変化17.答え合わせ

 佐久間さんは、僕が黒ギャル好きだから自身が変わったと口にしたのだけど、その言葉の意味が全く分からなかった。


 僕が、黒ギャル好き? なんでそうなったんだ? 誰に教えられたんだ? いったい誰に吹き込まれた?


 だって、僕が告白したのは黒ギャルでも何でもない時の佐久間さんだ。


 もしも黒ギャルが好きで、ギャル系の人が好きなのだとしたら佐久間さんに告白なんかしない。


 それは彼女にとっても失礼に当たるし、僕はそのままの彼女が好きだった。


 そもそも僕はギャル系が苦手で、そういう人を前にするとうまく喋れなくなるし、変な汗が出たり拒否反応みたいなものが出てくる。


 幸いなことに、目の前の佐久間さんにはその拒否反応は出ていないけど……。


 僕としては、彼女が変わったことに対する感情は喜びとは遠いものだった。


「……霧華さん、何で僕がギャル好きなんて思ったの?」


 僕は努めて冷静に、彼女が何ゆえにそんな誤解を持ってしまったのかを確認する。


 とても嫌な感じがする。冷たい汗が全身から噴き出してきて、寒くもないのに指先が冷たくなっていく。


 もしもこれで……誰かから教えてもらったとか……他の男の名前が出てきたらどうしよう。


 冷静でいられる自信が無い。


「え? だってほら……えっと……その……ねぇ?」


 彼女はもじもじと、少しだけ恥ずかしそうに頬を染めて僕を上目づかいで見てくる。


 その視線を受けて僕は、思わず唾をゴクリと飲み込んだ。


 今から言われる言葉はきっと、僕にとって衝撃の事実だ。正直、聞きたくない。


 嫌な想像、妄想ばかりが先行する。


 そうして僕が沈黙していると、佐久間さんは意を決して口を開いてくれた。


 黒ギャルになったのか、その理由を。


「前にタケシの家に遊びに言った時……見ちゃったんだよね。ダンボールの中にぎっしり入った黒ギャル系のその……エッチなものをさ」


「……は?」


「だからタケシ、実はそういう子が好き……なのかなってさ。だからウチ、頑張って変わったんだよ?」


 その一言に、僕の全身の動作はピタリと止まる。


 このまま心臓まで止まってしまうんじゃないかと言う錯覚すら覚えてしまっている。


 世界が全部ひっくり返るような衝撃だ。


 いま彼女は何を言った? 僕の部屋にあったダンボールって……。


 ダンボール……ってまさか!!


「あれかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」


「わっ! ビックリした」


 佐久間さんが驚くのも構わずに、その心当たりに僕は思わず叫び声をあげていた。


 高校時代の数少ない友人から預かったあのエロ本とエロDVDのダンボール。絶対にアレのことだ!


 あれを佐久間さんに見られていたという事か!!


 いったいいつ……まさか……。


「それって、最後に実家に遊びに来た時?! あの時、荷物が崩れた音がしたんだけど、まさかその時……!!」


「あ、うん。そうだよ。ごめんね、嘘ついちゃって。あの時にばっちり見ちゃったんだ。んで、サプライズで驚かそうかと思ってさ……」


 最悪だ。


 あの時にまさか見られていた……いや、見られてその時に問いただされていた方がこれならマシだった。


 まさか佐久間さんがアレを見てそんな誤解をしていたなんて……!!


