再建17.提案

 ゾイックさんは僕にその指先を優しく差し出しながら、自分のギルド『怖がる幽霊達スプーキーズ』に来ないかと提案してきた。


 その微笑みには悪意は微塵も感じられない。


 身体から出る光は見るだけで気分が悪くなるくらい混沌としているけど、そこから明確な敵意は感じられなかった。


 本当に僕等の事を考えてくれているように見えた。


「……理由を聞いても良いですか?」


「理由は単純よォ。ロニ君と一緒にいたいから。それじゃ不満かしらァ?」


「そうですか。ちなみに、ゾイックさんのギルドに移ったらこのギルドはどうなりますか?」


「そうねぇ……移籍だから解散することになるかしらね?」


「であれば、お断りします」


 即決だ。


 ゾイックさんがどういうつもりかは分からないけど……こんな勧誘は悩むまでも無い。


 このギルドが解散することを、僕は許容できない。


 そう考えていたら、ゾイックさんはその顔に優しい微笑みを浮かべていた。


「おいゾイック、どういうつもりじゃ……」


「うん。それじゃあ次の提案」


 爺ちゃんの抗議の声を無視して、ゾイックさんは次の提案とやらを口にしようとする。だけど、僕は彼女がその提案を出す前に口を開いた。


「提案の前に、アニサをベッドに寝かせたいんですけど構いませんか?」


 実はさっきから、アニサを抱っこした状態だったのでそろそろ彼女を休ませてあげたいんだよね。


 それと、情けない話だけどそろそろ僕の腕が限界だ。


「あら、ごめんね。気づかなかったわァ。それじゃ……」


 ゾイックさんは指で中空に何かの軌跡を描くと、そこから入り口における程度の大きさのベッドが出てくる。


「今日はお客さんも来ないだろうし、ここに寝かせてあげて。アニサちゃんも、お話は聞きたいでしょうし……」


 清潔なベッドに毛布が用意され、僕は恐る恐るそこにアニサを横たわせる。


 とても寝心地の良さそうなベッドで、アニサも安堵の表情を浮かべていた。


「アニサちゃん、魔力のコントロールに力を使い過ぎたのねェ。でも魔法でお湯を出すなんて、若いのに凄いわァ」


 寝ているアニサの髪を優し気に一度撫でると、アニサの顔色がまた少し良くなる。


 彼女から放たれる光はさっきまで一貫して混沌としていたんだけど、今はとても優し気な色に変わっている。春の陽気の様なオレンジ色だ。


「それで……次の提案って言うのは?」


 僕はそのオレンジの光が少し眩しくて目を細めながら、ゾイックさんの次の言葉を待つ。


 僕のその反応を見て、ゾイックさんは嬉し気に何度も頷くとゆっくりと口を開く。


「ワタクシをこのギルドに入れてみない?」


「は?」


「何言ってんじゃお主……」


 驚いた僕等の顔が面白いのか、彼女はコロコロと笑いながら言葉を続けた。


「ワタクシのギルドって、実質一人だからあってないようなものなのよォ? だったらロニ君のギルドに合流しても問題ないかなァって思って」


 まるでちょっと近所に遊びに行く感覚でそんなことを言われてしまって、面食らう。


「ゾイックさん……ギルドに思い入れは無いんですか?」


「そりゃ、思い入れはあるわよォ。でもね、それ以上に大事なものがあるのよォ? お姉さんにはね……」


「少しでも思い入れがあるなら、その話は……」


 お受けできません。


 そう言おうとしたところで、僕の唇は彼女の人差し指に軽く押さえつけられた。


「あらァ、キスで塞いだ方が良かったかしら? あ、アニサちゃんに悪いかそれは」


 ……見えなかった。


 爺ちゃんの動きだって見えるのに、僕の目は彼女の動きを捉えることができなかった。


「誤解させたわねェ。私が入るとしたら、解散せずにあなたのギルドの傘下になるって意味……同盟? 子会社化とでも言うのかしらねェ?」


 また知らない単語が出てきて戸惑うけど、僕は黙って彼女の話を聞く。


「次のギルド登録の更新まで、一年近くあるからお試しで私を入れないかって話よ。試用期間ねェ」


「あなたのギルドは解散しないと……?」


「しないわァ。あくまで私はギルド長としてあなたの部下になるのよ。ロニ君」


 ゾイックさんは、そのまま僕に握手を求めるように手を伸ばしてくる。


「最後に一つだけ聞かせてください」


「何かしらァ? なんでも聞いてくれていいわよォ? スリーサイズでも……」


「信じても良いんですね?」


 僕は真っ直ぐにゾイックさんをみると、彼女の色が少し変わった。


 静かで少し悲しげな水色と、燃えるような赤い色の二色に。


「お姉さん、裏切るとか嫌いなの……安心していいわァ」


「そうですか……でしたら、部下ではなく仲間として……よろしくお願いします」


 僕は彼女の手を取り握手する。


 ゾイックさんは満面の笑顔を浮かべて、その色はまた混沌としたものに戻った。


「安心したわァ、受け入れてくれて。一年ごとの更新めんどくさいからサボって解散しちゃおうかと思ってたけど、続けてきて良かったわァ」


「そんな理由で解散するとか前代未聞じゃぞ……」


「押し付けられたようなものだもの……」


 彼女はそれから爺ちゃんと少し話をした後、僕に向き直り改めて頭を恭しく下げてきた。


「これからよろしくねェ、ギルド長」


「よろしくお願いします。そういえば、ゾイックさんもギルド長なんですよね、やっぱり入れ墨入ってるんですか?」


「気になる? じゃあ、今日……一緒にお風呂に入ってくれたらわかるわよォ?」


「発情するな、この淫乱エルフが」


 服をほんの少しだけはだけさせた彼女にドキリとさせられ、それを見ていたアニサは慌てて僕の両目を塞いできた。

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