変化21.帰宅すると
彼女をおんぶする。
何と言うか、漫画とかのシチュエーションではよくあるものである。
疲れ切った彼女をおんぶして帰宅とか、傷だらけになりながらライバルをおんぶして帰還とか、けっこう憧れのシチュエーションだった。
それもあって、佐久間さんに頼まれたからやってみた。
最初のうちはあちこち柔らかいし、手に乗っかってくる感触とかなんか柔らかいのに弾力があるし、とっても良い匂いがするし良いなと思ってたんだけど。
実際にこう……あれだね、これやってみると、意外と疲れる。
しかも結構な距離を僕等は走ってきてたから、家まで遠いんだよ。腕が割と限界だよ。
途中、そのことに気づいた佐久間さんが「大丈夫?」って聞いてきたけど、そこはもう男の意地で大丈夫と押し通した。
あと、途中で目撃されたご近所さんにも挨拶した。
「あらあら、仲直りできたのねぇ。よかったわぁ……。いいわねぇ、おんぶ」
「ママー、あたしもおねーちゃんみたいにおんぶーしてー」
「はいはい、甘えん坊さんねぇ」
娘さんとお母さんのそんなやり取りをみてほっこりしつつ、とりあえず僕等は帰宅することができた。
和也には色々と悪いことをしたよなぁ……。俺等のごたごたに巻き込んでしまって。
せめて、今日の晩飯とか奢って謝罪の意を示そう。
そうしよう。さすがにお腹もペコペコだ。佐久間さんも今日はクタクタだろうし、僕が作ろうかな。
「家の灯り……ついてるな。和也たぶん、留守番してくれてるはずだからお礼しないとな」
「西園クン、良い人だね。タケシも良い友達持ったんだね」
「まぁいい奴だよ。時々飯をたかりに来るけど、それも含めて良い奴だと思う」
家の玄関前まで到着したところで、おんぶされていた佐久間さんは僕の背から降りた。さすがにこのままだと色々ときついからね。ドア開けられないし。
おおう、これまで気合で耐えて来たけれど腕がプルプルしてる。
と言うかさり気なく膝も笑ってる気がする。
「だ……大丈夫タケシ? 腕と足が震えてるよ……?」
「ちょっと休み休みとはいえ……流石にずっとおんぶはきつかったみたい……」
「途中でおろしても良かったのに……」
「いやほら、靴無かったからそういうわけにも……とりあえず、入ろうか」
扉に鍵はかかっておらず、そのまま僕等は家の中に入る。ただいまと声をかけるのだけど、中から反応は特になかった。
あれ? 和也のやつ帰っちゃったのかな……? いや、鍵空いてたからいるとは思うんだけど……。。
それからリビングの扉を開くと……。なんとそこには正座した和也が居た。
「えっと……和也? どしたお前?」
イケメンの正座ってなんか怖いんだけど。……マジでどうしたお前?
和也はその鋭い目を限界まで開くと僕と佐久間さんに対して一度視線を向け、それから頭を深々と下げた。
それは、土下座の姿勢だった。
あまりにも綺麗な所作であり、礼儀作法に則ったようなその動きに僕も佐久間さんも我を忘れて見惚れてしまっていた。
それくらい、見事な土下座だった。
「この度は俺の不用意な発言で、二人に対して非常に申し訳ないことをした。仲良く戻ってきてくれたようで安心はしたが、どうしても謝罪したく……」
「待て待て待て待て和也!! 友達の土下座とか見たくないから頭を上げてくれ!!」
「そうだよ西園クン!! それに結果的に見れば西園クンのおかげでウチ等はもう大丈夫なんだよ!!」
長々と謝罪の口上を述べる和也に、僕等は慌ててしまい、頭を上げてくれないかと懇願した。
それから和也はゆっくりと頭を上げる。
「本当に申し訳ない」
「和也……それは違う。悪かったのは俺だ。お前が謝ることは何もないんだ」
「……そう言ってくれて助かる。これで二人が別れるなんてことになってたら、俺は腹を切って詫びなければならないところだった」
いつの時代の人間だお前は。そんなことされても僕は全然嬉しくないぞ。
「それでな、俺はお前等に詫びをしようと思ってだな……。夕食の準備をしたのだよ」
「は?」
「風呂の準備もしておいた。疲れて帰ってくると思ってな、一番風呂に入ってくれ」
「え?」
和也のその行動に僕も佐久間さんも二の句が出ないくらい驚いてしまった。
「いや、和也……気にし過ぎだよ……。と言うかお前、金ないだろ? 飯の準備って……」
「あぁ……色々と断捨離してグッズをアニメショップに売ってきたからな……」
「そこまでするなよ!! 俺の方が申し訳なくなるわ!!」
そこまで考えてくれるのはありがたいけど、お前の気持ちが重すぎる。
「大丈夫だ、売ってきたのは布教用に買っていたものだからな……ダメージは軽微だ……」
「なら良いけどよ……いや、もうそこまでするなよ? 俺と霧華さんはもう大丈夫だから」
「あぁ、見たら分かるよ。とりあえず予算の都合で豚肉での焼き肉だけど、食べよう」
そこで初めてテーブルの上へと視線を移すと、そこには肉と野菜、それとホットプレートが用意されていた。
ホットプレートなんて俺は持ってないから、これはこいつの私物だろう。
「西園クン……えっと……ありがと。でも、そんな無理したらダメだよ?」
佐久間さんもさすがに……かなり申し訳なさそうな表情を浮かべていた。だけど当の和也はスッキリとした笑顔だ。
「大丈夫だよ佐久間さん。売ったのは剛司に布教しようと思っていた秘蔵のものだったので」
「そっか……。あ! じゃあ今度お礼にさ、私の大学の友達と合コンとか……興味ないか西園クンは」
「あぁ、俺の嫁は既に胸にいるからな。三次元女子に興味は無い」
ほんのちょっとだけ肩を落とした佐久間さんが可笑しくて、俺は笑ってしまった。
いやでもほんと、和也にはこの借りはどこかで返さないとなぁ。
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