 元々、思い込んだら努力一直線な人だけど、それがこんな風に働くなんて……。


「佐久間さん、アレは……!!」


 僕はそれは誤解だと説明をするために声を上げたんだけど……。


「見て見て!! ギャル系の服とか勉強してみたんだよ!! 時間無いから日焼けじゃなくてファンデなんだけど、凄くないコレ? あ、タケシはこれくらいの色が好きかな? それとも、もうちょい黒い方が好き?」


「いや、えっと……」


 目の前の佐久間さんの喜びようを見て、僕は言葉を躊躇ってしまった。


 このはしゃぎ方は、受験勉強も終わり、大学に合格し、久しぶりにデートに行った時と同じだ。


 望みが達成できて、努力が実を結んで、心の底から安堵して、屈託なく喜んでいる。


 容姿はすっかり変わったのに、あの時と全く同じ表情を浮かべる彼女がそこにいた。


 その表情を見て、なぜ僕が彼女を見てもギャルに対しての苦手意識を持たなかったのかが理解できた気がする。


 そうだ、僕が……僕が好きになったのは彼女自身だ。


 見た目が黒ギャルになっていようとも関係ない。彼女の心根はきっと変わっていないんだ。


 だから僕は容姿が変わった彼女を見ても、驚きこそすれ拒否反応は出なかったんだ。


 それが真実かどうかは分からないけど、きっとそうだ。そうに違いない。


 だから僕がすることは、きっと一つだ。


「……霧華さん」


「ん? なーにー?」


「大好きだよ。その姿も良く似合ってて可愛いよ。


「ふぇ!! ほんとにッ?! えへへ……嬉しいなぁ。私もタケシが大好きだよ! 色々教わったり、努力したかいがあったよー」


 ……他の男の名前が出てこなくて、良かったよ。


 うん、僕がギャルを苦手だという事実は墓場まで持っていこう。


 佐久間さんには嘘を吐くことになるから心苦しいけど、それは僕の為に変わってくれた彼女の努力に水を差すことになる。


 それにきっと、知ってしまったら彼女はきっとショックを受ける。努力が、まったくの見当違いだったのだから。


 そうなるくらいなら……彼女を悲しませるなら、僕が黙ってればすむことだ。


 いや、彼女相手ならきっと苦痛には感じないだろう。


 それから僕等は、とりとめのない話を続ける。夏休みの間どこに遊びに行こうかとか、大学のサークルで告白を受けた話を追及されたりとか。


 ただ、僕は相変わらずヘタレで、彼女が変わるためにした努力の具体的な内容を聞くことができなかった。


 結局、うやむやのまま話を続けた。


 だからきっと、その直後に起こったことは僕への罰なのだろう。


 玄関のチャイムが鳴る。


 出ようとする霧香さんを止めて、僕は玄関先に行くと、和也がコンビニ袋を抱えて戻ってきたところだ。


 袋にはジュースやらお菓子やらが色々と入っていた。


「よう、その顔見ると問題は解決……したのか?」


「あぁ、おかげさんでな」


「そっか。コンビニで色々買ってきたからパーッとやろうぜ」


 和也の掲げた袋の中には、安い駄菓子やら飲み物が色々入っていた。


「ありがとな和也」


「気にすんなよ。たまに飯食わしてもらってるから、その恩返しだ」


「と言うかお前、コンビニで買う金あるなら飯たかりにくるなよ」


「これはなけなしの金だ。それに、お前んちで食う飯が美味いんだよ」


 僕等は一つの問題が解決した安堵から笑いあう。


 それを見て和也はいつになく優しい目をしていた。


 こいつのこんな目は初めて見る。


 僕と佐久間さんが仲直りしたことを、心底喜んでくれているのだろうか?


 だからなのか、安心した和也は何の気なしにそのことを言ってしまった。


 悪気なく、昔僕がこいつに言ったことを。


「いや、彼女と仲良くて何よりだ。剛司、って言ってたけど、アレってやっぱり告白断るための嘘だったんだなー」


「いや、それは本当だよ。僕は。だけど……」


 そんなやりとりをしていると……背後から声が聞こえた。


「え……?」


 たったの一言なのに、その声には困惑や悲しみ、絶望感がひしひしと伝わってくる。


 僕は、振り向く。


 なんで、なんで佐久間さんがそこに。待っててって……。


「どういう……こと?」


 絞り出したような佐久間さんのその声に応えるための言葉を、僕は出せなかった。

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