再建7.目が覚めて

 気が付くと、僕は見慣れた天井を見上げていた。いつも朝見る天井だ……ここは僕のベッド?


 僕、どうしたんだっけ?


 ……そうだ、あの球体に触れて変な場所に行って……そこで婆ちゃんに会ったんだよ。


 それがなんで今、僕は自室にいるんだろうか? 当たり前だけどここにはもう婆ちゃんはいない。


 あれは全部夢だったんだろうか?


 だったら、どこから夢だったんだろうか。


 先輩達が出て行ったところから夢だったら……。うん、それはそれで嫌だな。ギルドとしては運営が続けられるかもしれないけど、凄く嫌だ。


 僕が現状を確認しようと身体を起こしかけた時……ふいに、僕の右手に暖かく柔らかい感触が握られていることに気づく。


 その方向に視線を向けると、そこには僕の手を握りながらベッドに上半身を乗せて寝ているアニサの姿があった。


 柔らかい感触はアニサの手の感触だったようで、僕は少しだけ赤くなる。


「ん……」


 思わずその手を握り返したからか、それとも僕が起きたことによる振動からか、アニサは身じろぎをしながら目をゆっくりと開いて僕の方を見てきた。


「う……んッ……。ロニ……?」


「あ……アニサ……。えっと……おはよう?」


 アニサと目が合ってなんだか決まりの悪かった僕は、いつもより気が抜けた様に朝の挨拶を返す。


 そんな僕の返答に、アニサは目を見開いて僕に詰め寄ってきた。って顔近い!!


「大丈夫ロニ?! 動かなくなったかと思ったらいきなり倒れて心配したんだよ?! 身体が痛いとか気持ち悪いとか調子悪いとかそういうの無い?!」


 鼻先が触れるほどに近づいた彼女の顔に、僕の心臓はドキリと大きく鼓動した。


 彼女はそんな僕の気持ちなんて知らずに、視線を僕から外すとそのまま僕の身体をペタペタと触ってきた。


 傷が無いかを確認しているのだろうか。正直、そんなにペタペタと触られちゃうと……。


「ア……アニサ、別に大丈夫だよ。身体は健康そのものだし……どこも痛くないよ、気分も悪くない」


「ホント?! ホントのホントに?!」


「う……うん、本当。本当だよ。大丈夫。って近い近い!!」


 アニサは僕の言葉の真偽を確認するように、また僕に顔を近づけて視線を合わせてくる。


 ……夢の中で婆ちゃんにアニサを好きだと言ってしまったせいか、妙にドキドキしてしまう。


 その時に、ふと気付いた。


 僕……左手に何か握っている?

 

「良かったぁー! 良かったよぅ!!」


「アニサ?!」


 僕が左手に視線を落とそうとした瞬間にガバリと僕に抱きついてきたアニサに面食らいながら、僕はその勢いで体勢が崩れてそのままベッドに倒れてしまう。


 その勢いで僕の左手は開かれ、手の中に握られていた物がベッドの上に転がった。


「あ、これ……」


「ロニ、どうしたの? 何それ、随分キレイだけど……宝石? そんなのいつのまに持ってたの?」


 左手から落ちたのは二色の宝石の様な珠だ。


 透明で歪みが全くない球体。神秘的な光を放つその二色の球体には見覚えがあった。


 コレ……僕が……夢の中で婆ちゃんのからもらった餞別だ……!! コレがここにあるという事は、あれはやっぱり夢じゃなかったのか。


 夢じゃない……としても、まさかこんな形のあるものが残るとは思ってなかったよ。


 僕は改めてその球体を手に取ってアニサに説明しようとしてたところで……彼女との距離が随分と近いことを改めて意識する。


 彼女の身体が全て僕に預けられた状態で……あちこち柔らかいアニサの身体の感触をどうしても意識してしまった。


 意識してしまったらもう止まらない。頬は見る見る間に紅潮していく。


 僕の頬が赤くなった状態で目が合ったからか、アニサもそのことに遅まきながら気が付いたようで……頬を染める。


 ドキドキとやけにうるさい心臓の音は僕のなのか、それともアニサのなのか分からないけど……。僕はまるで魔法にでもかけられたみたいに動けなくなっていた。


 僕とアニサの間に沈黙が流れて……そして……彼女がおもむろに目を閉じた……。


 婆ちゃんの『キスくらいしてやんな』というセリフが頭の中で繰り返される。


 いや、アニサは幼馴染で、姉弟みたいに一緒に育って、でも僕はアニサが好きで……爺ちゃんは嫁にとか言ってて……。あぁ、混乱してきた。


 これはもういいってことだよね!? 僕も男だ、アニサが目を閉じて待っているなら僕から行ってやる!!


 そうやってなけなしの勇気をふり絞り、意を決して僕が行動を起こそうとした瞬間……寝室の扉が勢いよく開かれる。


「おぉ、気が付いたかロニ! アニサの声が聞こえて来たんで……飯を持ってきたけど……食べる……か……って……ありゃ……」


 部屋の状況を見た爺ちゃんはバツが悪そうに苦笑を浮かべて頬をかいており、僕とアニサは爺ちゃんの方を見たまま固まってしまった。


 さっきとは異なる沈黙が場を支配する。


 アニサは先ほどまで閉じていた目を見開いて、部屋の入り口を羞恥に顔を真っ赤に染めながら睨んでいた。


 そんなアニサの視線を受けて、爺ちゃんは苦笑を浮かべながらもゆっくりと部屋の扉に手をかけて……。


「すまんのう、邪魔して。儂の事は気にせず若いもんで続きを……」


「できるわけないでしょ!! お爺ちゃんの馬鹿!! もうっ! もうっ!! バカァッ!!」


「爺ちゃん待って!! 変な空気にしたまま置いていかないで!! この空気は無理だから!!」


 アニサは憤慨して爺ちゃんを捕まえに行き、僕もそれに同行する。


 あのまま爺ちゃんがこなかったらと思うと……ちょっと惜しいことをしたかなと思ったのは内緒だ。

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