再建3.残された僕等
「はぁ……さすがにあの人数の相手はこの老体にはしんどいわい。ロニ、アニサ、悪いが回復してくれんかの?」
先輩達が居なくなってから、爺ちゃんはその場にどかりと座り込む。
その顔には先ほどまでの険しい表情は消えており、状況に似つかわしくない安堵の表情が浮かんでいた。
僕と幼馴染の少女……アニサはその言葉に応えて、急いで爺ちゃんへと駆け寄る。
ボロボロの爺ちゃんの身体に手をかざして、回復魔法をかけると……堪えていたはずの涙が僕の両目から流れてきてしまう。
張り詰めた糸が切れた様に、涙は止まらない。
「なんじゃい、ロニ。男がそんな泣いてどうする。情けないのう」
「うぐっ……ぐっ……アニサだって泣いてる……」
「アニサは
爺ちゃんは僕を窘めるように言うけど、その手で優しく僕の頭を撫でてくれる。爺ちゃんの手の温かさを感じて、余計に僕の両目から涙が溢れ出す。
自分が情けなくて、悔しくて、自分自身への怒りが止まらず、それに呼応するように涙は止まらない。
「あぁ、痛みがだんだん引いてきたわい。折れてたあばらも、ちゃんとくっついたようじゃの。うむ、素晴らしい……」
あちこち傷だらけで血だらけだった爺ちゃんの身体は、綺麗に傷が消えていく。
やっぱり骨折してたのか……くそっ……!! あいつら……全員で……!!
すっかり回復した爺ちゃんはその場で飛び跳ねたり、身体を伸ばしたりと、自身の調子を確かめているようだった。
「あー……やっぱりロニとアニサの回復魔法は凄いのう。怪我する前より調子が良いし、若返った気分じゃわい。ガハハハ」
僕等の心配を他所に、爺ちゃんは笑いながら嬉しそうにしている。
何が嬉しいのかわからず、僕は少しだけ苛立ってしまうのだけど……。その苛立ちはアニサの一言で掻き消えた。
「お爺ちゃん、なんで本気を出さなかったの? お爺ちゃんが本気出せばあいつらだって……」
……そうだ、それは僕も疑問だった。
先輩……いや、もう先輩とは呼ぶまい。あいつらは気づいているのか気づいていないのか分からないけど、爺ちゃんは明らかに全力では無かった。
本気を出した爺ちゃんなら……あの程度の人数差はわけないはずなんだ。
それは、いつも爺ちゃんに特訓してもらっている僕が一番良く分かっている。
「いーや、アニサ。儂は本気じゃったよ」
爺ちゃんはアニサの頭にポンと手を置くと、言い聞かせるように優しく撫でる。
あれが爺ちゃんの本気……ってそんなわけ……。
憮然とする僕に、爺ちゃんは優しく微笑んできた。
「……本気じゃったよ。戦っている最中に儂があいつらをきちんと育てきれなかったと思うとなぁ……情けなくなってしまっての……。本気でやろうとしてもあの程度の力しか出せんかったのよ……」
爺ちゃんは微笑んでいるけれども、その表情はとても寂し気で、悲しげだ。
そりゃそうだろう……爺ちゃんは手塩にかけて育ててきた彼等に裏切られたんだ。その悲しみは、絶対に僕以上だ。
それでもこうやって微笑んで僕等に心配かけまいとしてくれている。……きっと泣きたいだろうに、爺ちゃんは強いな。
そう思っていたら、爺ちゃんは気を取り直したようにその顔に笑みを浮かべる。まだ少し悲しそうだけど、それでもさっきよりは持ち直しているようだ。
「それにまぁ、奴らがあんな育ち方をしていたのを知れたのは良かったわい。早めに知れたのは不幸中の幸いじゃ……。儂の責任じゃが、遅かれ早かれこうなっておったよ」
「……どういう事?」
「不幸中の幸いって……お金だって持っていかれたんだよ?」
「金はまた稼げばいい。あいつらとの手切れ金と思えば安いもんじゃわ」
