変化20.これから
「あー……全部話してスッキリしたー。溜めてたものは発散してスッキリしないとダメだねぇやっぱり」
「まーたそういう言い方する」
「しまった、つい……。お姉ちゃんとの猛特訓でクセになっちゃったんだよねぇ、思わせぶりな言い方」
なんともはた迷惑なクセである。それも男を惑わすテクニックと言うやつなんだろうか。
でも本当に、佐久間さんは本当にスッキリとした顔をしている。
これで、お互いに誤解に誤解を重ねていたものは解消したと思う。
「そういえばさ、最初にダンボールを見つけた時になんで聞いてくれなかったの?」
実はちょっと疑問だったことだ。彼女の性格を考えれば、見つけて即座に聞いてきそうなものなのに。
「うーん……一つはほら、ウチらってさその……初体験……失敗しちゃってるじゃない?」
「あ……あぁ、うん。真昼間からする話じゃないけど……そうだね」
それは僕にとっても、佐久間さんにとっても苦い記憶である。いや、まぁ、お互いにさらけ出し合った良い思い出でもあるんだけど……。
「だから、タケシはほら。ギャルに興奮するのかなってその時思ったの」
「それで内緒でギャルになろうと……?」
「うん。そしてもう一つはたぶん、お姉ちゃんへのコンプレックス」
コンプレックス
佐久間さんから初めてそんな言葉を聞いた。僕はともかく、彼女はそんなコンプレックスなんて持ってないように見えていたからだ。
優しくて、朗らかで、いつも笑顔を絶やさない彼女だけど……そのことに気づかなかったという点でなんだか情けなく感じてしまう。
「なんでタケシが落ち込むのさー」
「いや、彼氏としてそういうのを知らなかったのはちょっと落ち込むかなって」
「気づかないのも無理ないよー。私だって、お姉ちゃんと久々に会って初めて気づいたし」
「……そうなの?」
佐久間さんは僕に優しい笑みを向けてくれた。
「たぶん、ウチはお姉ちゃんみたいになりたかったんだなって」
「えっとそれは……お姉さんみたくエッチになりたいとかそういう……?」
「なんでそうなるのよ、タケシのエッチ!! そうじゃなくて、自由で、綺麗で、カッコよくて……。私とは真逆な部分! そこにきっと憧れてたの!!」
頬をぷくーッと膨らませて彼女は分かりやすく怒った表情を作る。だけど、そこまで大きく怒ってはいないのは明白だ。
「だからほら、いつかはタケシにお姉ちゃんを紹介したらさ、タケシをお姉ちゃんに取られるんじゃ……みたいな心配もあったんだよね」
いや、仮に僕がギャル好きだったとしても人妻に手は絶対に出さないでしょ。……人妻なんだよね? 子供いるんだし?
「お姉さん結婚してるんでしょ? 子どもいるのに、そういうことしちゃう人なの?」
「お姉ちゃんはもう男遊びはしないで、旦那さん一筋だよ。知識は豊富だけど。タケシがお姉ちゃん好きになっちゃったらショックじゃない? あぁ、敵わないんだなってなっちゃうじゃない?」
あぁ、なるほど。彼女が心配したのはお姉さんの行動じゃなくて、僕の心変わりか。
信用が無いとかじゃなく、確かに初体験失敗からのダンボール内にギャル物コンボだとそうなるか……。
「何と言うか……二年以上付き合ってても、言葉が足りなすぎるとすれ違うもんなんだね……」
「だねー……ほんとに今回は実感したよー……。話し合い大事だねぇ……」
僕等はお互いにため息を全く同時につく。なんだかそれが可笑しくて、少しだけ口の中で笑ってしまった。
「……お姉ちゃんには感謝してる」
「それは、ギャルにしてもらったこと?」
「それもあるけどね、実はギャルになりたいって言った時『やるなら練習だけで、私みたいに男相手にして経験だけは積むなよ』って強く言われたの」
「それは……ほんとに良かったよ……。いや、マジで男相手に経験をとか落ち込むどころじゃ無い……」
「まぁ、タケシ以外とそういうことするのは気持ち悪かったから素直に聞いたけど……。お姉ちゃんいないでギャルになろうとしてた事を考えたらちょっと……ゾッとするかな?」
それは僕もゾッとする。正直、お姉さんがいてくれて良かったと思う。
それから彼女は、ピッタリと僕にくっついてきた。
「……色々教わったからさ? お姉ちゃん達直伝の技いっぱいだから楽しみにしててよね?」
まるで天使のような笑顔で、刺激的なことを言ってくる彼女に僕の顔は一気に熱を持つ。
真っ赤になった僕を彼女は楽しそうに笑いながら見つめてきた。
だけどそれも一瞬で、彼女はすぐに真顔になった。
「……ねぇ、平気?」
「へ?」
「ギャル苦手なんだよね? こうやって迫っても……平気かな?」
あぁ、そうか。佐久間さんはそれを気にしてたのか。うん、こうやって迫られても不思議と平気だ。
嫌悪感も、忌避感も、恐怖感も起きない。
「大丈夫だよ、霧華さんなら平気だ」
「そっか、良かった。じゃあ私さ……このままギャル続けても良いかな?」
「良いよ」
僕の即答に、彼女は目を丸くして驚いていた。僕が驚かされっぱなしだったから、ちょっとだけそれを返せた気分だ。
ちょっと予想してたんだよね。お姉さんに憧れてたって話を聞いた時に。
きっと佐久間さんはそう言うんじゃないかって。
「良いの?」
「良いよ」
「……ありがと」
それだけやり取りすると、彼女はまた僕にピッタリとくっついてきた。しばらく僕等はそのままくっついて、静かで穏やかな時間を楽しんだ。
「そろそろもどろっか。和也のやつ、置いてきちまったし」
「あ、そだね。西園クン……お詫びしないと」
「まぁ、あいつの事だから飯奢れば許してくれるとは思うけど」
そう言って僕は立ち上がったけど、佐久間さんは立ち上がらなかった。不思議に思っていると、彼女は貸した僕の靴を脱いでいた。
「タケシの靴、おっきいからブカブカで歩きにくいなぁ~……でも足痛いから歩けないなぁ……」
チラチラと僕を見ながら、彼女はその両手を伸ばして来ていた。
あぁ、もう。コレってそういう事だよね。
「おんぶしてほしいって事?」
「うん!」
まぁ、確かに。慣れない靴で歩くよりはと思うけど……この年でおんぶはちょっと……。
だけど佐久間さんは頑として譲ら無さそうだ。
「じゃあほら、背中に乗って」
僕は自分の靴を履くと、嬉しそうな彼女をおぶった。
背中やら掌やらに柔らかい感触が沢山感じられて、少しドギマギしながらも僕等は帰路につくことにした。
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