変化10.驚愕の朝

 夢を見ていた。そう、これは僕の夢だ。


 目の前に佐久間さんがいる。肌を小麦色に焼いて、扇情的な格好をして、誘惑するように僕を手招きしている。


『タケシー、おいでー』


『佐久間さん?』


『キリカだってばー。ほら、おいでおいでー』


 変わってしまった彼女に、僕は灯りに惹かれる虫のようにふらふらと近づいて行く。


 そのまま彼女にギュッと抱き着くと……柔らかい感触が僕の全身を包み込んでくれる。あの時と同じ感触で、とてもリアルな夢だ。


『霧華さん……。なんで変わったの?』


『変わった……? ウチ変わったかなぁ? 色んな事を教わったから確かに経験豊富にはなったかなぁ?』


『教わったって? 誰に? 僕以外の男なの?』


『んー……それはねー……』


 そこで彼女の声が遠くなる。口をパクパクと開けて何かを言ってはいるけど言葉が聞こえない。なんだろう、何を言っているんだろう?


 そして、彼女の姿が変わっていく。今の霧華さんから、前の佐久間さんに変化する。どっちも同じ人なのに全然違う見た目。見た目……。


 僕は彼女の見た目に惹かれたのか? 自問自答するけど、そんなこと無いと強く思う。


 僕はそこで意識が遠くなって……。


「夢……かぁ……」


 目が覚めた。


 幸せなの夢なのか幸せじゃない夢なのかは分からないけど、夢の中に出てくるくらい昨日の彼女はインパクトが強かったという事だろう。


 しかしリアルな夢だったなぁ。柔らかい感触も、良い匂いも感じられた。今もその感触が身体に残っている。


 そういう意味では幸せな夢か。


 あー……夏だからかなんかあったかいし……二度寝しちゃおうかなぁ……。


「あ、起きたぁ? 可愛い彼女が朝を告げに来ましたよー? オッハヨー?」


 そんな風にウトウトしている僕の耳に、優しい声が聞こえてきた。


 こんなに早く、僕はまた夢の中に入ったのかと聞きたくて仕方の無かった声に耳を傾けた。思考の定まらない頭のままでゴソゴソと身体を動かしてみる


「あん、もう。動いたらくすぐったいよ? ほらほら、起きて起きてー?」


 ムニュウと音が出ていそうな柔らかさに、僕は薄目を開けてみた。


 あれ? ……佐久間さんが僕の……ベッドにいる……?


 今度はそういう夢かー……。


「あれー……佐久間さんがいるー。黒い……黒佐久間さん……? 昨日会った黒佐久間さんだぁ……」


「はーい、黒佐久間さんですよー? というか苗字呼びが抜けないねぇタケシは。仕方ないかー。ヨシヨシ……」


 頭を優しく撫でられる感触までとてもリアルである。なんだろうか、今度はとんでもなく幸せな夢だ。


 幸せ過ぎて、ここから落ちないか心配になってくる夢だ。


「佐久間……さん……。会いたかったよ……佐久間さん……離れたくないよ……」


「あらら、寝ぼけてるなぁー。佐久間さんじゃなくてキリカちゃんですよー? チューしたら目ぇ覚めるかなぁ? それともオッパイ触るー?」


「霧華ちゃん……おっぱい……」


 そこまで言って……あれ? これホントに夢? と疑念が沸き上がった。


 僕はゆっくりと伸ばした手を止めて、半開きだった目をゆっくりを開く。


「アハハハー、よしよし。寝ぼけてるタケシは素直だねぇ。可愛いねぇ。それじゃあ……」


 違う、これ夢じゃない。そうだよ! 佐久間さんは昨日帰ってきてるじゃないか!!


 伸ばしかけた手をベッドに叩きつけるように置くと、僕はそのままガバリと起き上がった。


「なんでいるの佐久間さん?!」


「キリカだってばー。えー? なんでいるのって……チャイム押しても反応無いから試してみたら普通に鍵空いてたけど……? タケシってばさすがに不用心すぎない?」


 ……鍵空いてた? マジで? でも、彼女がここにいることがそれを証明している。


 それにウチに合鍵は一つしか無くてそれは実家に預けてある。せっかくだから佐久間さん用の合鍵を今日作ろうかとか昨日言ったばかりだ。


「そっか……昨日は佐久間……霧華さんが帰ってきてたから、慌てちゃって鍵かけ忘れたのか……?」


 佐久間さんと言いかけたところでちょっと睨まれたので、僕は慌てて名前で言い直す。


 仕方ないじゃない、名前呼びってハードル高いんだよ……? 昨日の今日だし。


「それにしても……朝から男の部屋に来るって、霧華さんも不用心じゃない?」


 まだ少しだけボーっとする頭をポリポリとかきながら、僕は佐久間さんを半眼で見る。


 彼女はそんな僕を不思議そうに首を傾げて見てくる。


「朝って……もうすぐお昼になるよ?」


「え?」


 慌ててスマホの時間を見ると……げっ、ほんとだ。もうお昼近いじゃないか。


 そんなに僕寝てたのか……。


「せっかく彼女が朝ごはんを一緒にと思って来てあげたのにさー、タケシ寝てるんだもんー? もうねぇ色々悪戯しちゃいたい気持ちを抑えたウチを褒めてよねぇー」


「いや……今一緒に寝てるじゃない……。悪戯ってこれじゃないの?」


「これはただの添い寝でしょ? 悪戯は……ウフフ」


 含み笑いをしながら彼女は捕食者のようにペロリと舌を出した。……何する気だったの?


 そのまま彼女はするりと僕の腕の中から抜けると、ベッドから出て行った。途端に今まであった体温が無くなり寂しい感覚を覚えるんだけど……。


 ベッドから降りた彼女の姿を見て、その寂しさは吹っ飛んだ。


「ほらー、朝ごはん作ったんだよ? 一緒に食べよぉ? 昨日冷蔵庫見たら材料ほとんど無かったから買ってきたし……タケシって朝はパンじゃなくてご飯だよね?」


 両手を広げて僕をベッドから降ろそうとその全身を見せつけてくるんだけど……。


 すらりと肌を晒しながら伸びた脚、僕を迎える様に広げた腕、そしてその身体を覆い隠すのはたった一枚のエプロンという名の布……。


 そう、彼女はいわゆる裸エプロンの状態だった。


「なんで裸エプロン?!」


 今日一の声量で思わず叫んだ僕の言葉に、佐久間さんは不思議そうに首を傾げるのだった。

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