変なことを言い出した爺ちゃんの言葉に、僕もアニサも首を傾げた。どう考えても不幸中の幸いなんて言える状況じゃないのは明らかだ。
僕ら三人以外……と言ってもここは小規模なギルドだから十数人程度だけど……僕等以外は全員が出て行ったのだ。
これからのギルドの仕事とかに不安しか感じられないのに、爺ちゃんはそんなこと何でもないと言わんばかりに笑っている。
「のう、ロニよ……何故に儂がお主を見習いとして色んな仕事をさせていたか分かるか?」
「えっと……それは……僕が無能だからでしょ……? 仕事が中途半端にしかできないから、色んなパーティや他の仕事を転々と……」
僕の言葉に爺ちゃんは怪訝な表情を浮かべる。
「……ちょっと待て、それは誰が言ったんじゃ?」
「え? 先輩達……あいつらには、ことあるごとに僕は仕事が遅いとか、能力が足りないとか、もっとしっかりやれとか、仕事ができないからあちこち異動させられてるとか、そう言われ続けてきたんだけど……」
あー……自分で言っててまた凹んできた。そうなんだよね、一緒に仕事をするたびにそんなことを言われ続けてきたんだよね……。
爺ちゃんは僕の言葉を受けて盛大に……大きなため息をついた。
あからさまに落胆したその態度に、僕は何か気に障ることをしてしまったのかと不安になるんだけど……違っていた。
「全く……あいつらめ、人の足を引っ張る事しか考えとらんかったか。その辺も口を酸っぱくして言っといたんじゃがのう……無駄だったとは……情けないのう」
怒りの矛先はどうやら出て行ったあいつらにいっているようだ。なんで今更……と思っていると、爺ちゃんはとんでもないことを口にする。
「いいかロニよ、儂がお主を見習いとして色々な仕事を学ばせとったのは、いずれはお主にこのギルドの後を継いでほしかったからじゃよ」
「は?」
「もちろん、アニサを嫁に貰ってな。ロニがトップに立ち、あいつらがお主の下で支えていく……そう思い描いていたんじゃがなぁ……」
「お爺ちゃん、私聞いてない。いや、ロニのお嫁さんになるのは嫌じゃないけどさ……」
爺ちゃんは遠い目をしながらあり得たかもしれない未来を考えているようなのだが、僕としてはそれどころじゃ無かった。
僕が? このギルドを継ぐ?
「爺ちゃん、僕は弱いし、出て行った先輩達には無能だって言われるしで……僕自身もそう思っているんだ。ギルドを継ぐなんてとても無理だよ」
僕はあいつらに、訓練で勝ったことは一度もない。
いつもボロボロにやられてしまうんだ。
あいつらを前にして、罵倒の言葉を聞くと、身が竦んで動かない……情けないと思いつつもいつもやられっぱなしだ。
そんな僕がギルドを継ぐなんて……。
「勘違いするな。ロニ、お前は強い。全てのパーティーで全ての業務をこなし、そして儂の修行にもついてきているお主が弱いわけないじゃろうが」
「でも……僕は先輩達には勝てたことなんて一度も無いんだよ? そんな僕が強いなんて……」
爺ちゃんはそこで悔しげな表情を一度浮かべると、それでも僕に対して真剣眼差しを向けてきた。
「良いかロニよ……もしも自分を弱いと思っているなら、思い込んでいるなら……。それは弱いと周囲から思い込まされて、実力が発揮できてないだけじゃ。心配するな、お主は強い!」
爺ちゃんは僕の肩に手を置くと、力強く僕の肩を握り僕の目を真っ直ぐに見据えてくる。
……僕が……本当は強い?
信じられない言葉だけど、僕は爺ちゃんの真っ直ぐな瞳が嘘を言っているとはとても思えず、無意識に拳を力強く握るのだった。
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