変化19.彼女がした事

 目の前の彼女は真っ赤に顔を染め上げながらも、抗議するように僕の事を上目使いでキッと睨んできていた。


 両頬も見事に膨らませて、いかにも「怒っています」と意思表示をしているようだ。


「……ごめん」


 僕は彼女をさらに強く抱きしめて、かろうじて謝罪の言葉を絞り出した。


 でも、正直、なんて言うかその、えっと……。


 彼女を信じると言って、結局信じてなかった自分が恥ずかしいというか……。


 あんだけ意味深な言葉や行動しておいて処女なのかとか……。


 教えてもらったのはじゃあ結局誰からなんだとか……。


 つっこみ所が多すぎて、どこから聞けばいいんだろうか?


「……私もごめん、いきなり大声出して」


 僕を睨んでいた彼女は、赤いままの顔を伏せて小さく呟いた。冷静になって発言の恥ずかしさがこみあげてきたのかもしれない。


「ちょっとそこの自販機で飲み物買ってくるね。待ってて」


「……うん」


 僕はとりあえず彼女が落ち着けるようにいったん離れ、公園近くにある自販機で適当に飲み物を買う。その往復の間にも色々と考えていた。


 佐久間さんは自身が処女だと言った。だけど、色んな人に色んな事を教わったとも言った。


 そこに矛盾は存在しないんだろうか?


 だけどあれだけ迫真の勢いでその……しょ……処女だと叫んだのだから、きっとそれは嘘じゃない気がするんだよなぁ。


「はい、霧華さん……リンゴジュースとお茶、どっちが良い」


「リンゴ……」


 僕からジュースを受け取った彼女はそれをゆっくりと飲む。そして、一気に半分ほど飲んで落ち着いたのか、ホッと一息ついたようだ。


「えっとまず、ウチはタケシ以外の男とは何もしてないよ。これはね、ホント……信じてもらえないかもだけど……ホントなの」


「信じるよ。うん……信じる。だけど、色々な人に色々と教わったってのは……」


「そだね、簡単に言うと処女だけど知識は豊富って言うか……。まぁ、説明するね。タケシも隣すわろ? ちょっとだけ、長くなるかもだから」


 僕は促されるままに彼女の隣に座ると、彼女の頭を優しく撫でる。


「……タケシ?」


「話を聞く前に言っておこうと思ってさ。霧華さんがこれからどんな話をしても……僕は霧華さんが変わらず好きだよ。大好きだ」


「話を聞く前にそんなこと言っちゃっていいの? 後悔しない?」


「しない。後悔しない。浮気したわけじゃないんでしょ?」


 佐久間さんは一瞬だけ驚いた顔をして、それから小さく頷いた。僕はそんな彼女を撫で続ける。


 撫でられて目を細めた彼女は、気持ちよさそうに微笑みながら僕にぴったりと頭をくっつけた。


「じゃあ後悔しないよ。絶対に。もともと……それ以上を覚悟してたんだからさぁ」


「あー、もう。そんなことを考えてたなんて……ほんと、色々と失敗だったなぁ……」


 僕の肩に頭を乗せたまま、彼女はため息を一つついた。思わせぶりなことを言った自分を後悔しているようだった。


 彼女はスマホを取り出して操作しだすと、僕に見せてくれた写真を改めて表示する。


「それ、甥っ子の写真だっけ」


「うん。可愛い可愛い甥っ子の写真。私のね、お姉ちゃんの息子なんだよ」


 それが何の関係があるんだろうか? 佐久間さんのお姉さん……そういえば会ったこと無いな。


「ウチのお姉ちゃん。すっごいモテる……と言うかまぁ……その……高校の2年までは男遊びが激しかったというか……その、色々と凄い人だったの」


「……えぇ?」


 初耳だった。


 僕が佐久間さんと付き合うようになってた時には、お姉さんは既に家には居なかったからだ。


 だからお姉さんはいると知りつつも、どういう人かってのは聞いて無かったんだけど、そんな人だったとは……。


「お姉ちゃんがそうだったからかな? 反動では真面目だった。……あ、姉妹仲は良かったんだよ? でもお姉ちゃんみたいにはなれないなって、はずっと思ってた」


 ぽつりぽつりと、佐久間さんは僕に心情を吐露していく。


「お姉さんって何歳差なの?」


「私の二個上だよ。高校卒業と同時に彼氏と東京行って、子ども生んで、家族全員驚かせたんだよね」


 マジか。凄いなお姉さん。


「その彼氏さんとは三年になってから付き合いだしたんだけど。凄い真面目な人で、奔放なお姉ちゃんとは正反対な人。しかもお姉ちゃんの過去を全部知って、そのうえでお姉ちゃんと付き合った人」


「そうなんだ。じゃあ、もしかして……」


「そう、ウチが色々教えてもらってたのはね、お姉ちゃんとそのお姉ちゃんのお友達なの」


 僕が驚いていると、佐久間さんは少しはにかむような笑顔を浮かべていた。


「久しぶりに会ったお姉ちゃんにウチね『彼氏の為に私をギャルにして!』って言ったの。その時、すっごい驚いてたんだよ? ウチがお姉ちゃんを驚かせたって、ちょっと嬉しかったっけ」


 そのまま佐久間さんはクツクツと思い出し笑いをする。数少ないお姉さんを驚かせた思い出を、楽しそうに。


「しかし、お姉さんだけじゃなく、その友達もって……」


「そ。もーねー、凄かったよー。お姉ちゃんと同じような人ばっかりだったから。ギャルとしてどういう服が良いかとか、お姉ちゃんのお古貰ったり、勝負下着選んだり、男の人を喜ばせるテクニックとか教えてもらったり、色んな道具とかで練習したり……」


 いや僕、何を聞かされてるんだろうか。聞いていい話なのかコレは。


 それから聞いて良いのか悪いのか分からない、具体的な練習内容の話が沢山出てくる。でもそこには、男の影は一切見えなかった。


 ちょっとだけ……本当に、ほんのちょっとだけ僕はその場面を想像して赤面してしまう。


「あ、想像した?」


「……いや、これは想像するなって方が無理でしょ」


 自分の気持ちを整理するように、佐久間さんはちょっとだけ僕を茶化すように歯を見せて笑う。


「その練習がぜーんぶ、タケシの苦手なことだったって……ちょっと……だいぶ滑稽だよねぇウチ……」


「……そんなこと無いよ。僕の為に努力してくれたのは素直に嬉しい」


「ギャル苦手なくせに?」


「言ったでしょ。ギャルは苦手だけど、霧華さんならどんな姿でも平気だよ。だって、霧華さんの心根は何も変わってないんだから」


「……ありがと」


 そこで僕等は、お互いに微笑み合う。


 それから落ち着いた彼女は、最後にポツリと呟いた。


「なんていうかさー、思い込みで突っ走っちゃダメだねぇ。確認は大事だねー」


「そうだね、それはお互いにだねぇ」


 大きく伸びをした佐久間さんは、少し気持ちの整理がついたのかスッキリした顔をしていた。

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