変化18.真実と嘘と真実

 時が止まったような静けさ中で、僕はなんとかして彼女に声をかけようとした。


 だけど、僕の身体は凍りついたように動かなかい。


 そして、動けたのは佐久間さんの方が先だった。


 彼女は玄関から出て行くと、そのまま走って出て行ってしまう。


 僕がようやく動けたのは、彼女が玄関から出るその瞬間だった。追いかけないとと思い、ようやく身体は動いてくれた。


「追いかける!」


「分かった! 剛司すまねぇ、余計なこと言った!」


「それは俺の台詞だ!! とにかく反省は後だ! 留守頼んだ!!」


 僕は和也に家の鍵を投げ渡すと、そのまま佐久間さんを追いかける。


 出遅れてしまったせいか、彼女の姿はかなり遠い。もう豆粒にしか見えない。


 ヒールを履いて出て行ってくれれば走りづらいし、まだ追いつけたかもしれないけど、彼女はよりによって靴を履かずに出て行ってしまった。


 僕の住んでるアパートはオートロックなんて洒落たものは無いし、玄関先はすぐに外だ。


 彼女が足を痛めないかが心配だ……とにかく早く追いつかないと。


「霧香さん待って!!」


 僕の声に彼女は首を振るだけで、振り向いてすらくれない。そこまで彼女を傷つけてしまったかと、僕は自分の甘さを呪う。


 いや、後悔とかそういうのは後で良い、今はとにかく全力で走れ!!


 過去にもこんなに走ったことはないってくらい走る。息はすぐにきれて、脚が、胸が、喉が焼ける様に痛くなる。


 呼吸も荒くなりぜえぜえと変な息が出る。運動不足だ。明日筋肉痛かも。


 だけど、とにかく一心不乱に彼女を追いかけ続ける。


 そのかいあってか、徐々に僕と彼女の距離は縮まって行く。いや、佐久間さんも疲れてスピードが落ちてきているからか?


 走ってる最中に顔馴染みのご近所さんがチラッと見えた気がするけど、今は気にしてられない。


 後で説明するか、このことを忘れてくれることを祈るのみだ。忘れてもらえなさそうだけど。


「霧香さん!!」


 佐久間さんの体力も限界だったんだろう、ようやく追いつけた僕は彼女の肩に手をかけた。


 彼女は一度だけビクリと身を震わせると、徐々に動いていたその足を止め……完全に立ち止まる。


 しばらくうつむいたままだったけど、そのうち観念したかのように佐久間さんはこちらを振り向いた。


 彼女は顔を真っ赤にして……そして、涙を目にいっぱい浮かべていた。


「タケシィ……ウチ……私……ウチ……うううぅぅぅ……!!」


 振り向いた彼女は涙を流して、そして僕に対して思いきり抱き着いてきた。


「タケシィ……ごめん……ごめんなさい……」


 なぜか彼女は僕に必死になって謝ってくる。


 涙を流して、顔を俯けて、見ているこっちが悲痛になるくらいに謝り続けてきた。


「霧華さん……なんで君が謝るのさ? 謝るのは僕の方だよ……。えっとどこか落ち着ける場所……」


 周囲を見渡すと、人のいない小さな公園があった。ちょうど子供たちも居なくて、ベンチがあるのでそこで少し彼女を落ち着かせよう。


「霧華さん、公園に行こうか……。あ、そうだ。僕の靴使ってよ。ストッキングのままで走ってたから、足痛いでしょ」


「……うん……足痛い……ありがと」


 しょんぼりとして霧華さんに僕の靴を履かせて、僕等は公園に移動してそこのベンチに腰掛ける。


 霧華さんの綺麗な足が傷ついてしまって痛々しいな……後でちゃんと消毒とかしないと。


 泣きじゃくる霧華さんを少し落ち着かせると、僕は彼女に対して頭を下げた。


「ごめん! 霧華さん!! 僕がもっと早く言い出してればこんなことには……!!」


「……なんで……タケシが謝るの?」


「だって、僕が……」


「謝るのはウチの方だよ……。タケシ……ギャル苦手だったんだね……それなのに、ウチこんなカッコで帰ってきて……」


「いや、僕がそもそもあんなエロ本とか預からなければ、霧華さんが勘違いすることも無かったんだよ……」


「……預かる?」


 涙を流しながら不思議そうに首を傾げる彼女に、僕は事のあらましを説明した。


「何それ……やっぱり私が勝手に勘違いしただけじゃん……」


「そんなことは」


「そうだよ……だってさ、タケシに確認もしないで決めつけてさ、黒ギャルになるために東京で色々やってきて……頑張ってきて……それがタケシを苦しめるだけだったなんて……」


 彼女は顔を上げて、無理矢理に笑う。その目からは涙を零していた。僕はその顔から目が離せなくなる。


「それが恥ずかしくて……タケシに会わせる顔が無くて……。消えちゃいたくて……逃げちゃったの……」


「霧華さん……」


 僕はこんな時、彼女になんて言葉をかければいいんだろうか? 分からないままに、彼女の独白は続いていく。


「ギャルになるためにさ、色んな人に色んな事を教わってさ……。こんな……こんな色々と知っちゃった私がタケシの隣になんて……」


「そんなこと無い!!」


 僕は佐久間さんの言葉を最後まで待たずに、彼女を抱きしめていた。


「僕は今日気づいたんだよ! どんな姿でも、どんな格好でも!! 東京でどんな経験をしてきても霧華さんが好きだって!! たとえ君が東京で経験の為に他の男に抱かれてても僕は霧華さんを離さない!!」


 彼女は僕に抱きしめられるままだった。


「ずっと好きだったんだ。今更、霧華さんがどんな経験を積んでたって……」


 僕が言葉を続けようとしたところで、霧華さんが抱きしめてから初めて反応する。


「待ってタケシ……今何て言ったの?」


「……え? えっと、ずっと好きだったんだ、今更霧華さんが……」


「そうじゃなくて、その前」


 その前……? その前って言うと……。


「えっと……たとえ君が東京で経験の為に他の男に抱かれてても……」


「それ!!」


 佐久間さんは僕から離れると、顔を真っ赤にして目を見開いて僕を指さしながら大声で叫んだ。


「私まだ処女なんですけど?!」


 ……え?

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