたものを置く様子が影で分かった。


 そういえば、慌ててたからバスタオル持ってこなかったっけ……。危うく全裸で佐久間さんの前に出るところだった。


 そう思っていたら、不意に衣擦れの音が耳に聞こえてきた。


 スル……シュル……シャッ……。


 そんな風に、ゆっくりとした衣擦れの音が彼女の動くシルエットに合わせて聞こえてくる。


 時には両手を上げて、時には屈んでから片足を上げて。


 それらの動作が全て、スリガラスの向こうでぼんやりとシルエットだけで見えている。


「き……霧華?」


 彼女は僕の言葉には答えず、全ての動作を終えた後は風呂のドアの前に立っていた。


 微妙に肌色と白のシルエットが見え隠れしている。


 えっと……まさか……。


 そのまま、風呂のノブがゆっくりと回される。金属音が鳴り、そのまま扉は音もなく開いていった。


 そして……タオルを身体に巻き付けた佐久間さんがおずおずとゆっくり風呂場に入ってきた。


 僕は何も言えない、かろうじてできたのは、その姿を見てゴクリと唾を飲み込むことくらいだ。


 大事な部分のみをタオルで隠した彼女が、上目遣いで僕にお伺いを立ててくる。


「あのさ……一緒にお風呂……入ってもいいかな?」


 もう入ってきている彼女を前に、僕はダメだとは言えなかった。

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