変化4.初めての訪問
「へぇー、男の一人暮らしって言うからもっと汚いと思ってたけど、綺麗にしてるんだー。すごいじゃーん」
僕の家に入った佐久間さんは、荷物を置きながら開口一番でそう言って僕の部屋を見回した。
「てっきりエロ本とかエッチグッズとかいっぱい置いてると思ってたけどぉ、そういうのは無いんだねぇ」
彼女は僕に流し目を送りながら、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
大丈夫……やましいものは基本的にパソコンの中だから……見つかることは無い。対策は完璧だ。いや、誇れる話じゃないかもだけど。
「凄いってほどじゃ……普通に生活してるだけだよ」
「普通に生活ねぇ……。私が居ない間、女の子とか連れ込んでないよねぇ? あ、疑ってるんじゃないよ? 浮気しちゃやだよーって言ったから……一人でシテたのかなって?」
昔の彼女からは考えられないようなことを言われて面食らうけど、僕は極めて冷静に受け答えるよう心掛けた。大丈夫、動揺はしていない。
「女の子なんて連れ込んでないよ。何言ってるのさ……僕には霧華さんだけだよ」
後半の質問はあえて無視して、前半の質問だけに僕は答える。
……パソコン内のやましいものは浮気にはならないよね? 浮気だと言われたらどうしようか……。今の佐久間さんなら気にしないのだろうか?
いや……そもそもだ。
彼女は僕以外の男の一人暮らしを知っているのだろうか? だからそんなことを言ったのだろうか? なんかモヤモヤした気持ちが顔を覗かせてくる。
僕の言葉に、彼女はニマニマとした表情を浮かべるだけで何も言わない。
そして僕が佐久間さんに声をかけようとした瞬間、彼女はいきなり僕が普段寝ているベッドへとダイブしだした。
「霧華さん?!」
「これが普段、タケシが寝ているベッドかぁ……。タケシの匂いがするね……すっごい安心する匂い……タケシ分ほきゅー!!」
「いやいやいや、恥ずかしいからやめてよ! いきなり何してんの?!」
「なんで? いいじゃん!! 良い匂いって感じるってことは、私達の相性が良いってことだよ? 身体の相性も良いのかなぁ?」
そう言うと僕のベッドの上で膝を折りたたんで佐久間さんは丸まった。
スカートが短いから、その中の見てはいけないであろう物が僕の視界に入ってしまう。
……情熱的な赤だったのを伝えておこう。目に焼き付いてしまった。
「それにほらー。タケシだってあの時……別れ際に私の匂い嗅いでたでしょ?」
「うぃッ?!」
ば……バレてた?
赤面して慌てる僕に、身体を起こした佐久間さんが僕に対して両手を伸ばしてくる。
「ほら、いいよー? おいでー?」
あの時とはまるで変わってしまった姿になった彼女は、あの時と同じような微笑みで僕を迎えるために手を伸ばしてくる。
なんだか随分と手慣れているようなその仕草に、僕は驚きに目を丸くした。
彼女が、こんなに積極的になるなんて……。
しかもベッドの上で抱き合うなんて……。過去の恥ずかしくてできなかった彼女を思い出し、目の前の自ら誘ってきている現実に、頭の処理が追い付かない。
僕の中に嫌な考えが渦巻いてしまう。
まさか……日常的にやってないよね? 僕以外とそんなこと……してないよね?
「ん? 来ないの?」
ベッドの上で不思議そうに彼女は首を傾げる。
僕は少しだけフラフラと、ベッドの上の彼女に近づいて行く。
不安とは裏腹に、彼女からの誘惑に僕は抗えずにいた。
そして、ベッドの上の彼女と向かい合い……微笑む彼女の笑顔を見たとたんに僕の中で何かが爆発して、反射的に言葉が口をついて出る。
「えっとその……こういうのって……よくやってるの……?」
僕の口から出た言葉は、そんな酷い言葉だ。
何を聞いてるんだよ……!! 聞きたかったことはそれじゃないだろ!! よくやってる? 誰にだよ!
そんなわけないだろう、佐久間さんを傷つけるようなことを言ってどうする……。彼女がそんなことをしない人だってのは僕が一番良く分かってる。
……分かっているはずだ。
ベッドの上で向かい合っているのに、罪悪感から彼女の顔を見られない僕は、彼女から顔をそむけてしまった。
今、彼女がどんな顔をしてるのかは全く分からない。先ほどと変わらず微笑んでいるんだろうか? それとも悲しんでいるんだろうか……。
不安に思っているとベッドの軋む音が聞こえ、即座に僕の頭部はガバっと何かに包まれる。
不意打ちに反応できずにいると、そのまま強い力に引き込まれたかと思うと、僕の頭部は柔らかい何かにぶつかる。
暖かく、柔らかく、良い匂いのするものが僕を包み込んだ。
その匂いが、僕の好きな彼女の匂いだと気づき、やっと僕は彼女の胸に抱かれているのだと理解する。
いきなり何を……!!
「……もー!! 何言ってるのさ!! ウチがタケシ以外にこんなことするわけないでしょ? それとも何? 彼女からのお誘いが嫌なの?」
彼女は口を尖らせて言葉だけは怒っているように……だけど口調は、まるで拗ねた子供をなだめるような声色で僕に告げる。
その優しい声色は、僕のよく知るあの頃の佐久間さんそのままだった。
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