#006 遅咲きの桜

 目が覚めると、外が薄暗かった。起きなければいけない時間より早く起きてしまったのではないかと勘違いしてしまいそうだった。時計を見て、起きる時間を間違えてないのを確認した。今日は雨だ。灰色の雲が太陽を覆ってしまっていて、日光を感じることができない。そして、周りの人のテンションは下がってしまっている。それに反して、私のテンションはいつもより上がっている。元々、雨が嫌いではなかったが、最近の大きな理由はそこではない。

彼に会える唯一の天気だからだ。

 私は毎朝、バスに乗って駅に行っている。彼に気づいたのは去年の春だった。制服姿から高校は真逆なのを知っていた。なので、会うことができるのは家から駅までの間のみだった。晴れの日は、バスから外を眺めていても見つけることが出来なかった。

 そんな生活を一年間も送っていた。心の中で雨の日を待っていた。頭の片隅で彼がバスに乗ってくるのを期待していた。今日は雨だ。彼に会える。

 しばらくバスに揺られていると、彼がバスに乗ってきた。私が乗る始発から、彼が乗るバス停までに席は埋まってしまう。雨の日は利用者が多いので尚更混む。私は後ろの方の席に座って、そっと彼を見る。見られているのに気づかれないように、そっと。

 駅に着くと、すぐに彼は下りて行く。立っている人から下りて行くので、私が降りるよりはるか先に彼が下りて行く。それを見て今日の楽しみが終わったと思うのだ。料金を払い、バスを降り屋根があるところまで小走りで向かう。わざわざ傘をさすほどの距離でもない。

 走り出そうとしたその時、頭の上に傘が差しだされていた。私は驚きながらその傘の持ち主を見た。その相手は彼だった。私が一年間一方的に見ていた彼。バスを降りる人の邪魔にならないように、彼が軽く私の腕を引き寄せてくれた。

 驚いてしまい、言葉が出ない私に向かって、彼は緊張混じりに顔を赤らめていた。

「あの、雨の日よく一緒になりますよね」

 そう言ってくれた。私のことを知っていてくれていた。それだけで今にも空を飛んでしまいそうな嬉しさだった。私の顔を真っ直ぐ見ることの出来ない程照れている彼を、私は驚きのあまり、じっと見てしまっていた。きっとそれによって、より緊張させてしまっていたのかもしれない。

「もし、もし嫌じゃなければ、お友達から始めてくれませんか」

 意外な言葉が耳に届いた。散ってしまった桜の側で私に向かって放たれたその言葉は私に春一番を吹かせていた。それと共に、心の中にあった蕾が静かに花を咲かせようとしていた。

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