変化8.彼の嗜好
「はぁ、今日はビックリしたなぁ……。佐久間さん……いや、霧華さんがあんなに変わっているなんてなぁ」
僕は一人になった部屋で呟く。
とりあえず一人でいるときも霧華さんと呟いておかないと、なかなか慣れなさそうだ。心の中では佐久間さんとどうしても呼ぶ癖が抜けないが、せめて口では言えるようになっておきたい。
ちょっとむくれた彼女も可愛かったけど。今の僕にはちょっと心臓に悪い。
それにしても……今日は彼女と再会して最高に幸せな日になるかと思いきや、幸せと辛さと困惑が全て同居する日になるなんて予想もしていなかった。
いや、そもそも彼女があんなにも変わっているという事が予想外だった。
幸せと辛さは一本違いとはよく言ったものだ。本当にびっくりだ。ビックリし過ぎて心臓が止まるかと思ったけど。
彼女を自宅に送り届けてから家に戻った僕は、そのまま気力が萎えた様にベッドの上でごろんと横になっていた。
いつものベッドの感触に、僕以外のよく知っている匂いが鼻をくすぐった。
先ほどまで佐久間さんがこのベッドに寝っ転がっていたからだろう。ベッドから彼女の匂いがする。
姿は変わっても、彼女の香りは変わらないままだ。記憶の中のままの彼女の匂い……。少し気持ち悪いだろうか。
でも仕方ないよね。好きな子……彼女が寝ていたベッドに寝てドキドキしない男なんているんだろうか? 僕はドキドキして今夜は眠れるか心配になってしまってる。
変わらない香りに、変わった姿。……佐久間さんはなんであんなに変わったんだろうか?
やっぱり……変わった理由って。
「男……何だろうか……? 僕以外の……? 僕以外のってことはそれって……寝取……」
僕は口に出かけた言葉を無理矢理遮る様に、両頬を強く張る。
ダメだダメだ、そう決まったわけじゃない。ネガティブに考えるのはダメだ。口に出したら凹むからやめよう。ほんと辛い。
心の中で考える分にはまだいいけど、言葉に出したら一気にダメージが来る。
だいたい、寝取られて黒ギャル化とか薄い本じゃないんだから、現実には無いでしょ。それこそ漫画とかの読み過ぎだ。……うん、現実には無いよね?
それに、冷静に考えてみよう。
仮に彼女が浮気してたり寝取られてたとして、あんなあからさまに変化するなんてありえるのか? むしろいつも通りの格好をして、変化を隠すものじゃないのか?
きっと大学デビューだ。思いきりが良すぎるけど大学デビューだあれは。僕も進学を機に大学デビューしたから、彼女もしてても不思議じゃない。
僕がそう思いたいってのもあるけど、あれは大学デビューだ!
とりあえずそう結論付けたものの、モヤモヤと胸の中に不安が渦巻いてしまう。こればっかりはどうしようもない。
だいたい大学デビューだとしたら、なぜあの姿を選択したのか……その理由が聞けなかったのかが致命的だ。
素直に理由を聞ければ良かったのだけど、なんだかんだで僕は理由を聞けなかった。
それを聞くタイミングを逸してしまったというのもあるけど、結局は僕の意気地の無さのせいだ。変わったはずなのに、彼女の前では僕は僕のままだった。
大学デビューしてから、彼女と会えなかった間に自分を変えようと色々と頑張ってみたんだけど……結局肝心な時にヘタレてしまった。
「それにしても……」
黒ギャルかぁ……。黒ギャル……。ギャル……。
いや、個人の趣味嗜好をとやかく言うつもりは無いんだけどね。
肌を焼き始めたのはいつからだったんだろうか? もしかして、二か月くらい前に突然なんだかんだと理由をつけてビデオ通話をさせてくれなくなった時があった。
色々と変化させたのはその頃からなのかもしれない。
たぶん、僕をビックリさせようとして隠してたんだろう。電話口では喋り方とかはいつも通りだったし、それ以外は不審な点は何も無かった……。
……無かったはずだ。
決して電話の向こうの声がどこか上ずってたりとか、息が荒かったりとか、変なことを言い出したりとか記憶上では無かった。と思う。
変わってしまったことは仕方がないともいえる。でも変わりすぎでしょ!! いきなり黒ギャルって!!
あー……黒ギャル……黒ギャルかぁ……。
知らず知らずのうちに、僕の口からため息が漏れる。
これは絶対に彼女に言えないことだし、こうなった以上は墓場まで持っていくしかないことなんだけどさ……。
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