変化13.訪問者

「はいはーい!! ご苦労様でーす!! お荷物ですかー?」


 そんな台詞を言いながら、パタパタと玄関に移動する彼女を僕は慌てて追いかけた。


 彼女の姿を後ろから見ると、完全に下着姿で目のやり場に困る。だけどそうも言ってられない。


 多分だけど、佐久間さんは慌てていて自身が下着にエプロンだというのを忘れている。そんな姿をたとえ配送業者さんだとしても見せたくはない……!!


 たいして長くもない距離なので彼女に追いつくのは簡単だったけど、距離が短いという事は彼女の行動も短く済むという事だ。


「霧華さん……待って!!」


「ご苦労様ですー。サインで良いですー? あ、なんか新婚っぽいー」


 僕の制止も聞かずにガチャリと家のドアを開けたに居たのは、配達員さんでは無かった。


「おぉ、剛司たけし!! わりーけどよー、腹減ったから飯食わせてくんねぇ? もー限界なんだよー……バイト代……入ったら……返すから……よ……?」


 そこに居たのは一人の男性だ。


 所々を赤く染めてメッシュにした黒髪に、月の形をしたピアス。ほんの少しだけ顎髭を生やしていて、日焼けした細マッチョな身体にぴったりと張り付いたTシャツを着ている。


 目つきはかなり鋭い三白眼で、それでも顔だちが整っているから怖いというよりも冷たい雰囲気を受ける。


 パッと見てのビジュアルは、エロ同人誌で寝取る側のチャラ男、女なんてより取り見取りのモテる側の陽キャである。


 事実、こいつは同じ大学の女性にかなりモテる。知らない女子に告白されるなんてしょっちゅうある。そんな風にモテるのだけど……。


 そのシャツの中央には、こいつの推しのバーチャルアイドルのイラストが大きく描かれていた。


 赤いメッシュも月のピアスも、それぞれが推しのバーチャルアイドルリスペクトのものだ。アイドルへのお布施もたっぷり、ソシャゲの課金ガチャもたっぷりしている。


 そんな見た目はチャラ男で女慣れした遊んでそうな男なのだけど、中身はガチオタな……僕の友人の西園にしぞの和也かずやがそこに居た。


「あれ? 配達員さんじゃない? あ、それってマーレちゃんの限定シャツだー。可愛いよねぇマーレちゃん」


「な……な……な……」


 和也はわなわなと震えて、佐久間さんへと人差し指を突き付けている。その切れ長の細い目が驚きから丸に変わってしまっている。


 お前そんな目つきできたのか。一生そうしてればもっとモテるんじゃないか?


 そんなことを考えてたら、こいつはとんでもなくアホなことを言い出した。


「剛司が女になった?! TSは現実にあったのか?! そうか、俺はTS男子の親友ポジか!! ヤバい!! 惚れないようにしないと!!」


「んなわけあるかこの馬鹿野郎!! 人の彼女指さすな!!」


 明後日の方向に理解を示しやがったこいつ。現実にねーよ!!


 俺は慌てて佐久間さんの前に出ると、彼女を隠すために後ろに下がらせる。


 こいつは僕の友人の中で、ある意味で女性関係においては一番安全だけど、それでも佐久間さんの今の姿を見せるわけにはいかない。


 見せたところで反応するか分からないけど、単純に僕が嫌だ。


「あれー? タケシのお友達ー? 紹介してよぉ!」


 そんな僕の心なぞ知らず、佐久間さんは無邪気に和也を紹介してと僕にピッタリくっついて、ピョコンと顔を覗かせた。


 背中に柔らかいものが当たるが今は振り返っていられない。


「剛司の彼女……? え? その三次元女子ちゃんが? てか……えぇ?!」


「そうだよ、指差すな。つーかにはちゃんと彼女が居るって前に言っただろうがよ」


「え……マジで? マジで彼女なのか?」


「タケシのカノジョの佐久間霧華でーっす!! えーっと、名前はタケシだけに呼ばれたいから、サクマって呼んでねェ? あ、それなら呼び捨てでも気にしないから」


 僕の肩口から顔を覗かせながら、佐久間さんは僕の耳元に吐息がかかるくらいの距離で自己紹介する。


 僕がその感覚に気恥しさを覚えていると、和也はとんでもないことを叫び出した。


「お前ぇぇぇぇ!! この浮気者がぁぁぁぁぁ!!」


 殴りかかってきたり掴みかかってくることはしないのだけど、怒りの咆哮を上げる。


 ……何言ってるんだこの馬鹿は?!


 そんな和也の叫びに後ろの佐久間さんは「え? ライバルって男?」とか変な勘違いをしていた。

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