変化22.一人称への疑問
「そういえばさぁ、タケシってなんで西園クンの前でだけ『俺』って言ってるの?」
三人で夕食を取っている際に、佐久間さんがそんなことを言い出した。
あの後、二人で食ってくれと去ろうとする和也を僕等は引き留めて一緒に夕食をとることにした。
と言うか、帰り際に物凄い爆音の様な腹の虫を鳴らしておいては帰せなかった。
聞けば何も食わないで準備をしていたのだとか。……本当に申し訳ない。
「俺は逆に、剛司が『僕』って言ってることに驚きだったけどな。大学ではずっと俺だったし。佐久間さんの前では僕だったの?」
「あー、そうなんだ。なんか違和感あったんだよね。タケシ、なんで一人称変えちゃったの?」
そう思っていたんだけど、余計なことを言われてしまった。
いやまぁ、その辺は大した理由は無いんだけどね。
「何と言うか……ただの大学デビューなんだよね。ほら、いつまでも一人称が僕のままだと情けなく見えるというか、霧華さんに再会した時にこう……頼れる様にって」
「惚れた女の為ってことか。カッコいいじゃん」
「茶化すなよ和也。まぁ、何と言うか……霧華さんが変わったインパクトに負けて、結局は霧華さんの前だと僕のままなんだけどね」
「えー……まーたウチのせいかー……凹むー……」
彼女は野菜を口に運びながら、しゅんと気落ちしてしまったように肩を落とす。
「いや、霧華さんのせいじゃないよ。僕が……」
「剛司さぁ、また僕になってるぞー。せめて俺って言ってあげれば? その方が佐久間さんも嬉しいんじゃないか?」
「……そうなの? 別に僕のままでも」
「少女漫画だと、彼氏が自分にだけ見せてくれる姿とか、今までと違う姿ににキュンとするらしいぞ。試してやってもいいんじゃないの?」
少女漫画の知識かい。僕、少女漫画は読まないからなぁ。こいつホントになんても読んでるな。
あ、でもなんか佐久間さんが凄い期待した目で僕を見てきている。
心なしか犬耳とブンブン振る尻尾が見える気がする。幻覚かな?
でも……俺ってのはもう和也相手に言ってるから、特別感は無くないかなぁ? 佐久間さん相手にだけ使える特別感のある事……。
なーんかあるかなー。……あ、そうだ。
「……霧華、今日はこの後どうする?」
「!!」
いっつも「さん」付けだったから、これならどうだろうか?
僕が初めてしてみた呼び捨てに、佐久間さんは目を見開いて驚いていた。彼女は両手を口元に当てて、唇を隠す。
なんか和也も滅茶苦茶に頷いている。どうやら考えてやってみたことは正解だったかな。
「それじゃあ、だいぶ腹も膨れたし俺は帰るかな」
唐突に和也は立ち上がった。
「あ、おい。突然だな、まだ材料残ってるぞ? 少し持って帰れよ。お前が買ってくれたんだろ」
「あー……そうだな。次来た時に貰ってくから冷蔵庫にでも入れといてくれ」
「そうか? まぁ、じゃあお言葉に甘えるけど……。ほんと今日は悪かったな」
「気にするな。俺とお前の仲だ。いつも飯食わしてくれてる礼だと思ってくれ」
僕と佐久間さんは帰る和也を見送るんだけど、その時に和也は僕の手に肩を置いて、僕だけに聞こえる声で耳打ちしてきた。
「……頑張れよ」
「え?」
「今夜、キメちまえ」
それだけ言うと、和也は爽やかな笑顔を残して去っていった。佐久間さんは何度も和也にお辞儀して、僕は言われたその言葉に呆ける。
キメちまえとな。
何をキメろと? いや、理解してる。和也が言っていることは理解できている。
でも急すぎる。今日はいろんなことがありすぎてクタクタだし……。いや、言い訳かこれは?
僕と佐久間さんはお互いをチラッと視線を交差させると、パッと顔を外してしまった。
何だこの、付き合いたての頃みたいな感じは。
「霧華さん、今日はこれから……」
「……」
「えっと……霧華さん?」
「……」
あー……これは……。
「霧華、今日はどうする?」
僕がそう呼ぶと、彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべる。やっぱり、これからは呼び捨てをデフォにしないとダメそうだ。
あー……可愛いなぁホント。
「今日さ……泊まってっていい?」
そんな風に和んでいた僕の耳に、彼女の呟きが聞こえてくる。
それが何を意味するのか……流石に理解できない僕ではなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます