#007 ネックレス

 胸元に光るネックレスが彼女のお守りだった。ひとつ言っておきたいのは、彼女と言っているが、俺の恋人ではない。彼女は出会った時から、俺の前からいなくなるときまで彼女は一日も欠かすことなくそのネックレスをしていた。常に胸元にあったそのアクセントは彼女のチャームポイントのようになっていた。そんな大層なものではないのに、彼女はそれを受け入れていた。

 俺が彼女を知ったのは学校が同じだったからだ。彼女は目立っていた。それは良い意味なのか悪い意味なのかはわからない。一般的に言えば悪い意味だろう。自由奔放に生きていた。自分の居場所を常に探して、人の居場所を荒らしていた。そんな風に言ってしまった方がわかりやすいかもしれない。

 俺と彼女が通っていた学校は進学校だった。進学校にしては、とても珍しい種類の人間だった。勉強がしたくなければ進学校に行かなければいい。むしろ、将来を考えて進学校に行く人ばかりだった。俺もその中の一人だった。

 だが彼女は違った。違うように見えた。噂によると彼女は学校のランクを下げてこの学校に来たようだった。こっちからしたらなんと言う嫌がらせなのだろうと思ってしまう。わざわざ自分の実力より低い進学校に通い、その中で自由奔放に過ごすと言うのだ。

 そんな俺が彼女のことを気にするようになったのは、ただ偶然の出来事がきっかけだった。体育の授業中に俺は怪我をした。大した怪我ではなかったが、元々体育が苦手と言うこともあり、念のために保健室で診てもらうと言い、体育をさぼろうとしていた。

保健室を空けると、先生が座っていた。事情を説明すると軽い捻挫だろうと言い、湿布をしてくれると言う話になった。ちょうど話が終わったとき、扉の方で何かがぶつかる音がした。先生が急いで扉に向かって走っていった。音が鳴った瞬間、空気感が変わった。いつも居る学校ではないみたいだった。扉を開けると、先生はその場にしゃがみ込み、ひたすらに何か話しかけていた。俺は何が何だかわからなかった。だが、緊急事態であることだけは察した。このような場合、自分が何をすればいいのかなんて容易に判断できなかった。

音は扉に人がぶつかった音だった。先生はそこに倒れていた生徒を抱きかかえ、ベッドまで運んでいた。俺はただの傍観者になるしかなかった。その時運ばれていたのが彼女だったのだ。先生は苦しむ彼女の胸元にあるネックレスから薬を取り出した。ただのネックレスではなかったのだ。机の上に置いてあった水を取り、薬と共に彼女の口に流し込んでいた。しばらく経つと彼女の容態は落ち着いていった。実際、落ち着くまでの時間はどれくらいだったのか、体感にしてみればそれは永遠に続くのではないかと思うほど長く感じた。いつも元気でいつも誰かに迷惑をかけていた彼女の想像もしなかった姿に、俺は驚くことしかできなかった。

落ち着いた後で、先生は俺に「このことを秘密にしておくように」と告げ、湿布を張って戻るように促した。それからと言うもの、俺はどこかで彼女が気がかりだった。だが、彼女は次の日からも相変わらず、胸元にネックレスを光らせ、自由奔放にしていた。

 それから、次の学年に上がる前に彼女は学校からいなくなってしまった。嫌な予感が頭をよぎり、俺は保健室に向かった。彼女の現状を聞きたかったのだ。それが例え悲しい現実だとしても。

 先生は少し悩んだ後に、他の生徒には秘密と言い簡単に事情を説明してくれた。先生曰く、彼女は心臓関わる病気を持っているらしかった。そして、常に胸元に薬を持っていた。いざと言う時のために。もう学校に来なくなったのは、アメリカで手術を受けるためらしかった。俺は心のどこかで、命を手放してしまったのかと思っていたので、先生の話を聞いて、とても安心していた。

 最初の彼女の説明に誤りがあったので、訂正しておこう。彼女はひたすらに自分が生きている証拠をみんなの心に残していた。目立って、人の居場所に出入りすることで、自分が生きていることを主張していた。ランクを下げて学校に通ったのではない。下げなければいけなかったのだ。もし、手術ができるようになって自分が学校に行かない期間があっても、ついていけるように。これは後に違う人から聞いた話だが、彼女は受験の時にこの学校を第一志望にしていたそうだ。だが、いつ入院するかわからないので、ぎりぎりの学力で通うことをいろんな人に止められたらしい。そこで、猛勉強の末に入学を許可してもらったようだった。

 彼女がいなくなって、学校が静かになった。周りの人はそれを喜んでいた。だが、ただ俺だけは密かに彼女の帰りを待っていた。その時は胸元のネックレスが無くなっていることを願いながら。

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