変化12.男の寝顔

 彼女のしなやかな指が動いて、僕の頬についた米粒を取る。


 ただそれだけの動きなのに、それがとても艶めかしいものに見えたのはその後に佐久間さんが指に付いた米粒を自身の口に運んだからだろうか?


 それとも彼女の直前の質問が、僕が彼女をで見ているという事を指摘しているからだろうか。


 ギャルが苦手だった……いや、今でも苦手なはずなのに、目の前のギャルになった彼女に対して劣情を催してしまうのは愛情なのか、ただの都合の良い性欲なのか。


 未だ童貞の僕には判断が付かない。ただ、どちらにせよ僕は赤面してしまうのは変わりない事実だった。


 とりあえず僕は佐久間さんのその疑問には答えずに、あえて僕からの疑問を返すことにした。


 疑問文に疑問文を返すと怒られというのは有名な話だが、ここには怒る人はいないだろう。


「……逆に聞くけど、霧華さんは朝の寝起き状態で僕が部屋に居ても良いの?」


「う……スッピン見られるのはちょっと……いや、だいぶ嫌かも……」


 まぁ、女性と僕では朝の事情が色々と違うから比較はできないだろうけどね。


 言葉を詰まらせた彼女は、手を口に当てたままとんでもなく渋い顔を僕に見せてくる。この眉根を寄せた考え込む表情は昔のままだった。


 僕が疑問をぶつけた時によく見せる顔で、なんか可愛いんだよね。やっぱり変わってないんだなと認識させられる。


「ごめんね、昨日はほら……変な感じになっちゃったから、少しでも早く会いたくてさぁ……」


 彼女は素直に謝罪の言葉を口にした。うん、本当にこの辺りは昔のまんまだなぁ。思い込んだら一直線というか……猪突猛進というか……。


 少しだけ不安げな彼女の頭を僕は安心させるように撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を細める。


「さっきも言ったけど迷惑じゃないよ。朝から霧華さんの顔が見れて嬉しい。でもビックリはしたから、次からは事前に連絡してよね?」


「えー? それじゃあサプライズにならないじゃーん。あと、タケシの可愛い寝顔が見られなくない?」


 いや、寝顔が可愛いって言われても嬉しくないというか……。褒めてくれてるんだろうけど、そういうのって複雑なんだよね。


「寝顔って……。男の寝顔なんて見ても面白くないでしょ?」


「んー……? 男の子の寝顔って意外と可愛いよ? 普段がオラついてると余計にギャップがあるって言うかー。ギャップ萌え?」


 その一言に、僕は脳に極限まで冷やした液体を一気に流し込まれたような気分になる。


 え? なに? 佐久間さんオラついてる男の寝顔見たことあるの? いったいいつ? え? どこで?


 一気に目を見開いた僕の表情を、彼女は不思議そうに見ていた。 


 僕の頭の中に一気に嫌な考え方が思い浮かんでしまう。それは僕以外の誰かの腕の中にいる彼女の姿だ……。


「あ、写真見てみる? かわいーよー!!」


 そんな僕の考えを知らず、彼女はどこからかスマホを取りだして僕にその写真を見せてこようとする。


 待って!! 何を見せようとしてるの!! 心の準備が……!!


 だけど僕は彼女の付きだす手から目が離せなくなってしまい、それを直視する。


「ホラ!! かわいい!」


 そこに映っていたのは確かに男の寝顔だ。すやすやと気持ちよさそうに、佐久間さんをギュッと抱きしめた状態で寝ている男の写真。


 男の写真……だったけど……。


「……子供?」


「甥っ子なんだー!! もうねぇ、普段はオラオラしてなっまいきなのにー、遊んでやって電池切れたらコテッと寝ちゃって可愛いの!」


「あ……アハハ……。そっか、確かに男の子の寝顔だね」


 僕はヘナヘナと情けなくも、その場に全ての力を無くしたかのように後ろに倒れこむ。


 良かったー!! いや、マジでよかった!! 焦ったよホント!! そんな写真見せてくるのってどういう神経ってビックリしたけど、そうじゃなくて本当に良かった。


「あれ? タケシ子供嫌いだった……?」


「い、いや……子供好きだよ。子供大好き。ホント、可愛い写真だね」


「だよねー!! ウチらも子供出来たら沢山かわいがろうねー!! タケシに似たら男の子でも女の子でも絶対可愛いよォ!!」


 はしゃぐ佐久間さんを尻目に、僕は安堵から泣きそうになってしまうのだった。


 あれ? なんか今……佐久間さん変なこと言ってなかった?


「……僕との子供?」


「あ……いやその……はずみで……」


 彼女はもじもじと身体をくねらせる。発言内容もそうだけど、その姿があまりにも愛おしくて……僕は不意に口に出してしまった。


「じゃあさ……夏休みの間だけでも、同棲してみる?」


 考えたわけじゃなく、反射的にそんなことを口にしていた。


 ……いや、僕は何を言った今。同棲? いくらなんでも唐突過ぎるだろう。


 あぁ、もう。佐久間さんも驚いて固まってるじゃないか。今からでも冗談だって訂正を……。


「……良いの? 夏休みの間だけここに……住んじゃっても?」


「へ?」


 彼女は、熱っぽい目で僕を見てくる。


 冗談だと訂正できないまま、佐久間さんはゆっくりと僕ににじり寄る様に近づいてきて、彼女の顔が僕のすぐ目の前にある状態となった。


 そのままお互いに見つめ合ったまま沈黙した僕等は……。


 ピンポーン


 という無粋で無機質なチャイムの音で我に返る。


「あ、誰か来たのかな!? なんか通販の荷物とか?! ウチ、受け取ってくるね!!」


「あ、ありがとう……!!」


 肩をビクリと震わせた佐久間さんは、そのまま少し慌てた様子で玄関へといってしまった。その後ろ姿を僕は見送ったんだけど……。


 いや待て、佐久間さん今下着エプロンだ!!


「霧華さん待って……!!」


 僕は大慌てで玄関へと移動する佐久間さんを追いかけるのだった。

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